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ブックマーク / crown-cord.jp (61)

  • B.D.とMr.Itagaki a.k.a. Ita-choがBack ChannelとのEPを語る | Crown Cord

  • Tuxedoインタビュー/タキシードが結成の経緯、ファースト・アルバムを語る | Crown Cord

    Bow Tie Boogie 蝶タイのブギー・ファンク メイヤー・ホーソーン&ジェイク・ワンが牽引する、ブギー・ファンク新世紀 近年、80年代ブギー・ファンクはレコード・コレクターの間で垂涎の的になっているが、モダンなブギー・ファンクを生み出すアーティストも増えてきた。デイム・ファンクはその筆頭に挙げられるが、同じくStones Throwに所属するタキシードは、モダン・ブギーのスーパーグループと言えるだろう。Stones Throwからデビューしながらも、のちにUniversalに移籍したソウル・シンガー、メイヤー・ホーソーンと、50セントやドレイクなどトップ・ラッパーにトラックを提供してきたジェイク・ワンは、ブギー・ファンクの愛情で意気投合し、タキシードを結成した。 彼らがブギーを愛していることは意外かもしれないが、ふたりはいち早くこのジャンルに着目し、忙しいスケジュールの合間を縫って

    Tuxedoインタビュー/タキシードが結成の経緯、ファースト・アルバムを語る | Crown Cord
  • AKAIがMPC XとMPC Liveを発表 | Crown Cord

  • Dam-Funkインタビュー/デイム・ファンクが語るオリジネーターとしてのプライド | Crown Cord

    Virtuous Progression DâM-FunK ブーム化する以前からひたむきにシンセ・ブギーを追求していたモダン・ファンクの伝道師、デイム・ファンク 今やマーク・ロンソンやファレル・ウィリアムスを始め、世界的に80年代のブギー・ファンクを取り入れているアーティストが多いが、デイム・ファンクがStones Throwから2009年に『Toeachizown』をリリースしてなければ、このブギー・リヴァイヴァルは生まれていなかっただろう。ロサンゼルスで生まれ育ったデイム・ファンクことデイモン・リディックは、子供の頃からスレイヴ、キャメオ、ザップ、Pファンクにのめり込み、のちにウェストサイド・コネクションなどのウェッサイ・ヒップホップのスタジオ・ミュージシャンとして活躍したが、自身のファンク・ミュージックを追求することを決断。彼が2006年に立ち上げたブギー・ファンクのクラブ・ナイトF

    Dam-Funkインタビュー/デイム・ファンクが語るオリジネーターとしてのプライド | Crown Cord
    txmx5
    txmx5 2016/12/01
    (November 28,2015)/良いインタビュー
  • Kendrick Lamar 『To Pimp a Butterfly』/ケンドリック・ラマーの大作を熟考 | Crown Cord

    A Butterfly Gets Its Wings: 羽を得た蝶 多数の才能の共鳴と高度な技能から成るケンドリック・ラマーのアルバム、『To Pimp a Butterfly』 白い無地のシャツにジーンズという出で立ちのケンドリック・ラマーが、高校の騒がしい廊下を歩いている。彼を導くのは、あごひげを生やし、ピンク色の縞模様のネクタイをして、茶色い中折れ帽をかぶった背の高い男性。生徒たちは騒然としているが、みんな慌ててロッカーの扉を閉め、ケンドリックの後を追う。 パブリック・エネミーのチャックD以来となる、現行シーンで最も政治的なラッパー、ケンドリック・ラマーが、ある月曜日の午後にニュージャージーの高校を訪れたのだ。生徒たちの前でパフォーマンスをして、目を輝かせる若者たちを奮い立たせた。「どんな賞を獲得するよりも嬉しいね」と、彼は生徒たちに向かって言った。 これは、National Pub

    Kendrick Lamar 『To Pimp a Butterfly』/ケンドリック・ラマーの大作を熟考 | Crown Cord
    txmx5
    txmx5 2016/11/11
    "Words by David Ma"
  • The Soulquarians/ソウルクエリアンズが黒人音楽史にもたらしたもの | Crown Cord

    September 03,2015 | Category :  Article | Tag :  Bilal, Common, D'Angelo, Erykah Badu, J Dilla, James Poyser, Mos Def, Pino Palladino, Q-Tip, Questlove, Roy Hargrove, Talib Kweli, The Soulquarians, 左からタリブ・クウェリ、コモン、モス・デフ、ジェームス・ポイザー、エリカ・バドゥ、クエストラヴ、ディアンジェロ、ロイ・ハーグローヴ、ビラル、Jディラ Love, Peace and the Soulquarians クエストラブ、エリカ・バドゥ、ディアンジェロ、Jディラ、コモンらがつくり上げたものとは 最近、友人のアンドレア・ローズ・クラークとの会話のなかで、私がいかに詩というものに興味がないかという

    The Soulquarians/ソウルクエリアンズが黒人音楽史にもたらしたもの | Crown Cord
  • ア・トライブ・コールド・クエストとは何者なのか? | Crown Cord

    Who is A Tribe Called Quest? 伝説のヒップホップ・グループ、ATCQの功績を改めて考察 ア・トライブ・コールド・クエストについて書こうとした途端に思い浮かんだのは、1993年の3作目のアルバム『Midnight Marauders』からの先行シングル「Award Tour」のQティップの次のラインだ。 “Who can drop it on the angle, acute at that / So do that, do that, do do that that that” 正直、これは日語に訳しただけでは、さほど驚きはないだろう。 ただし、実際に曲を聴いてみれば、Qティップ自作のシンコペしたビートと共に“do that, do that, do do that that that”の部分が強く印象に残るはず。この直前のラインは、斜めを意味する“on th

    ア・トライブ・コールド・クエストとは何者なのか? | Crown Cord
  • KANDYTOWNインタビュー/東京の街を生きるヒップホップ・クルー | Crown Cord

    November 04,2016 | Category :  Interview | Tag :  IO, KANDYTOWN, MIKI, Neetz, Ryohu, YUSHI, KANDYTOWN INTERVIEW KANDYTOWNのIO、Ryohu、Neetz、MIKIがメジャーデビュー・アルバムについて語る。 KANDYTOWN。気がついたらあちこちでその名前を見かけ、ありとあらゆる人の口からその名前が飛び出していた。MC、DJ、トラックメイカーを含む総勢16名から成る大所帯クルー、KANDYTOWNは世田谷で育った幼馴染のメンバーが中心となっており、BANKROLLとYaBastaという2つのグループが合体する形で生まれたという。2014年にフリーのミックステープ『KOLD TAPE』を公開してから騒がれるようになり、2015年には『BLAKK MOTEL』と『Kruise

    KANDYTOWNインタビュー/東京の街を生きるヒップホップ・クルー | Crown Cord
  • ディスコとは?一世を風靡したジャンルを徹底解説 | Crown Cord

    October 25,2016 | Category :  Article | Tag :  David Mancuso, Disco, Larry Levan, Nicky Siano, Nile Rodgers, Patrick Adams, WHAT IS DISCO? ディスコ概論: そもそもディスコとは何なのか? ディスコほどイメージがわきやすく、定義しがたい音楽もないかもしれない。これほど人々を熱狂させ、ゴミのように扱われた音楽もないだろう。ディスコは、それを享受する者の音楽観や体験、世代によって趣を変える。けれど、ソウル/ファンクを基盤としたダンス・ミュージックという共通認識は皆の間にあるのではないだろうか。 70年代中〜後期に流行したディスコは、その後、旧時代の遺物として葬り去られながらも事あるごとにリヴァイヴァル・ブームを巻き起こし、現在も日のJ-Popを含む世界の大衆

    ディスコとは?一世を風靡したジャンルを徹底解説 | Crown Cord
  • 「ただのジャズ作品とは思われたくなかった」―― 黒田卓也が新作『ジグザガー』を語る | Crown Cord

    ニューヨークを拠点に活躍する日人トランペッターがニューアルバムを発売。心境を伺った。 Takuya Kuroda Interview トランペットを武器にニューヨーク・ジャズの最前線で戦い続けるアフロ・サムライ、黒田卓也。日の大学を卒業後渡米し、ロバート・グラスパーやビラルを輩出したニュースクール大学を経て、ブルックリンを拠点に活動し続け、ホセ・ジェイムズなど現代ジャズのトッププレイヤーたちと数々の共演を果たしてきた。日のジャズ界で名を馳せてから渡米をするのではなく、最初から場で腕を磨き、同世代のプレイヤーたちの信頼を勝ち取り、ニューヨークという競争の激しいタフなフィールドで自身の居場所をしっかりと確立してきた実力者である。 2010年から2013年のあいだに3枚のリーダー作(『Bitter and High』、『Edge』、『Six Aces』)をインディーズで発表したのち、20

    「ただのジャズ作品とは思われたくなかった」―― 黒田卓也が新作『ジグザガー』を語る | Crown Cord
  • クラフトワーク、サンプリングをめぐる約20年に及ぶ法廷バトルに敗訴 | Crown Cord

    クラフトワークの楽曲から約2秒の音源を無断でサンプリングしたとして、クラフトワークが起こした訴訟の判決が5月30日にあり、ドイツの連邦憲法裁判所は著作権侵害に当たらないという判決を下した。 問題となったのはSabrina Setlurというアーティストの「Nur Mir」(1997)という曲であり、クラフトワークの「Metall auf Metall」(1977)のリズムパートを無断で使用したとして、同曲のプロデューサーのMoses PelhamとMartin Haasをクラフトワークのラルフ・ヒュッターが1997年に訴えていた。 2000年に裁判が開始し、2004年にハンブルグの下級裁判所で著作権侵害の判決が下され、クラフトワークの勝訴となったが、その2年後には上級裁判所で著作権侵害に当たらないとしてクラフトワークが敗訴。2012年には、ドイツの連邦裁判所が著作権侵害であるという判決を下

    クラフトワーク、サンプリングをめぐる約20年に及ぶ法廷バトルに敗訴 | Crown Cord
  • DJヌマークが驚きの3インチ・タンテをスピンする動画が公開 | Crown Cord

    製のミニチュアレコードプレイヤーを駆使した、脅威のDJプレイ DJ番組『MikiDz Show』にジュラシック5のDJとして知られるDJヌマークが登場し、衝撃のプレイを見せた。最初はSeratoを駆使し、ファンキーでダンサブルな楽曲をテクニカルに繋げていく彼らしいプレイを展開。音の出るおもちゃなどをDJセットに取り入れることで知られる遊び心溢れる彼だが、今回のプレイでも途中、ターンテーブルのダストカバーを叩いてビートを刻むなど、信じられないテクニックを繰り出す。しかしなにより目を疑うのが、15分程経過した辺りで彼が取り出した3インチ・レコード専用のターンテーブルである(!)。ターンテーブルは通常12インチのサイズでプラッターが作られており、ビズ・マーキーなど、7インチ専用のタンテを持ってるDJもこの世にはいるが、それよりもコンパクトな3インチ・ターンテーブルを持っている人は稀有な存在。

    DJヌマークが驚きの3インチ・タンテをスピンする動画が公開 | Crown Cord
  • プリンスが19歳のときに録音した未発表のインスト・ファンクアルバムが公開 | Crown Cord

    1977年にレコーディングされるも公式にリリースされなかったインスト楽曲集が視聴可能に。 プリンスの保管庫には多量の未発表音源があるというのは有名な話だが、この作品もそのうちのひとつなのかもしれない。Prince.orgの掲示板などによると、1977年にレコーディングされたこの『Loring Park Sessions』と呼ばれているアルバムは、プリンスの最初のマネージャー、オーウェン・ハスニーのミネアポリスの自宅で録音されたもの。同作は公式リリースにはいたらず、ブート盤が出回っているのみ。ベーシストのアンドレ・シモーンとドラマーのボビーZ、そして19歳のプリンスから成るトリオでのセッションであり、ベースとドラム以外の楽器を全てプリンスが演奏している。まだミネアポリス・サウンドが確立される前のジャズ・ファンクな内容になっており、プリンスのルーツを知る上でも重要な楽曲集だが、単純にファンク・

    プリンスが19歳のときに録音した未発表のインスト・ファンクアルバムが公開 | Crown Cord
  • Qバート、アルケミスト、ミックス・マスター・マイクらがオーディオ・ビジュアル・プロジェクトを始動 | Crown Cord

    DJ、プロデューサー、映像作家の4人による新感覚グループが結成された。 スクラッチDJのパイオニア、Qバートとミックス・マスター・マイク、ベテランヒップホップ・プロデューサーのアルケミスト、そして数多くのヒップホップMVを手がけてきた監督、ジェイソン・ゴールドウォッチの4人が新グループ、コード・カット・クルーを結成し、とてつもなくシンプルでレトロなサイトを立ち上げ、先行ビデオ・シングル「Planes」を公開した。 彼らはサイトには、この新グループの結成の目的がこう綴られている。 「我々は全く新しい実験的コラボレーターである。ニュー・メディア・コミュニケーション、オーディオ、ビジュアルのあらゆるプラットフォームを横断し作品作りを行う。地球という惑星の感情、意図、そして意識の振動レベルを上げることを目的としている」 80年代と90年代に青春時代を過ごした彼らは、アーバン・パンク・レベル・ミュー

    Qバート、アルケミスト、ミックス・マスター・マイクらがオーディオ・ビジュアル・プロジェクトを始動 | Crown Cord
  • Jディラの幻のラップアルバム『The Diary』がついに発売へ | Crown Cord

    2002年に制作されるもお蔵入りにされたディラのアルバムが、Mass AppealとPayJayの共同リリースで登場する。 Jディラが亡くなってから、お蔵入りした作品や未発表音源集は数多くリリースされているが、今回発売がアナウンスされた『The Diary』は、生前に人がリリースしたがっていた作品のなかで、まだ正式に発売されていなかった最後の1枚となる。2002年にMCAからリリースするために制作を進めていたものの、レーベルの一方的な都合でお蔵入りにされたこのアルバムは、当時コモンの「The Light」などのヒットによりアンダーグラウンド・プロデューサーからヒットメイカーの仲間入りを果たしたJディラが、ソロのヒップホップ・アーティストとして世界に自分を知ってもらおうと狙った作品であった。基的にはビートメイカーとして知られていたため、このアルバムではディラ人がマイクを握り、自身が信頼

    Jディラの幻のラップアルバム『The Diary』がついに発売へ | Crown Cord
  • エリカ・バドゥがヒップホップ・トラックの上で歌う、90年代後半に制作されたミックス音源が公開 | Crown Cord

    DJ/プロデューサーのトニー・スローモーが、1998年〜1999年ごろにエリカ・バドゥと制作したミックスを公開した。 DJ Abis名義で当時活動していたトニー・スローモーは、90年代にエリカ・バドゥのライブDJを務めており、当時はダラスでソウル・ネイションというクルーを結成していた。この音源は、1998年〜1999年ごろに自身の部屋で行われたアフター・パーティーにて録音されたものであり、安物のマイクでカセットテープに直接録音され、マスタリングなどされていない音源であるとコメント欄で説明している。90年代のヒップホップのトラックの上でエリカ・バドゥが歌っている部分もあり、非常に貴重な音源である。トニー・スローモーは2015年冬にアルバム『GRAMY』をリリース予定とのこと。

    エリカ・バドゥがヒップホップ・トラックの上で歌う、90年代後半に制作されたミックス音源が公開 | Crown Cord
  • ジャイルス・ピーターソンがロイ・エアーズの誕生日に合わせてトリビュート・ミックスを公開 | Crown Cord

    9月10日に75歳の誕生日を迎えたロイ・エアーズに捧げ、ジャイルス・ピーターソンがトリビュート・ミックスを公開した。同ミックスはロイ・エアーズの60年代から80年代の音源で構成されており、「Everybody Loves The Sunshine」、「Searching」、「We Live In Brooklyn」、「Running Away」などの有名曲はあえてはずしたとジャイルスはサイトにて説明している。 「彼の音楽は聴くたびに発見があるね。ミックスの冒頭のジャック・ウィルソンとの曲なんてヘヴィでコズミックで時代の先を行っていた。あと、ウェイン・ヘンダーソンとの曲のことはすっかり忘れていた!BBEが出した『Virgin Ubiquity』シリーズも含めて、ロイ・エアーズは当に素晴らしいアルバムを数々出している。あまりにも作品がありすぎて、彼をとりあげたラジオ番組を1週間分作れそうだ!

    ジャイルス・ピーターソンがロイ・エアーズの誕生日に合わせてトリビュート・ミックスを公開 | Crown Cord
  • ロジャー・トラウトマンが1987年の番組でトークボックスを説明する動画が公開 | Crown Cord

  • インヴィジブル・スクラッチ・ピクルズのドキュメンタリー三部作が公開中 | Crown Cord

  • ヤシーン・ベイが「モス・デフ」という名前の使用に関して声明を発表 | Crown Cord

    9月25日には渋谷VISIONに登場するヤシーン・ベイが、自身の旧名モス・デフに関する声明を8月29日に動画で発表した。数日前、プロデューサーのスキー・ビーツが“新曲”としてヤシーン・ベイをフィーチャーリングした「Sensei On The Block」をiTunesで配信しており、その際の名義がモス・デフになっていたため、名前を旧名に戻してシングルを発表したと、各メディアで騒がれた。しかしその返答としてヤシーン人が今回発表した声明によると、旧名に戻した事実はなく、このシングルも人の許可なく公開されたものであったようだ。 「俺が名前をMos Defに戻したというニュースは、全て間違いだ。そして最近その名義でリリースされた曲は、全て俺の許可なく勝手に公開されたものだ。違法に販売されているから、サポートしないでくれ。そんなことをやる奴らなんてダサいし、ワックだ。インターネットのゲームにはも

    ヤシーン・ベイが「モス・デフ」という名前の使用に関して声明を発表 | Crown Cord