僕の至福の時間は、大きい本屋をあてもなく歩き回り、目に飛び込んできた本をそぞろ読む時間だった。ベンチャー企業を経営するようになって、時間がなくなり、こうした楽しみは奪われてしまったが(今は、主として新聞の書評で代替している)、どれだけの大書店であっても、本書は、真っ先に目に留ったに違いない。フェルメールの大好きな1枚(の1部分)をそのまま表紙に使っているからだ。鬼才ウエルベックの最新作である。 不思議な物語である。3部から成る本書は、ジェド・マルタンという現代の成功したアーティスト(写真家、画家)の伝記の体裁をとっているが、主人公に次ぐ最も重要な登場人物として、「世界的に有名な作家、ミシェル・ウエルベック」が顔を出すのである。つまり、ウエルベックがウエルベックを描いているのである。しかも、およそ尋常ではないやり方で。 美術学校を出たジェドは、ビーチリゾート施設の一括請負に事業を特化した建築