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「梅毒にかかった遊女」のほうが重宝された…歓楽街・吉原で起きた「性病罹患率ほぼ100%」という地獄絵図 手作りの淋病の薬を馴染み客に提供するサービスも
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「梅毒にかかった遊女」のほうが重宝された…歓楽街・吉原で起きた「性病罹患率ほぼ100%」という地獄絵図 手作りの淋病の薬を馴染み客に提供するサービスも
江戸最大の歓楽街・吉原で働く女性は、常に命の危険と隣り合わせだった。性病に関する知識が乏しかった... 江戸最大の歓楽街・吉原で働く女性は、常に命の危険と隣り合わせだった。性病に関する知識が乏しかったため、ほとんどの遊女が梅毒に罹患し、自分の顔や体が崩れていくことを嘆いて自殺する遊女も少なくなかったという。作家・永井義男さんの著書『図説 吉原事典』(朝日文庫)より、一部を紹介する――。 医学知識の欠如により梅毒や淋病が蔓延 吉原の暗黒面は多々あるが、根源にはつぎのふたつがあるであろう。 ひとつは、実質的な人身売買だったこと。女は自分の意思で遊女になったのではない。 もうひとつは、性病予防具のコンドームがなかったため、さらには性病に対する知識もなかったため、客の男と遊女はコンドームなしで平気で性行為をしていたことである。その弊害は大きかった。 江戸時代、来日したシーボルトやポンぺなどの外国人の医師はみな、日本人のあいだに梅毒(瘡毒そうどく)や淋病などの性病が蔓延していることを指摘し、とくに梅毒

