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「もう年だし、いつまで続けられるかな」髙田賢三が語っていた若い人への想い | 文春オンライン
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「もう年だし、いつまで続けられるかな」髙田賢三が語っていた若い人への想い | 文春オンライン
ブランド「KENZO(ケンゾー)」の創設者である髙田賢三氏が、4日、新型コロナウイルスの合併症によりパ... ブランド「KENZO(ケンゾー)」の創設者である髙田賢三氏が、4日、新型コロナウイルスの合併症によりパリ郊外の病院で亡くなった。81歳だった。 世界的ファッションデザイナーとして活躍した自身の原点について、髙田氏は「週刊文春」2017年5月4日・11日号で語っていた。追悼の意を込め、当時の記事を特別に全文公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。(全2回の2回目、#1より続く) ◆ ◆ ◆ 「装苑賞」でグランプリ受賞 デザイン科2年目の60年秋、新人デザイナーの登竜門である「装苑賞」でグランプリに輝く。史上最年少受賞のコシノジュンコさんに続き、同期では二人目。以来、創刊ラッシュの雑誌から仕事が舞い込む。翌年、初任給1万5000円で、松田光弘さんと浅草橋のアパレル会社へ就職。 髙田 その頃はプレタポルテ(高級既製服)なんかなくて、雑誌はデザイナーに服を作ってもらい写真を載せ

