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東京新聞:志賀直哉の直筆書簡発見 著作の活字に注文 http://t.co/4QGwyCogVr /記事中、木活に「木版」と注しているが、それでは整版の意になってしまう。そうでなく、タイトル部の文字をわざわざ木活字で作らせたが、そのデザインが気に入らなくなったという意味では?
神戸の老舗書店として親しまれ、昨秋、創業99年で閉店した「海文堂書店」が、存続していれば今年6月に100周年を迎えることを記念して、元店員ら有志が31日から6月11日まで、ギャラリー島田(神戸市中央区)で展覧会「99+1 海文堂生誕100年まつり」を開催する。在りし日の書店を描いたポストカードや写真などの展示品からは、文化発信の拠点でもあった店に愛着を持つファンの思いが伝わってくる。(浅野友美) 海文堂は1914年6月1日、船舶や港湾関係書籍の海事専門書店として開業。70年代以降は一般書の取り扱いが増えた。併設のギャラリーは、地元出身の画家らの発表の場として活用され、若手芸術家を育んできたが、活字離れによる経営難が続き、昨年9月末、99年の歴史に幕を下ろした。 「100周年には、店を愛した仲間で集まろう」。当時の店員らが目標を掲げたのは閉店の翌月。神戸市内の出版社「くとうてん」や古書店「ト
京都大学公共政策大学院特別教授 佐伯英隆 ほとんどの自治体の課名や行政文書では「子供」という表記が「差別的な印象を与える」ので「子ども」に変えられている。その理由たるや、子供の「供」はお供え、つまり子供が大人の従属物であると連想させるためとのことらしい。何とも愚かなこじつけに聞こえる。漢語と日本語は文法が異なるので、供にそのような意味があるとしても、供子なら「子を供す」と読めるが、子供という語順では意味をなさない。子供というのは一つの熟語であり、「供」という文字一つをあげつらうことに何の意味もない。国語文化の破壊ではなかろうか。文科省もやっと重い腰を上げ、昨年6月から同省の公文書では「子供」表記に統一した。 片手落ちという表現が差別的だから使わないということになっているらしい。しかし、この言葉は「片手が落ちた」のではなく、方(偏った)+手落ちで、おまけに手落ちの手とは、人体の手ではなく
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