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文学に関するyucoのブックマーク (53)

  • 深夜のバロウズ談義

    ペヨトル工房での翻訳刊行によるバロウズ直撃世代による、熱い会話が深夜にくりひろげられていましてので、まとめてみました。

    深夜のバロウズ談義
  • 豊崎由美さんの妄想選考会

    豊崎由美@アンチ維新 @toyozakishatyou 【妄想選考会1】エイミー「てゆーか、あたし、フジテレビにファックスで文春におもねって選考なんかしてねえって啖呵きっちゃったじゃないですかあ。だから、今回は文學界3作品はなしってことでよろしくお願いしまーす」 #143A 2010-07-15 17:31:54 豊崎由美@アンチ維新 @toyozakishatyou 【妄想選考会2】エイミー「あたしは赤染さんでいいと思うんですよねー。なんか、乙女ってのがちょっと鼻につくけど、この人ずっといい作品書いてると思うんで」 #143A 2010-07-15 17:33:37

    豊崎由美さんの妄想選考会
  • 東浩紀氏、三島由紀夫賞贈呈式について語る

    東浩紀氏、深夜に独白。三島賞贈呈式後、東氏がキレて半裸騒ぎを起こしていたのには、どうやら深い理由があったようです……。

    東浩紀氏、三島由紀夫賞贈呈式について語る
  • iPadは「砂の本」である

    物語の魔術師ボルヘスは、「砂の」という名の理由をこう述べる。 このは、『砂の』というのです 砂と同じくこのには、 はじめもなければ終わりもないのです じっさい手にしてみれば分かる、どの短編を拾っても、そこから次へ紡がれて次からボルヘスの手を経て、またそこへ還ってゆく。スゴ「伝奇集」の円環より、もっと立体性を感じる。円よりも、そう、螺旋構造をめくっているような感覚。読み手の読書経験によると、そこにクトゥルフや千夜一夜を見出したり、ドッペルゲンガーを思い出すことだろう。しかしそうした伝説を包含し、包含した「お話」を重ねてゆき、ついには巨大伽藍をぐるぐるしている自分がいる。 「砂の」には、最初のページがない。最初のページを探そうとしても、表紙と指のあいだには、何枚ものページがはさまってしまうのだ。最後のページも同様で、まるで、からページがどんどん湧き出てくるようだ。めくる傍からペー

    iPadは「砂の本」である
  • メディアマーカー

    2019年5月31日をもちましてサービスを終了しました。 12年の長きにわたりご愛顧いただき誠にありがとうございました。

  • 豊崎×宇野 対決 その他おこぼれ

    @tonton1965 豊崎さんは勝間和代が『ヘヴン』について否定的なことを言うと、勝間まるごと否定しにかかるし、宇野については、宇野自身の書評をとっこにとって否定しにかかる。 2010-03-27 21:27:43

    豊崎×宇野 対決 その他おこぼれ
  • 宇野さんと豊崎さん

    豊崎由美@アンチ維新 @toyozakishatyou ついでに「サイゾー」の宇野常寛さんの連載についても。宇野さんは「御用ライター」について書いているのですが、実名を挙げることなく、欄外にわたしがコミカレの講座生と一緒に作った「書評王の島」を出すことで〈ファンダムの中ボス〉の一人がわたしであることを匂わせています。 2010-03-28 14:00:39 豊崎由美@アンチ維新 @toyozakishatyou なぜ、宇野常寛さんは実名を挙げて、トヨザキのどこが御用ライターであるのか具体的な例とともに批判しないのでしょうか。そんな腰の引けた態度で〈ファンダムの中ボスに媚びずにやっていく、彼らに逆らっても仕事を失わない世界を作る〉とか威勢のいいことを書いても笑止。 2010-03-28 14:04:18

    宇野さんと豊崎さん
  • 書評空間 : 紀伊國屋書店ピクウィック・クラブのブログ

    文学博覧会。それは我々人類の、言葉の軌跡と滾々と湧き出る想像力の可能性とを一堂に集結させた、果てない空間である。言葉を獲得した人類は、言葉によって歓び、怒り、悲しみ、闘い、慰められてきた。しかし一方では、言葉にすることさえできぬほどの圧倒的な自然や現実の前に屈することもあったであろう。それでも我々には想像力があった。たとえ黙することしかできない世界の前にあっても、我々の中にある想像力だけは永久に失われることはない。 不可侵の想像力をたずさえ、それを言葉へと昇華させた古今東西の文学作品約600点すべてに担当者がそれぞれ精読した上でのコメントとキーワードをつけ、それを40のパビリオンに振り分けた。ひとつひとつの文学作品を、言葉と想像力の大見市として構成したのがこの文学博覧会、「ぶんぱく'11」である。 文学史上類をみない熱い祭典が、ここにはじまる。 2011年4月1日〜5月31日 紀伊國屋書

  • asahi.com(朝日新聞社):「生きる違和感」に普遍性 サリンジャー氏を悼む 柴田元幸 翻訳家・東大教授 - 文化トピックス - 文化

    「生きる違和感」に普遍性 サリンジャー氏を悼む 柴田元幸 翻訳家・東大教授(1/2ページ)2010年2月2日10時33分 1982年5月11日、米フロリダの劇場で女優と話をするJ・D・サリンジャーさん=AP 書店に設けられたサリンジャーさんの追悼コーナー=29日、東京・八重洲、高橋雄大撮影 若者といえば反抗するもの、と相場が決まっていた時代、27日に亡くなったJ・D・サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(1951)は、そうした若者たちの必読書という観があった。たとえば1960年代のアメリカでは、管理社会の息苦しさを精神病院に託して描いたケン・キージーの『カッコーの巣の上で』(1962)と、軍隊を舞台にやはり現代社会のいわば論理的な悪夢性を描いたジョゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』(1961)とともに、『キャッチャー』は多感な少年の饒舌(じょうぜつ)な語り口を通し、大人の社会の画一

  • #akoyaku 【まとめ】

    Akiko Orita, PhD @oritako 5)山の奥深くで、紅葉をがさがさとふみわけて(たぶん)鳴いている鹿の鳴き声が聞こえたなう。牡鹿が牝鹿を呼んでいる声らしい。うう、秋はせつないよう。人恋しすぎ。 #akoyaku 2009-12-02 12:08:28 Akiko Orita, PhD @oritako 70)だめだ。なんだかさみしすぎて部屋に居られない。ついうっかり出かけてみた。でも、どこに行ってもさみしいかも。。秋だめ。夕方とかホントに悲しすぎ。。 #akoyaku 2009-12-02 17:21:15

    #akoyaku 【まとめ】
  • Amazon.co.jp : 本 : 男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望

    Amazon.co.jp : 本 : 男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望
  • 2009年12月31日(木) | 星野智幸  言ってしまえばよかったのに日記

    少し前の話題だが、今年の野間文芸新人賞(受賞は村田沙耶香さん『ギンイロノウタ』)の選評で、角田光代さんがこう書いていた。 「気になったのは、(候補作のうち)多くの小説が、既にある「今とここ」を前提に書かれているように思えることだ。今とこことはつまり、現在であり、日の都市である。書き手は、読み手もまたその「今とここ」を共有していることを疑っていないのではないか。多くの小説が、「今とここ」という前提を無意識に引き受けて書かれたものに思えた。」 これに対し、村田さんの小説は、「慎重に「今」を排している。つまりいつの時代でも、どこの場所でも、共有されうる強さが小説の芯としてある」として、角田さんは推している。 同じような指摘を、選考委員の多和田葉子さん、松浦理英子さんも、表現を変えて行っているように、私には読めた。多和田さん松浦さんはまた、先行する小説をあまり読んでいないがゆえに、狂気を定型的に

    2009年12月31日(木) | 星野智幸  言ってしまえばよかったのに日記
  • 劣悪な鑑賞者——トラックバックにお答えして I. - 大蟻食の生活と意見

    トラックバックまでいただいたので、そこを足掛かりに、例の「劣悪な鑑賞者」の問題をより詳しく論じてみよう——一口で言ってしまうなら、事はそれほど単純ではない。 まず問題になってくるのは理解度だ。 この問題を持ち出すと、必ずと言っていいほど、鑑賞者は創作者の意図通りに作品を読み解かなければならないのか、という反論が出てくる。今回トラックバックを下さった方もその一人だ。これに対しては、こちらから一つ疑問を呈しておこう——作品を正確に理解するとは、創作者の意図通りに理解することなのか。 もちろん違う。何故なら、鑑賞者の前にあるのはただ作品だけであるからだ。その段階では創作者が何を言ったとしても、作品に加えられた多くのコメントのひとつに過ぎない。作品を前にして創作者の意図を汲むなどという試みは全くのナンセンスだ。 ただし、作品の同一性は厳然として存在する。鑑賞者Aと鑑賞者Bの前にある作品が同じ作品で

    劣悪な鑑賞者——トラックバックにお答えして I. - 大蟻食の生活と意見
  • 本棚の中から好きな小説を抜き出して並べてみたら10冊くらいしかありませんでした - 峰なゆかのひみつの赤ちゃんルーム

    今まで買ったの値段と読んだ時間を時給で考えると、パチンコにぶっこむよりも不毛なことをしていたんじゃないかと思ってぞっとしました。 愕然としました。 絶望しました。 死にたい。 とっても悲しいついでにその10冊をリストアップします。順不同。 ・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』 言わずもがな。 ・ミヒャエル・エンデ『モモ』 言わずもがな。映画もいいよね! ・三島由紀夫『金閣寺』 三島由紀夫はところどころにギャグを混ぜてくるので油断してると爆笑してしまいます。 という話を、今まであんまり同意してもらったことがないんだけど、私の知ってる限りでは川上未映子が同じようこと書いてました。 川上未映子そんな好きじゃないけど。 ・リチャード・ブローティガン『水瓜糖の日々』 出だしで、これから書くことを箇条書きでまとめてあって感動しました。 水瓜糖べてみたい。 ・トニ・モリスン『青い目がほしい』 醜い

    本棚の中から好きな小説を抜き出して並べてみたら10冊くらいしかありませんでした - 峰なゆかのひみつの赤ちゃんルーム
  • 『夏みかん酔つぱしいまさら純潔など 句集「春雷」「指輪』鈴木しづ子(河出書房新社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

    →紀伊國屋書店で購入 ある女性俳人の遺したふたつの句集が一冊となった。 「春雷」より 畦(くろ)ゆくやマスクのほほに夜のあめ 霜の葉やふところに秘む熱の指 うすら日の字がほつてある冬の幹 冬雨やうらなふことを好むさが 昃(かげ)る梅まろき手鏡ふところに 春雷はあめにかはれり冬の対坐 あめ去れば月の端居となりにけり かたかげや警報とかるる坂の下 防諜と貼られ氷室へつづく廊 銹あらき鋳物の肌と夏草と いちじくに指の繃帯まいにち替ふ あきのあめ衿の黒子をいはれけり 湯の中に乳房いとしく秋の夜 菊活けし指もて消しぬ閨の燈を さかりゆくひとは追はずよ烏瓜 窓をうつしぐれとほのきくづす膝 冬の月樹肌はをしみなく光らふ 「指輪」より にひとしのつよ風も好し希ふこと 秋燈火こまかくつづるわが履歴 寒の夜を壺砕け散る散らしけり(きづつく玻璃) ひらく寒木瓜浮気な自分におどろく 春雪の不貞の面て擲ち給へ 肉感

    『夏みかん酔つぱしいまさら純潔など 句集「春雷」「指輪』鈴木しづ子(河出書房新社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
  • 読んだ - 日本の書物 / 紀田順一郎 - in between days

    35年前の雑誌連載(を単行化したもの)の新装版で、紀田順一郎さんが『古事記』から幕末までの日の古典書籍を紹介してくれる便利な上にすごく勉強になるブックガイド。 古典の授業で断片的に読んだことがあるものもあれば、名前も知らなかったもあっるけれど、とにかく日の文芸力って只者ではないということを実感させる。詩歌、随筆、小説といまの文芸ジャンルは、1000年以上前から高水準に出揃ってる。それが、こうしてコンパクトにまとめられるとさらに凝縮力を持って迫ってくる。この1000年来蓄積してきた文化はいまの我々の生活でどう活きていて活きていないのか……それはさておき、それぞれの古典の写とかオリジナルがどういう装丁をされていて、どこに所蔵されているか、そこまでちゃんと書かれているあたりに「紙」が好きでたまらない雰囲気が強く醸し出されててすごくおもしろかった。

    読んだ - 日本の書物 / 紀田順一郎 - in between days
  • 佐藤亜紀 日記: 2009.3.29

    ごく一握りの誠実で有能な方を除いて——と言うことにしておこう、皆無と言う訳じゃない——現在日で文芸評論家として活動している人間は、概ね二種類に分けられる。チキンと、無能者だ。まあ文芸評論などというのは小説以上にえないから、出版社のお覚えを損なわないよう、業界の爪弾きにならないようチキン化するのは理解できないこともない。しかし無能者と言うのは! 読解し論じるスキルなぞ努力次第で使える水準まで上げることも出来ように、それを怠っているというのは、これはもう犯罪である。 だから文芸評論は使えないと作家に言われるのだ。チキンや無能者の評論を反省の種にする馬鹿はいない。評論と実作の間の良きフィードバックなぞ、勿論望むべくもない。 では仲俣暁生氏はどちらであろうか。ブログに載せていた2009年のベストを見る限り、チキンであることはほぼ間違いない。立派な御用評論家ぶりだ。ではスキルの方はどうか。 20

    佐藤亜紀 日記: 2009.3.29
    yuco
    yuco 2009/04/05
    このイベント行ったわ。ジュンク堂池袋店だったかな
  • 本屋大賞ってさ、 - Loveless(愛無き世界)

    books, etc夜は短し歩けよ乙女|峰なゆかのNow You Can☆笑った。『夜は短し〜』はコミック化してるし、ある程度その辺は狙ってやってるんだろうな、とは思うけど。『太陽の塔』『走れメロス』くらいは面白かったんだけどな。しかし、屋大賞のキモさは異常だと思う。つか、過去の屋大賞見ても……http://www.hontai.or.jp/history/index.htmlなんて言うんだろう、無印良品的な薄ら寒さというか、薄くなった村上春樹臭と言うか、(この言葉は曖昧すぎて使いたくないけど)戦後民主主義臭がすると言うか。毎年、伊坂幸太郎が入ってるとこなんか怖気を震う。要するに、倫理的なんだなと思う。「私はこういう価値観がいい」ってのをパフォーマティヴに言外にアピールするような作品ばかりで、しかもその作品の持つ価値観の薄っぺらさ、安っぽさがキモいというか。天童荒太、重松清、金城一紀辺

  • 草食系男子へのアンチテーゼ!? アニメ版『源氏物語』がカゲキ過ぎる!

    アニメ『源氏物語千年紀Genji』のワンシーン。↓にさらに過激な画像もご用意しています。 (c)Genji製作委員会 1月15日からフジテレビ「ノイタミナ」枠ほかで放送されているアニメ『源氏物語千年紀Genji』(以下『Genji』)が大きな反響を呼んでいる。特に原典の格調高い世界観を愛する『源氏物語』ファンからは「これは源氏物語ではない!」と手厳しい意見が続出しているようだ。 「今回の『Genji』は、演出も時代感を無視しているし、毎回冒頭から濃厚な濡れ場が連発。登場人物の顔の濃さや、現代風に手を加えられた衣装などのディテールが反感を呼ぶ要因でしょう」(アニメライター) 確かに、ネット上の声を拾ってみると、「ヤリすぎ」「成人ゲームみたい」「原作の高貴さが感じられない」など、その奔放な性描写に対し、否定的な声が多数見られた。その一方で「もとの源氏物語からして性描写は多く、むしろこのアニメは

    草食系男子へのアンチテーゼ!? アニメ版『源氏物語』がカゲキ過ぎる!
    yuco
    yuco 2009/03/03
    見てみたいが
  • Amazon.co.jp: 柴田元幸ハイブ・リット: 柴田元幸(編・訳): 本

    Amazon.co.jp: 柴田元幸ハイブ・リット: 柴田元幸(編・訳): 本