1954年代前半、早稲田大学文学部に在学して美術史を学んでいた二川幸夫(1932~2013)は、建築史の教授だった田辺泰に、帰省の途中で飛騨・高山の民家、日下部礼一家を見るように勧められた。それが、将来は建築家になろうと考えていた一人の若者の運命を変えることになる。名大工、川尻治助による旧家の、美しく、堂々たるたたずまいを目にしたことで、彼の中に日本の民家をつぶさに見てみたいという強い欲求が生じてきたのだ。それから5年あまりをかけて、二川は東北から九州まで全国各地を行脚し、民家の内部空間とそれを取り巻く環境全体を克明にカメラにおさめていった。 発表するあてもなく、ただただ押えがたい情熱に揺り動かされて撮り続けていたこれらの写真記録を高く評価し、写真集として刊行しようと考えたのが、美術出版社社長の大下正男だった。美術出版社から刊行された『日本の民家』(全10巻、1957-59)は、二川にとっ