第一夜 こんな勝間和代を見た。 散髪に行った帰り道、自分の前を勝間和代によく似た女が歩いている。 こんな夕時の田舎町に勝間和代とは珍しい。自分は勝間和代には関心があるほうだったので、思い切って声をかけた。 「ちょいとお尋ねしますが、あなた、勝間さんじゃありませんか」 振り向いた女は、ほほほ、と笑うだけで、質問に答えようとしない。けれどもその笑い顔がいかにも勝間和代にそっくりだったので、やっぱりそうだ、これは勝間和代だ、黙っていたって自分にはわかるぞ、と思った。方向も同じだったので、自然と女と一緒に歩くような形になった。 しばらくは得意な気分で女の横を歩いていたが、そのうち、だんだんとじれったい気持ちになってきた。 「あなた、あれやってくださいよ、あれ。本当の勝間さんならご存知でしょう」 それを聞くと女は立ち止まり、にっこりと笑って言った。ようござんす、ただし決まりがあります。わたしがそれを
第六夜 「森へ行ってはいけませんよ。森にはカツマカズヨが出ますからね」と、母が言う。自分はもう大きいので、カツマカズヨなんて少しも怖くないが、黙って聞いている。「お父さまが無事お戻りになるまでに、何かあったら困りますからね」母はそう付け加えた。 窓からは遠くに森が見える。今日のような冷え切った日の晩、森の方からときおり「ウィン…ウィン…」と不気味な音が響いてくる。村の人間に言わせれば、それは森の奥深くでカツマカズヨが啼いているからなのである。けれども、カツマカズヨの姿を見た者はまだ誰もいなかった。 月に一度、伯父が訪ねてくる。今日がその日だった。 女子供だけで家を守るのは大変でしょう、あなたはよくやってくれていますよ。伯父はそう母に声を掛け、ミカンや米などが入ったダンボール箱を玄関先に置く。自分にはきまって五百円の小遣いをくれる。 「伯父さまにお小遣いをいただいてよかったわね。それで遊んで
今年中盤くらいに読んで面白かった本です。前半に読んだ本より、多少は読んだ時の記憶が残っている…かな? 『火星夜想曲』 イアン・マクドナルド 「SF版百年の孤独」という触れ込みでよく紹介されてる『火星夜想曲』。 火星の砂漠に生まれ、霧のように消えていくデソレイション・ロード(荒涼街道)という小さな町の歴史を描きます。強烈な一瞬の美のフラッシュで男たちをとりこにする少女とか、悪魔と戦う宇宙史上最高のスヌーカー・プレーヤーとか、奇怪な人物が次々と登場して短いエピソードを織り成し、がだんだんと大きなスケールへと繋がっていきます。 正直、「百年の孤独」に例えるのはちょっと言いすぎかな…と思うけど、町が風塵に帰すラストがじんわりとした余韻を残して、突拍子もないホラ話が好きな人におすすめの文系SFだと思います。 『通訳』 ディエゴ・マラーニ 前に書いた感想 http://d.hatena.ne.jp/a
今年読んで面白かった本のまとめです(今年出た本じゃないのも混じってます)。 「翻訳ものは年を取ったら名前や固有名詞を覚えるのが大変になって読めなくなる。読むなら若いうちやで!」という話を人から聞いて「そ、そうなんですか…たしかに老後に翻訳ものはきつそうだなあ」と思って、以来、なんとなく、ちょっとあせったような気持ちで翻訳ものばかり読んでいる昨今です。おれ、この翻訳小説を読み終わったら、池波正太郎を読むんだ……(死亡フラグ)。 あとジャンルでいうなら、マジックリアリズム小説、メタフィクション、SFが多い年だったかな。 それではまず前編から。 『赤い高粱』 莫言 前に書いた感想 http://d.hatena.ne.jp/ayakomiyamoto/20080202#p1 架空の土地、中国は山東省高密県東北郷のある酒造小屋一族のサーガです。 莫言は去年からものすごく好きになった作家で、中上健次
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