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明治維新150年、長州藩と靖国神社 一坂太郎氏 - 論:中外日報
いちさか・たろう氏=1966年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大文学部史学科卒。現在、萩博物館特別学芸員、... いちさか・たろう氏=1966年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大文学部史学科卒。現在、萩博物館特別学芸員、至誠館大特任教授、防府天満宮歴史館顧問。著書に『明治維新とは何だったのか』『フカサクを観よ』『語り継がれた西郷どん』など。テレビ出演、講演も多い。 東京の靖国神社は、戊辰戦争の戦没者の霊を祀るために創建された。その源流のひとつが楠木正成を祀る「楠公祭」にあると、私は考えている。 正成は河内国赤坂の武将で、後醍醐天皇のもとに馳せ参じ、鎌倉幕府打倒、建武の新政(中興)に功を立てた。しかし建武3(1336)年、叛旗を翻した足利尊氏と摂津国湊川で戦って敗れ、「七生滅賊」を誓い自決する。7回生まれ変わってでも、賊を滅ぼすという凄まじい決意だ。 軍記物語『太平記』では正成を「弓矢を取って名を得たるもの」として、その名将ぶりを絶賛する。だが、足利や徳川といった武家政権にとって正成は、不都合な存在でもあった
2018/07/17 リンク