エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
家康が立派な戦をしたのは生涯で一度だけ…「小牧・長久手」で戦の天才・秀吉に勝てた納得の理由 東大教授が語る「戦下手な家康の生き残り戦略」
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
家康が立派な戦をしたのは生涯で一度だけ…「小牧・長久手」で戦の天才・秀吉に勝てた納得の理由 東大教授が語る「戦下手な家康の生き残り戦略」
徳川家康が秀吉と正面から戦ってみごとに勝利した「小牧・長久手の戦い」。日本史研究者の本郷和人さん... 徳川家康が秀吉と正面から戦ってみごとに勝利した「小牧・長久手の戦い」。日本史研究者の本郷和人さんは「家康は信長や秀吉のように戦で画期的な創意工夫はできなかったが、才能のない人でも経験値の蓄積で勝てることがある」という――。 ※本稿は、本郷和人『徳川家康という人』(河出新書)の一部を再編集したものです。 平凡な家康は戦国最強の武田軍団と戦って経験値を積んだ 家康の戦歴をふり返ると、まず三河武士を率いて三河で独立を果たす。その後に信長と同盟を結び武田と戦うことになったわけですが、圧倒的に強い武田に対して家康はいつも防戦いっぽう。そもそも戦術的な才能のきらめきを見せる場面がなかったともいえます。結局のところ「三方ヶ原の戦い」のように大敗して、脱糞して逃げるのがせいぜいでした。 ただこれは逆にいうと、家康は常に強大な武田と戦って、地道に努力を続けていたということでもあります。このキャリアのおかげで

