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内田樹の検索結果281 - 320 件 / 2315件

  • 学校選択制 - 内田樹の研究室

    公立中学の一部に「学校選択制」が導入されて4年半。前橋市が全国ではじめて制度を廃止する。特定の学校に生徒が集中し、生徒数の偏りが大きくなったこと、遠距離からの通学者が増えて、地域と学校の連携が希薄になったことが理由に挙げられている。 生徒数が激減した学校ではクラブ活動が維持できない、教員数が減って、専門ではない教科を教えなければならない、生徒数の減少が無根拠な風評によるケースがある、などなど。 私はこの決断はごく「常識的」なものであろうと思う。 むしろ遅きに失したというべきであろう。 学校選択制は規制緩和(ということは「市場原理主義」のことだが)の流れの中で97年に文部省によって導入された。全国約1割の自治体で施行されている。東京都では28市区が実施。学校間の人数の偏りにより、二極化が進行している。 足立区の中学では今春の新入生入学率の一番高い学校は190%、一番低い学校は8%。品川区の小

    • 内田樹「日本人がみんな知っていて、知らないふりをしていること」 | AERA dot. (アエラドット)

      内田樹氏は「日韓両政府間には『アメリカ抜き』で自主的にこの慰安婦問題を解決できるほどの相互理解も信頼感もない (※写真はイメージ)この記事の写真をすべて見る 思想家・武道家の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、哲学的視点からアプローチします。 *  *  * 朴槿恵韓国大統領をめぐる政局の混乱の中で、慰安婦問題についての昨年末の日韓合意の履行が難しくなったという報道を読んだ。これまではオバマ政権が合意を後押ししてきたが、来年1月に発足するトランプ政権は東アジアへの関与を弱めると予測されている。日韓の関係改善のためにアメリカがこれまで果たしてきた役割が弱まれば日韓関係は再び悪化するのではないかという観測が書かれていた。「ああ、そう」とそのまま読み流されそうな記事だったが、私はひっかかった。 昨年末に電撃的に慰安婦問題についての日韓合意が成立したときに、

        内田樹「日本人がみんな知っていて、知らないふりをしていること」 | AERA dot. (アエラドット)
      • 教育について思うこと - 内田樹の研究室

        先週末に日教組の教育研究全国集会で基調講演をした。 何度か依頼されていたのだが、在職中は入試のハイシーズンで都合がつかず、今回はじめて登壇することになった。 日教組は現在組合員27万人、組織率30%を切るまで力を失ったが、依然として国内最大の教職員組合である(ほかに共産党系の全教、自民党系の全日教連がある。全教が組合員7万人、全日教連はさらに少ない)。 私が子どもの頃、日教組の組織率は90%近かったから、高校生の私でも宮之原貞光の名は知っていた。 加藤良輔委員長に槇枝元文以降の委員長名を訊いてみたが、私は誰の名も知らなかった。 槇枝が委員長を辞めたのが83年。バブルの始まる頃である。おそらく、その頃から日教組の社会的影響力は急激に低下することになったのだろう。 私自身は1982年から90年まで日教組大学部の組合員だった。 都立大学の組合は代々木系の人たちが仕切っていたので、私は同期の助手た

        • ポスト・グローバリズムの世界、あるいは「縮みゆく共同体」 - 内田樹の研究室

          アメリカの最近の国勢調査で、白人の人口が2歳時以下の幼児の過半数を割った。 ヒスパニック系(16.3%)がアフリカ系(12/6%)を抜いて、マイノリティの最大集団になった。 ヒスパニックは出生率2.3で、白人を0・5ポイント上回っている。 アメリカにおいて白人が少数民族になる時代が近づいている。 ヒスパニックは英語を解さないスペイン語話者を多く含む。 都市の黒人たちはすでに「エボニクス」という、英語と文法も語彙も違う独特の言語を有している。 「社内公用語は英語とする」というような「守旧派的」な雇用条件を課す企業がアメリカ国内に出現してくるのも、こうなると時間の問題である。 これを文化の多様化と言って言祝ぐ人もいるかも知れない。だが、国民国家が共通言語を喪失するという事態は「多様化」というよりはむしろ「分裂」と呼ぶ方がふさわしいだろう。 アメリカは国家としての統合軸を失いつつある。 植民地時

          • 妥協と共生 - 内田樹の研究室

            Frauという雑誌の取材がある。 20-30代の働く独身女性が読者層のヴォリューム・ゾーンであるような雑誌で、今回のお題は「結婚したいけれど、できないのはどうして・・・」という切実なるものである。 どうしてと訊かれて即答できるなら、苦労はない。 というのはシロートで、私はどんなことを訊かれても即答することでお鳥目を頂いている身であるから、もちろん即答する。 それはみなさんがたが「他者との共生」を「他者への妥協」というふうに読み替えておられるからである。 「共生」と「妥協」は見た目は似ているかもしれないが、まるで別のことである。 これは武道をやっていると実感的によくわかる。 「妥協」というのは「まず、私がいる」というところから話が始まる。 そこに他者が干渉してきて、私の動線を塞ぎ、私の可動域を制約し、私の自己実現を妨害する。 私はやむなく、自由を断念し、狭いところで我慢し、やりたいことを諦め

            • 低移民率を誇る「トランピアンの極楽」日本の瀕死 - 内田樹の研究室

              「ワシントンポスト」が 8 月 29 日に日本特派員からの衝撃的な記事を掲げた。原文はこちら。https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/08/29/japan-is-trumpian-paradise-low-immigration-rates-its-also-dying-country/ 移民流入を劇的に抑制するという極右の願望が実現した場合にアメリカがどんな国になるのか、その一端を知りたければ、日本に来て、私の義父に向いの家のことを尋ねたらよい。 この家の持ち主は、日本の南部の島にある北九州のこのさびれた労働者階級の住宅地で何年か前に死んだ。家は荒れ果て、朽ちるに任されている。相続した人たちの誰もこの家に関心を持っていない。税金は高いし、このような家についての市場の需要は事実上ゼロだからである。 珍しい話ではない。日本の人口の人口は減少

              • キャリアを考える - 内田樹の研究室

                「キャリアを考える」というタイトルのリレー式の講義の順番がまわってきた。 一回 90 分。80 人ほどの学生さんたちを相手に「キャリア教育」のために一席弁じる。 「キャリア教育」というプログラムの問題点についてはこれまでに何度か書いてきた。 就活の学生たちがもっとも苦しんでいるのは「適性・適職」というイデオロギーである。 このイデオロギーはRクルートをはじめとする就職情報産業によって組織的に流布されている。 就職情報産業は営利事業であるから、そこが主力商品であるところの「就職情報」に対するニーズを大量に、かつ継続的に求める「クライアント」を確保することに腐心するのは当たり前のことである。 学生諸君はまさにその「クライアント」である。 就職情報産業にとって「理想的なクライアント」とは、きわめて早い時期から(できれば入学と同時に)就活マインドに火が点き、以後在学中眼を血走らせて就職情報を渉猟し

                • 140字の修辞学 - 内田樹の研究室

                  Twitterに「愚痴」、ブログに「演説」というふうに任務分担して、書き分けることにしたら、ブログへの投稿が激減してしまった。 たしかにTwitterは身辺雑記(とくに身体的不調の泣訴や、パーソナルな伝言のやりとり)にはまことに便利なツールであるけれど、ある程度まとまりのある「オピニオン」を書くには字数が足りない。 わずかな字数でツイストの効いたコメントをするというのも、物書きに必要な技術のひとつではあろうが、「それだけ」が選択的に得手になるのは、あまりよいことではない。 というのは、「寸鉄人を刺す」という俚諺から知られるように、「寸鉄」的コメントは破壊においてその威力を発するからである(「寸鉄人をして手の舞い足の踏むところをしらざらしめる」というような言葉は存在しない)。 何より、一刀両断的コメントは、書いている人間を現物よりも150%ほど賢そうに見せる効能がある。 一刀両断的コメントの

                  • 教化的ということについて - 内田樹の研究室

                    母親の家は朝日新聞である。ふだんは毎日新聞なので、その違いに驚く。 朝日新聞には強い「指南志向」がある。 メディアが国民に進むべき道筋を提示するのはその本務であるから、異とするには当たらないが、三日ほど読んでいるうちに、だんだん腹が立って来た。 「無理でしょ、それは」というつぶやきがもれる。 今朝の新聞の一面は「できる子伸ばせ」という記事で、科学五輪のような「世界レベルへ選抜合宿」している「できる子」たちの様子が報告されていた。 いったいなぜこのような記事が一面トップに置かれるのか。 その理由については何も書かれていない。 国産のトップアスリートやトップアーティストやトップスカラーを大々的に顕彰することは国民全体の士気を鼓舞することになるという信憑がおそらく定着しているせいだろう。 けれども、ジャーナリスト諸君はその「チアーアップされる感じ」をご自身で実感されているのであろうか。 私はされ

                    • 会議と書類の大学 - 内田樹の研究室

                      ノーベル賞の物理と化学あわせて受賞者が4人出たことは慶賀すべきことであるが、いずれも20年30年前の業績についてのものであることの重大性を指摘する人が多い。 中村桂子さん(JT生命誌研究館館長)もその一人である。 今の日本の研究体制であれば、20年後30年後にノーベル賞を受賞するような研究は出てこないだろうと中村さんは言っている。 「現在、ちょっと変わった新しいことを考える雰囲気がない。大学が法人化され、競争的資金と言われ、すぐに成果の出ることばかりに追われ、自由度がなくなっている。会議と書類づくりの毎日はいつか軌道修正されると思っているが。」(毎日新聞10月26日) 役人が研究をコントロールしようとすれば、必ずそうなる。 役人が教育研究活動に容喙すれば、教育研究の質は不可避的に下がる。 私の大学では「シラバスに成績評価基準を明記していない教師がいる」という理由で先般助成金が削られた。 シ

                      • 映画「ノルウェイの森」を見ました - 内田樹の研究室

                        好きな小説が映画化されたとき、どこを見るか。これはなかなかむずかしいです。 基本的にはやりかたは三つあると思います。 (1)原作をどれくらい忠実に映画化したか、その忠実度を評価する。 (2)原作からどれくらい離れたか、何を削り、何を付け加えたか、フィルムメーカーの創意工夫を評価する。 (3)原作のことは忘れて、単独の映画作品として、「同じジャンルの他の映画」とのシナリオや映像や演技の質的な違いを評価する。 『ノルウェイの森』の場合、なにしろ累計発行部数が1000万部を超えた「超ベストセラー」です。 僕だって三回読んでしまったくらいですから、「原作を読んでないふりをして映画を見る」ということは不可能です。 となると、残る選択肢は「忠実度を見る」か「裏切り度を見る」かしかありません。 僕はあらゆる映画評において「できるだけいいところを探してほめる」ことを心がけているので、「忠実度においてすぐれ

                        • 父親のかなしみ - 内田樹の研究室

                          小学館の取材で「家族」についてお話しをする。 もう何度も書いていることだが、親族制度というのは言語や経済活動と同じだけ古く、それを営むことができるという事実が人間の人間性を基礎づけている。 と書くと「ああ、そうですか」と退屈そうなリアクションをする人がいそうだが、人間とサルを分岐するのがその点であるということは、見方を逆にすれば「およそ人間であれば、誰でもできる」ということを意味している。 そこのところを当今の家族論は見落としているのではないか。 家族について論じている言説に触れて、つねに感じることは「そんなむずかしいことが『ふつうの人間』にできるわけないでしょ」ということである。 かつて「アダルト・チルドレン」という言葉がはやったことがあった(死語になってくれたようでうれしい)。 機能不全な家族で育った子どもがその後社会的能力が劣化する現象をいうのだが、そのとき列挙されていた機能不全家族

                          • 「英語教育論」についての再論 - 内田樹の研究室

                            英語教育についてある媒体に書いたものをブログに採録したところ、それを読んだニュージーランドに20年お住まいの読者の方から手紙を頂いた。 その方の見聞でも、ニュージーランド「留学移民」事情は、だいたい私の指摘と符合しているということであった。 香港や台湾や韓国からの児童生徒の留学生は「いざというとき」の脱出先を確保するという政治的な目的もあるので、parachute children と呼ばれている由。もちろん、そればかりでなく、幼児期から英語運用能力を身につけることで、故国に戻ったときにキャリア形成上のアドバンテージを得るということも期待されている(それをhead start と呼ぶというそうである。「一歩先んじたスタート」)。 僕の見聞の通り、父親が国に残って仕送りする母子家庭がベーシックなスタイルだが、中には小学生の子どもだけをホームステイ先に送り込んでいるケースもあるという。 さて、

                            • 就活に喝 - 内田樹の研究室

                              ゼミに行くと欠席が9名。 ほとんどの四年生は最終学年はゼミしか授業がないはずであるので、ゼミに来ないということは、フルタイムで就活に走り回っている、ということである。 気の毒である。 だが、浮き足立ってことをなして成功するということはあまりない。 大事に臨んでは、まずゆっくり腰を据えて、お茶漬けなど食べるというのが日本古来の風儀である。 ゼミを休むほどに浮き足立ってはろくな結果にならない。 それに、私に「ろくな結果にならない」というようなことを言わせてはいけない。 私の言葉はたいへん遂行性が強いからである。 私が「そんなことをすると、ろくな結果にならない」とうっかり口走ってしまうと、それはきわめて高い確率で現実化するのである。 だから、君たちがわが身の安全をほんとうに案ずるなら、私を怒らせてはいけない。 ご存じのように、私は学生に対して威圧的になったり、がみがみやかましく叱ったりすることが

                              • グローバリズムと英語教育 - 内田樹の研究室

                                「グローバリズムと英語教育」というタイトルの文章をある媒体に書いた。英語教育専門の媒体なので、たぶんふつうの方は読む機会がないだろうと思うのでここに採録する。 少し前にある雑誌から「子供を中等教育から海外留学させることがブームになっている」という特集を組むので意見を聴きたいと言ってきた。そういう人がいるとは聞き知っていたが、特集を組むほどの拡がりとは知らなかった。 聞けば、富裕層は欧米の寄宿学校へ子供を送り、それほど富裕でもない層ではアジア諸国に移住して子弟をインターナショナル・スクールに通わせ、父は単身日本に残って働いて送金するというかたちが選好されているそうである。 半信半疑だったが、その後バリ島に行ったとき、現地の日本人の方からバリ島のインターナショナルスクールに日本人の母子を誘導する計画があるという話を聴いて得心した。なるほど、そういう時代になったのだ。 これが意味するのは、親たち

                                • 「リアリスト」に未来はあるか? - 内田樹の研究室

                                  「入学の春を迎えた大阪の学校に重苦しい空気が漂っている。橋下徹大阪市長の意向で、教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が施行されたことを受け、約13000人の教職員に職務命令が出され、厳密な確認が始まったからだ。」(朝日新聞、4月4日) 起立斉唱の職務命令に三回違反すれば免職できる規定もできた。 3月2日の府立和泉高校の卒業式では教頭が校長の命令で、教職員が歌っているかどうか口元を確認して、歌っていなかった教員一名を府教委に報告した。市長はこれを範として、監視を徹底することを市役所幹部や府教委に伝えた。 市長のロジックは「税金で身分保障されている公務員は業務命令を遵守すべきであり、いやなら辞職しろ」というものである。 国歌国旗問題については、これまでも繰り返し発言してきた。 私が統治システムにかかわることで主張しているのは、つねに同じことである。 「その政策は健全な公共心をもつ成

                                  • 内田樹 on Twitter: "ユリノミクス、英語にあります。urinomics(The identification of the totality of the constituents of the urine of an organism)「有機体の尿の… https://t.co/oq4Ih1SnkE"

                                    ユリノミクス、英語にあります。urinomics(The identification of the totality of the constituents of the urine of an organism)「有機体の尿の… https://t.co/oq4Ih1SnkE

                                      内田樹 on Twitter: "ユリノミクス、英語にあります。urinomics(The identification of the totality of the constituents of the urine of an organism)「有機体の尿の… https://t.co/oq4Ih1SnkE"
                                    • まず隗より始めよ - 内田樹の研究室

                                      授業の合間に取材が二つ。 ひとつは三菱系のシンクタンクから「10 年後の日本はどうなるか」というテーマで。もうひとつは資料請求者に配布するリーフレットの「神戸女学院大学って、こんな大学です」というパブリシティ。 両方で同じような話をする。 同じ人間が続けて話をしているのだから、内容が似てくるのは当たり前であるが、それにしてもそれは「10 年後の日本が神戸女学院大学のような社会になる(といいな)」というふうに私は考えているということを意味している。 何を荒誕なことを、と笑う人がいるかもしれないが、これは私にとってはごく自然な考え方である。 今自分がいる場所そのものが「来るべき社会の先駆的形態でなければならない」というのはマルクスボーイであったときに私に刷り込まれた信念である。 革命をめざす政治党派はその組織自体がやがて実現されるべき未来社会の先駆的形態でなければならない。 もし、その政治党派

                                      • ル・モンドの記事から - 内田樹の研究室

                                        2月4日、フランスの『ル・モンド』がNHKの百田経営委員の「南京虐殺はなかった」という発言について、それがどのような政治的文脈の中のものであるかについて解説記事を載せた。 欧米の安倍政権に対する警戒心と嫌悪感はかなり高まっていることが記事から知れると思うので、ここに翻訳しておくことにする。 「憎悪を保つ技術について」 日本の公共放送NHKの経営上層部にある人物が1937年に南京で帝国軍隊によって遂行された虐殺を全面的に否定した。 「列国は南京において日本が犯したとされる虐殺についての国民党指導者蒋介石のプロパガンダに何の注意も払わなかった。なぜだと思いますか?そんなものは存在しなかったからです」百田尚樹は東京での政治集会でそう言い放った。 火曜日に複数のメディアが伝えてところによれば、百田氏は東京都知事ポストをめざす極右候補者を応援している。この候補者は元航空幕僚長の田母神俊雄、2008年

                                        • コンビニ化する大学と知性の危機について - 内田樹の研究室

                                          田中大臣の「問題提起」を承けて、大学設置基準の見直し、「総量規制」についての議論が始まった。 不認可そのものは失着だが、「大学はなぜこんなに多いのか?」という問いが前景化されたのは、よいことである。 ものごとはできるだけラディカルに、根底的に論じる方がいい。 議論の基礎資料として、まず大学数の推移だけ抑えておこう。 日本の大学数は1949年で、国立68校、公立18校、私立92校、計178校。 私が大学に入学した1970年で、国立75校、公立33校、私立274校、計382校。 設置基準が大綱化された1991年で、国立97校、公立39校、私立378校、計514校。 そして、2011年度で、国立86校、公立95校、私立594公立。計780校。 ほぼ20年ごとの大学数推移をみるとわかることがある。 第一期(いわゆる「駅弁大学」の草創期)に、大学数は20年間で204校、214%増加した。 これは高度

                                          • 夢の少子化対策 (内田樹の研究室)

                                            「機械って言っちゃ申し訳ないけど… 15〜50 歳の女性の数は決まっている。(…) 産む機械、装置の数は決まっているから、後は一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」 柳沢伯夫厚労相が年 1 月 27 日島根県松江市で開かれた集会で洩らした不用意な発言が国内政局を揺るがせている。 首相は厚労相擁護の立場だが、参院与党幹部はこのままでは内閣支持率が下がり続け、2月4日の愛知県知事選、夏の参院選に影響が出るという予測から、閣僚辞任を求めている。 野党は審議拒否で「首を取る」と息巻いている。 柳沢厚労相にしては「本音」をもらしただけだろうが、「少子化対策」の厚労相がこれほど少子化問題の原因について思慮が浅いというのはまことに困ったものである。 少子化の原因を厚労相は「一人頭のがんばり」が足りないせいだと考えているようだが、少子化の原因は「女性の個人的努力が不足しているせい」だという理解はいくらなん

                                            • New York Times の特定秘密保護法案衆院通過についての記事 - 内田樹の研究室

                                              New YorkTimes は11月29日に「秘密保護法案によって日本は戦後の平和主義から離脱するのか」という記事を掲載しました。さきほどツイッターに紹介しましたけれど、アメリカでの論調を知って欲しいので、ここに訳出しておきました。やや荒っぽい翻訳ですけれど、新幹線車内での仕事なので、ご容赦ください。 では。どぞ。 街頭でのデモや主要紙の批判的社説を一蹴して、日本の保守派の首相安倍晋三は秘密保護法を通過させることによって、彼の国の戦後の平和主義を逆転させることをめざす一連の法整備の第一歩を進めた。 安倍首相によれば、国家機密をより厳正に管理することがアメリカとの国家機密にかかわる軍事情報の共有のためには必要であると語っている。火曜日に衆院を通過したこの法案は近日中に参院でも採択される見通しであり、これは安倍氏の、日本を彼の言うところの「ふつうの国」に変えるためのステップの一つである。具体的

                                              • 内田樹 on Twitter: "ある通信社から「安倍政権は歴代最長を記録しそうですが、長期政権の理由は何でしょう?」というインタビューの申し出がありました。答えは「あなたがたジャーナリストが知性と徳性を失ったから」以外にないんですけど・・・それを聴くだけのために神戸まで来ますか?"

                                                ある通信社から「安倍政権は歴代最長を記録しそうですが、長期政権の理由は何でしょう?」というインタビューの申し出がありました。答えは「あなたがたジャーナリストが知性と徳性を失ったから」以外にないんですけど・・・それを聴くだけのために神戸まで来ますか?

                                                  内田樹 on Twitter: "ある通信社から「安倍政権は歴代最長を記録しそうですが、長期政権の理由は何でしょう?」というインタビューの申し出がありました。答えは「あなたがたジャーナリストが知性と徳性を失ったから」以外にないんですけど・・・それを聴くだけのために神戸まで来ますか?"
                                                • 痩我慢合戦 - 内田樹の研究室

                                                  麻生内閣の支持率が11%まで落ちたと毎日新聞が報じている。 でも、首相は恋々として政権にしがみついている。 恋々というのも正確ではない。 おそらく、「やめどき」を逸したせいで、やめようがなくなって、困惑し果てているのだろう。 舞台に出たはいいが、退場のきっかけがわからず、観客から「ひっこめ」とトマトとかバナナの皮とか投げつけられてるのだけれど「ひっこむタイミングがわかんないんです」と半べそをかいているへぼ役者のようである。 気の毒である。 政治家の出処進退はまことにむずかしい。 「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」 これは勝海舟の言葉である。 出処進退の決定については私には私なりの基準がある。それは公言して、他人の承認を求める筋のものでもない。毀誉褒貶は所詮他人ごとである。オレは知らんよ。 もちろん勝海舟だって、できることなら「勝先生は実に出処進退が鮮やかですなあ」とほめられたかった。 で

                                                  • 内田樹の研究室: うなぎくん、小説を救う

                                                    2024 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 2023 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5月 - mai 6月 - juin 7月 - juillet 8月 - août 9月 - septembre 10月 - octobre 11月 - novembre 12月 - décembre 2022 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5月 - mai 6月 - juin 7月 - juillet 8月 - août 9月 - septembre 10月 - octobre 11月 - novembre 12月 - décembre 2021 1月 - janvier 2月 - février 3月 - mars 4月 - avril 5

                                                    • 教育基本条例再論(しつこいけど) - 内田樹の研究室

                                                      『赤旗』の取材。大阪のダブル選挙と教育基本条例について。 教育基本条例に反対する「100人委員会」の呼びかけ人に私が入っているので、意見を徴しに来られたのである。 教育基本条例に反対する人たちにはいろいろな立場があり、私のような「教育への市場の介入と、グローバリスト的再編そのものに反対」という原理主義的な反対者はおそらく少数(というかほとんどいない)のではないかと思う。 マスメディアと保護者のほぼ全部と、教員の相当部分は「学校教育の目的は、子供たちの労働主体としての付加価値を高め、労働市場で『高値』がつくように支援すること」だと思っている。 私はそのような教育観「そのもの」に反対している。 この100人委員会にも、私に原則同意してくれる方はほとんどいないだろうと思う。 メディアでも、教育基本条例の区々たる条文についての反論は詳しく紹介されるが、私のようにこの条例を起草した人間の教育観(「学

                                                      • 体罰とブレークスルーについて - 内田樹の研究室

                                                        『GQ』に毎月人生相談コーナーに寄稿している。 今月号は体罰についての質問だった。 たいせつな話なので、ここに再録しておく。 Q:体罰が問題になっています。武道における鉄拳制裁、愛の鞭というのはないのでしょうか A:武道ではありえないですね。人に向かって「努力がたりない」という理由で罰を与えるということは。 処罰で脅すというのは、はっきりした到達目標とタイムリミットがある場合に限られます。 能力の発現までのんびり待っていられないというときに、処罰の恐怖や、金や名誉といった利益による誘導や、マインドコントロールやドーピングが採用される。 時間が迫っているので「背に腹はかえられない」というのがそのときの言い分です。 でも、武道の修業というのは、いつ、どこで、どのような危機に遭遇するのか予見できない状態で、それに備えるものです。だから、「いついつまでに、これこれのことができなければ罰を与える」と

                                                        • 原発ゼロ元年の年頭にあたり - 内田樹の研究室

                                                          国内のすべての原発が止まった。 1970年から42年ぶりのことである。 2012年という年号が「脱原発元年」としてひさしく記憶されるようになることを私は願っている。 原発の再稼働の賛否については、文字通り「国論を二分する」ような議論がゆきかっている。 再稼働賛成派の論拠はおもに経済的なものである。 盛夏における電力の不足、電気料金の値上がり、電力コストの上昇による工業製品の国際競争力の相対的低下、より安い電力を求めての生産拠点の海外流出と産業の空洞化などなど。 政治的要因としては、石油依存体制がもたらすエネルギー安保上の不安があるが、これはあまり大きな声で言い立てる人がいない。 ご存じのとおり、石油の採掘、精製、輸送、販売は「オイルメジャー」と呼ばれる石油資本が伝統的に独占してきた。メジャーの価格統制を嫌った産油国が1960年にOPECを結成し、石油メジャーによる市場の独占は70年代に終わ

                                                          • 「なんとなく」の効用 - 内田樹の研究室

                                                            合気道のお稽古に行ったら、入会希望者が7人来ていた。 そのほかに見学者が2人。 このペースで入会されていただくと、遠からず道場は「いかなごの釘煮」状態になってしまうであろう。 四月というのは新しいことを始めたくなる季節であるので、毎年四月第一週の入門者というのは多いのであるが、それにしても・・・ 私の本を読んで来ました、という人はそれほど多くない。 ほとんどのかたは「なんとなく」ネットで調べているうちに、家の近所にある道場とか、時間の合う道場を見つけて来られたのである。 だが、不思議なもので、確率的に言うと、はっきりしたモチベーションを持って入門した人と、「なんとなく」入門した人では、「なんとなく」の方が長続きするのである。 『あくび指南』にもあるとおり、「友だちに連れて来られた人」の方が「引っ張ってきた当人」よりも本格的になってしまうというのは「ありがち」なことである。 よくタレントのデ

                                                            • 内田樹氏の知らない比較優位 : 池田信夫 blog

                                                              2011年10月30日10:46 カテゴリ経済 内田樹氏の知らない比較優位 TPP反対派は、高校の政治経済レベルの経済学も理解していないことが多い。その典型が内田樹氏の「グローバリストを信じるな」というブログ記事である。彼の「すべての原発の即時停止と廃炉」を求める記事が事実誤認であることは前にも指摘したが、この記事も間違いだらけだ。彼はこう書く:「なぜアメリカがこれほど強硬に日本のTPP参加を要求するのか?」という、アメリカの行動の内在的なロジックを冷静に解析した記事をメディアで見る機会はほとんどない。「アメリカが強硬に日本のTPP参加を要求」しているというのは、何を根拠に言っているのだろうか。たとえばNYタイムズで"TPP"を検索すると、2件しか出てこない。その一つでBergstenは「大統領も共和党もTPPに関心をもっていない」と嘆いている。アメリカにとってTPPは、小国を相手にしたロ

                                                                内田樹氏の知らない比較優位 : 池田信夫 blog
                                                              • 内田樹氏のエコ幻想 : 池田信夫 blog

                                                                2011年03月27日10:25 カテゴリエネルギー 内田樹氏のエコ幻想 内田樹氏の記事について論評したら、大きな反響があったので、少し補足しておこう。この記事が前半でいっている「政府や東電の対応が帝国陸軍と似ている」というのはその通りで、私も同じような感想を書いた。しかし内田氏はそこから「すべての原発の即時停止と廃炉」を求めるのだ。その理由を彼はこう書く:[原発は]いったん事故が起きた場合には、被曝での死傷者が大量発生し、国土の一部が半永久的に居住不能になり、電力会社は倒産し、政府が巨額の賠償を税金をもってまかなう他なくなる。原発事故によって失われるものは、貨幣に換算しても(人の命は貨幣に換算できないが)、原発の好調な運転が数十年、あるいは数百年続いた場合にもたらされる利益を超える。これは事実認識として誤りである。今回の原発事故で、人命は1人も失われていない(今後も死者はゼロに近いだろう

                                                                  内田樹氏のエコ幻想 : 池田信夫 blog
                                                                • 憲法の話 - 内田樹の研究室

                                                                  5月3日は憲法記念日なので、いろいろなところから憲法についてコメントを求められる。 一つは毎日新聞の「水脈」に書いた。 今日の夕刊に掲載されるはずだが、一足お先に公開しておく。 改憲の動きが進んでいる。一部の世論調査では、国民の6割が改憲に賛成だそうである。大学のゼミでも「もうすぐ憲法が改正されるんですよね」とあたかも既成事実であるがごとくに語る学生がいて驚かされた。 九条第二項の政治史的意味についての吟味を抜きにして、「改憲しないと北朝鮮が攻めてきたときに抵抗できない」というような主情的な言葉だけが先行している。 私は改憲護憲の是非よりもむしろ、憲法改定という重大な政治決定が風説と気分に流されて下されようとしている、私たちの時代を覆っている底知れない軽薄さに恐怖を覚える。 改憲とは要すれば一個の政治的決断に過ぎず、それが国益の増大に資するという判断に国民の過半が同意するなら、ただちに行う

                                                                  • 特殊な能力について - 内田樹の研究室

                                                                    京大の仏文の吉川一義先生にお招きいただいて、京大で講演をする。 吉川先生は東京都立大時代の同僚である。 同僚といっても、こちらは「お茶くみ、コピー取り」の助手であり、先生はプルースト研究者としてすでに一家をなしていたわけで、同列には論じがたいのであるが、まことにフレンドリーな先輩で、ご一緒したのは先生が東京女子大から赴任され、私が神戸女学院大学に去るまでの、二年間だけだったが、たいへん愉快な時間をともに過ごさせていただいた。 先生はフランス文学研究者としては例外的に「社会的常識のある方」である(という書き方をして仏文学者二千人をいきなり怒らせるというあたりに私の「社会的常識のなさ」は露呈しているので、そんな人間から「社会的常識のある方」と言われても「ウチダさんのその判断の蓋然性は誰が担保するのさ」と吉川先生は曇った顔をされるであろうが)。 世界的なレベルの学者でありながら、温厚で配慮の行き

                                                                    • 仕事力その1 - 内田樹の研究室

                                                                      朝日新聞に4回にわたって毎週日曜に「仕事力」というインタビューを連載します。 就活学生や転職をしようとしている若い人のためのアドバイスです。 昨日、東京の方では紙面に出たようです。朝日新聞をご購読でない方のために、ご紹介しておきます。 こんな話、ま「いつもの話」ではあるのですが。 「適職」は幻想である 「君、頼むよ」と言われ仕事は始まっていく 自分の適性に合った仕事に就くべきだと当たり前のように言われていますが、適職などというものがほんとうにあるのでしょうか。 僕は懐疑的です。 それは就職情報企業が作り出した概念ではないかとさえ僕は思っています。 「キャリア教育」の名のもとに、大学2年生から就活指導が始まり、その最初に適性検査を受けさせられます。これがいったい何の役に立つのか、僕にはまったくわかりません。 大学で教えている頃に、ゼミの学生が適性検査の結果が出たのだが、と困惑してやってきたこ

                                                                      • 集団的自衛権と忠義なわんちゃんの下心について - 内田樹の研究室

                                                                        日本維新の会の橋下代表は13日、集団的自衛権の行使について「基本的に認めるべきだ」との立場をはじめて明らかにした。 集団的自衛権の行使は許されないとするこれまでの日本政府の立場を否定して、「権利があるけれど行使できないなんて役人答弁としか言えない」と批判、「主権国家であれば当然認められる。」とした。 この人は何か勘違いしているようだが、集団的自衛権というのは、これが制定された歴史的文脈に即して言えば、わが国のような軍事的小国には「現実的には」認められていない権利である。 それが行使できるのは「超大国」だけである。 集団的自衛権というのは平たく言えば「よその喧嘩を買って出る」権利ということである。 安全保障条約の締結国や軍事同盟国同士であれば、同盟国が第三国に武力侵略されたら、助っ人する「義務」はある。 でも、助っ人にかけつける「権利」などというものは、常識的に考えてありえない。 よほど、戦

                                                                        • グローバルリスクについて - 内田樹の研究室

                                                                          常磐大学のこども教育学科の新設記念の記念講演で、学校教育とグローバルリスクについて話してきたら、翌朝の毎日新聞に西水恵美子さん(元世界銀行副総裁)がグローバルリスクについて書いていた。 西水さんはブータンが人口70万の小国であり、かつ多民族・多言語国家でありながら、よくその国民的統合を保ち得たのは、先王雷龍四世の国民国家観が堅牢だったからだとみている。 王は1989年の勅令にこう記している。 「国家固有のアイデンティティーを守る以外、独立国家の主権を擁護する術を持たない。富や、武器、軍隊が、国を守ることはできない。(…) 異邦文明を避け、我らの文明を献身的に責任を持って慣行とせねばならない。」 よく知られた「国民総幸福」(Gross National Happiness)という概念はこの王の提唱したものだが、「文明の持続的発展を国政の中心に置く」ものである。 日本の国民国家としての危機はま

                                                                          • エクリチュールについて - 内田樹の研究室

                                                                            クリエイティブ・ライティングは考えてみると、私が大学の講壇で語る最後の講義科目である。 80人ほどが、私語もなく、しんと聴いてくれている。 書くとはどういうことか。語るとはどういうことか。総じて、他者と言葉をかわすというのは、どういうことかという根源的な問題を考察する。 授業というよりは、私ひとりがその場であれこれと思いつくまま語っていることを、学生たちが聴いているという感じである。 「落語が始まる前の、柳家小三治の長マクラ」が90分続く感じ・・・と言えば、お分かりになるだろうか。 昨日のクリエイティヴ・ライティングは「エクリチュール」について論じた。 ご存じのように、エクリチュールというのはロラン・バルトが提出した概念である。 バルトは人間の言語活動を三つの層にわけて考察した。 第一の層がラング(langue) これは国語あるいは母語のことである。 私たちはある言語集団の中に生まれおち、

                                                                            • ロスジェネを叩いて自分は若者と仲良くなって逃げ切る内田樹の滅茶苦茶な世代論 by 北田暁大(@a_kitada)

                                                                              日経トレンディWebで前後編で掲載された原田曜平と内田樹の対談を枕に、就職氷河期や雇用の非正規化といった経済事情を無視してロスジェネをdisり、原田の様な若者と仲良くなる内田樹の「世代論」を、北田暁大氏(@a_kitada)が徹底的に批判。

                                                                                ロスジェネを叩いて自分は若者と仲良くなって逃げ切る内田樹の滅茶苦茶な世代論 by 北田暁大(@a_kitada)
                                                                              • たたかえ! 公安調査庁 - 内田樹の研究室

                                                                                朝鮮総連の中央本部の土地建物が627億円の借金のカタに差し押さえられるのを防ぐために、元公安調査庁長官と元日弁連会長がダミー会社へ所有権移転をはかった事件について、メディアは「真相は謎」とか「意味がわからない」と繰り返しコメントしている。 どうして? 誰にだってわかるでしょう。 公安調査庁は破壊活動を行う可能性のある組織を監視する官庁である。 国内における監視のメインターゲットは朝鮮総連である。 現に今年の5月30日の公安調査庁長官訓示で、長官は同庁の喫緊の課題を三つ挙げている。 「第一は,国際テロ関連動向調査の推進であります。テロを未然に防ぐためには,国際テロ組織関係者の発見や不穏動向の早期把握が何よりも大切であります。」 「第二は,北朝鮮関連情報の収集強化についてであります。北朝鮮・朝鮮総聯の動向は,我が国の治安のみならず,我が国を含めた東アジアの平和と安全保障に重大な影響を及ぼすもの

                                                                                • 内田樹氏のどこがだめなのか: 黒木の世迷い言

                                                                                  「政治の美学化」と「美学の政治性」という2つの概念がある。 「政治の美学化」とは、政治的な議論を正しいか正しくないかではなく、美しいか美しくないかに置き換えてしまうこと。 「美学の政治性」とは美しいか美しくないかがいかに政治に作用してしまうか、という問題系のこと。 僕らよりの上の世代の仏文研究者には「政治の美学化」を好むものが多い。積極的に政治を語り、文学理論や所謂現代思想を応用することによって現状を分析し、自らの政治的前衛を誇るのである。その分析は面白いのだが、では具体的にどうすれば良いか、と問うと「現実を見ろ、という場合、この現実とはイデオロギーにしかすぎない」とか「直接行動を説く欺瞞性を弾劾しなければならない」とか「何もしないことが一番過激な政治運動なんだ」とか「具体的な政策を考えるのは政治家や官僚の仕事だ」などと言って、はぐらかす。 結局は、政治的発言を行なうことで格好つけているだ

                                                                                    内田樹氏のどこがだめなのか: 黒木の世迷い言