“非常の才”こそ、用いるべし(1/4) 政府の行政刷新会議による、事業仕分けの作業が何かと話題になっているが、歴史学的に検証した場合、変革期を生き残る方法は、たった一つしかない。 すなわち、“既得権益”の放棄である。 が、これは至難の業(わざ)といってよい。 人は一度手にした権力・地位・名誉・利益を手放すことが、本来、できないものだ。 だが、これをしないかぎり、旧時代の人間は新しい時代を生き残れない――これが歴史の教訓であるのだが。 享保五年(一七二〇)、肥後熊本藩五十四万石の四代藩主・細川宣紀(のぶのり)の第五子として生まれた重賢(しげかた)は、すぐ上に、五代藩主となる兄の宗孝(むねたか・四子)がいた(第一子から第三子は夭折)。 ところが、宗孝は思いもよらない人違いから、江戸城の厠(かわや)で暗殺されてしまう。結果、重賢ははからずも大藩を相続することになった。 ○借金まみれ「