埼玉県所沢市に住む矢嶋克子さん、72歳。ことし6月、戦時死亡宣告の取り消しが認められるまでは、「和子」という名前でしたが、戸籍を回復し、自分の本来の名前の「克子」に変えました。 矢嶋さんは、昭和19年11月に満州で生まれました。戦後すぐに親と生き別れ、1歳のときに現地の日本人夫婦に引き取られました。養父は著名な脳外科医だったため、中国共産党にそのまま現地で働くよう強く求められ、矢嶋さんも幼少期を中国で過ごすことになりました。 そんな矢嶋さんが養子であることを知ったのは10歳のとき。近所の人から「あなたはもらわれてきた子よ」と聞かされたのです。 「私は親に捨てられた」と大きなショックを受けた矢嶋さんは、養父母に自分の出自について聞けないまま、自暴自棄になっていたといいます。「何か困難なことに直面すると、『もうどうでもいいや。死んじゃえ』ってなげやりに生きていた」矢嶋さんは当時をそう振り返りま