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軽水炉使用済み燃料から抽出されたプルトニウムから原爆ができるか、という重要な問題について、日本の原子力関係者のあいだでは、「できない」という見解が主流になっているようだ。その根拠は、今井隆吉が書いた報告書にあるらしい。ところが、この報告書は準拠した原論文の結論をすり替え、疑問符を付け、全く正反対の結論を導こうとしたものであることを、大部分の人は気づかずにいる。さらに悪いことに、ねじまげられた結論を、ほとんどの人は鵜呑みにしている。かの技術評論家・桜井淳は、こういうことをこそ批判・吟味すべき立場にありながら、残念ながら語学力も物理の思考力もないのだろうか、原論文を読みもせずに、今井論文を引用して、間違った結論を拡散している。 この問題について間違った判断を持つことは、大変危険なことだ。本稿では、今井報告書における「すり替え」の事実について書く。原論文での結論を導く物理的議論については、長くな
1月21日のエントリ『軽水炉使用済み燃料からプルトニウム原爆ができるか』と、そこでリンクした別サイトで、この問題に関する日本でのオピニオンリーダーの今井隆吉が、米側の情報に接しながら、結論をすり替えて日本側関係者に伝えたため、正反対の結論がまかり通っている次第を指摘した。それを見破れずにいる、技術評論家・桜井淳は、今井情報を鵜呑みにしているのだろう。自分のブログで「世の中には軽水炉の高燃焼度燃料から抽出したプルトニウムで"兵器級プルトニウム"並みの爆発力が得られると錯覚しているバカがいる-まだ、実験的に証明されていない-」(07/1/19)を書いた(ここ)。タイトルだけで、本文がない。その後、気がひけたのか、タイトルの「バカ」は「ひとたち」に書き直された。ともかく、技術評論家として、こんなでかい態度でタイトルを書いておいて、もしそれが間違いだと分かったらどうするつもりだろうか。まっとうな分
松尾文夫「アメリカ・ウォッチ」 お知らせ ■このブログには過去の論文を集めた『図書館』が設けられております。直接リンクが出来るようになっています。米中和解の可能性をキッシンジャー秘密訪中4ヶ月前に指摘した中央公論1971年5月号掲載の論文以来の松尾文夫の主要な論考が、収録されています。 ――「ペイリン効果」は広がらず、テレビ討論が最後のチャンスー ● マケイン襲った逆風 9月11日からの中国旅行のはじめにまとめた第16回のブログ「マケイン善戦、オバマ守勢にー三回のテレビ討論で、どちらが「レーガンの成功物語」を手にするかー」と総括したアメリカ大統領選挙戦展望を修正する必要が出てきました。9月末からウオール街を襲った大恐慌以来といわれる金融危機のおかげで、オバマ陣営が息を吹き返し、共和党全国党大会以後の「ペイリン効果」で失ったリードを取り戻しました。逆にマケイン側は守勢に追い込ま
シラク大統領は、19日、ブルターニュのイル・ロング基地で基地関係者を前に演説したが、その中に核の使用の可能性について触れた部分があった。日本人にとっては聞き逃すことのできない発言。演説の全文がル・モンドに掲載されている。 Jacques Chirac, président de la République "Protéger nos intérêts vitaux" LE MONDE | 19.01.06 | 13h57 基地には核兵器搭載の潜水艦があり、そこに勤務する人々へのねぎらいのことばが、のっけから、その核抑止力の維持の職務について触れることではじまる。そして、核抑止力がフランスにとっていかに重要かということについて、具体的な装備、その近代化、また核拡散防止条約の遵守について触れながら、手をかえ品をかえ長い演説が続く。抑止力の意義についていつもよりかなり強いトーン。そしてかなり終り
北朝鮮の核兵器実験は文字どおり全世界を揺るがせた。至近距離に位置する日本への衝撃は言わずもがな、である。金正日総書記のこの大冒険で世界の核兵器管理態勢が変わり、東アジアの安全保障態勢も大きく変わっていくだろう。その意味では2006年10月9日の北朝鮮の核実験は歴史的な転換点の一つとして国際政治史に刻まれるかもしれない。 北朝鮮の核実験がもたらす大きな変化の一つは、他の多くの主権国家にとって、核兵器の保有という行為がより近く、より容易な作業として映るようになることだろう。あれほど貧しく、あれほど孤立した小国の北朝鮮が、あれほど多くの国から反対されながらも核兵器を開発できるならば、自国が同様にしても決しておかしくない、という考え方も全世界かなりの数の国家で強まるであろう。核武装の敷居が低くなったということである。 この面で北朝鮮核実験の余波として、いま国際的に語られるようになったのは「
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