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武力行使を伴わない外交はロシアに通用しない…プーチンの侵略を止めるために西側諸国がやるべきこと ロシアがウクライナ侵略を始めた本当の理由
なぜロシアは「領土拡大」に執念を燃やすのか 1206年にモンゴル帝国を建国したチンギス・ハンは、次々と... なぜロシアは「領土拡大」に執念を燃やすのか 1206年にモンゴル帝国を建国したチンギス・ハンは、次々と領土を拡大していった。第2代皇帝オゴデイ・ハンの時代にロシアを攻め、1237年にはモスクワを陥落させた。ロシアは、1480年までの約240年間にわたって、モンゴルの支配下に置かれたが、これを「タタールの軛くびき」と呼ぶ。 この2世紀半にわたる隷従の体験が、ロシア人のその後の考え方や生き方に大きな影響を与えたのである。 陸続きのユーラシア大陸を席巻する騎馬民族に蹂躙じゅうりんされたロシア人は、外敵に対して異常なまでの警戒心を抱き、安全保障を重視するようになった。ロシア人が、ソ連邦崩壊後にNATOの東方拡大を警戒したのは当然である。 ロシアにとって、隣国のベラルーシとウクライナは国境を接する最後の砦であり、絶対に敵には渡さないとプーチンは決意した。 ベラルーシは親露派のルカシェンコ政権であるが



2024/05/05 リンク