ロシアと国境を接するバルト三国の1つ、エストニア。 軍事侵攻から1年となる2月に首都タリンを訪れると、「自由広場」と呼ばれる、エストニアの独立戦勝記念碑がある広場に面する建物にはエストニアの国旗とともに大きなウクライナの国旗も掲げられていました。 エストニアの首都タリン 「自由広場」 第二次世界大戦中の1940年に旧ソビエトに併合され、その後、半世紀にわたってソビエトによる支配を受けたエストニア。 1990年に独立を宣言した後もロシアの動向を強く警戒し、ロシアによる軍事侵攻が始まってからは他のバルト三国とともにウクライナへの軍事支援の議論を主導しています。 一方で、エストニアにはソビエト時代に多くのロシア人が移り住み、ロシア語を話すロシア系住民は人口の4分の1、およそ30万人にのぼります。 タリンにあるロシア正教会で話を聞いた中年の女性は「エストニアで暮らせなくなる」とビデオカメラでのイン