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「なぜ宿題をしなかったの?」そう言って無意識に子供を論破しにかかる親が失っているもの "偽の疑問文"に潜む恐ろしいリスク
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「なぜ宿題をしなかったの?」そう言って無意識に子供を論破しにかかる親が失っているもの "偽の疑問文"に潜む恐ろしいリスク
なぜ「論破」は周囲を不快な気持ちにさせるのか。東京大学大学院で哲学を研究する山野弘樹さんは「子供... なぜ「論破」は周囲を不快な気持ちにさせるのか。東京大学大学院で哲学を研究する山野弘樹さんは「子供に『なぜ宿題をしなかったの?』と問いかける親は、論破的思考にハマっている。これでは子供の行動は変わらず、嫌われてしまうだけだろう。論破より対話を心がけたほうがいい」という――。(第2回/全3回) 議論を勝ち負けと捉える人は論破的思考に染まっている 「議論は戦争である(Argument is war.)」という有名な比喩があります。これは言語学者ジョージ・レイコフと哲学者マーク・ジョンソンの共著Metaphors We Live By(邦題:『レトリックと人生』)の中で紹介されている比喩です。例えば、私たちは「言い争いに勝つ」、「相手の議論の弱点を攻撃する」といった表現を使います。このように、議論はしばしば「戦争」のように捉えられることが多いです。 「戦争」(ひいては勝ち負け)として議論を捉える思

