■敗戦の傷を乗り越える力に 戦後思想は、丸山眞男の論文「超国家主義の論理と心理」に始まった。丸山は、西洋近代の倫理、個人主義や能動主義(作為の論理)を理想とする立場から、戦前日本の体制と精神を批判した。現在の読書には、「つぎつぎになりゆくいきほひ」に日本人の宇宙観の執拗(しつよう)低音を見た、「歴史意識の『古層』」(『忠誠と反逆』所収)がお薦め。 丸山の思想はしかし、戦前にできあがっていた。敗戦が直接に思想の課題となるのは、二十歳前後の思想形成途上に終戦を迎えたより若い世代においてだ。彼らは、なぜ誤ったのか、「正しい」という確信が思想の正しさの保証にならなかったとすれば、何を根拠にすればよいのか、を考えざるをえなかった。 吉本隆明がそうした根拠として見いだしたのが「大衆の原像」である。吉本の作家論・思想家論は、内なる大衆的心性をごまかしたとき、知識人がどう誤るのかを分析するものだった。その