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それはもはや「城」ではなく「山」だった…大改造した江戸のど真ん中に徳川家康が築いた空前絶後の巨大天守 姫路城のような連立式で、豊臣大坂城より20メートル大きかった
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それはもはや「城」ではなく「山」だった…大改造した江戸のど真ん中に徳川家康が築いた空前絶後の巨大天守 姫路城のような連立式で、豊臣大坂城より20メートル大きかった
徳川家康が建てた江戸城とはどんな姿だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「かつて日本に築かれた城... 徳川家康が建てた江戸城とはどんな姿だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「かつて日本に築かれた城の中で、圧倒的に巨大だった。だが、その象徴ともいえるべき天守は、わずか15年しか存在しなかった」という――。 日本に存在した城の中でけた違いに大きかった江戸城 日本に存在した城の数は3万とも4万ともいわれるが、そのなかで江戸城(東京都千代田区ほか)はけた違いに大きかった。内郭、つまり内堀の周囲だけで約7.85キロ、面積が424.8ヘクタールもあった。外郭、すなわち外堀の周囲となると約15.7キロで、面積は約2082ヘクタール。ざっと東京ドーム450個分の広さになる。

