中国人はこのほど日本の繁華街の池袋で、70年代の文化大革命をテーマとするレストラン「東方紅」を密かにオープンした。開店後1ヶ月の店内のあちこちには毛沢東主席の絵が飾られており、店員は「為人民服務」(人民のために奉仕する)と書かれた赤い腕章をつけ、標準的な紅衛兵の出で立ちだ。
中国人はこのほど日本の繁華街の池袋で、70年代の文化大革命をテーマとするレストラン「東方紅」を密かにオープンした。開店後1ヶ月の店内のあちこちには毛沢東主席の絵が飾られており、店員は「為人民服務」(人民のために奉仕する)と書かれた赤い腕章をつけ、標準的な紅衛兵の出で立ちだ。
Digitalizing Mao’s Little Red Book / ©2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN <習近平国家主席の指示や談話が大量に収録されたアプリ「学習強国」は、クイズに解答したポイントで忠誠度まで評価される> 世界でよく売れている本といえば、1番目は『聖書』、2番目は「紅宝書」。紅宝書とは『毛沢東語録』のことだ。 ポケットサイズで赤いビニールカバー、持ち運びしやすく汗にも強い。文化大革命時代は紅宝書を学ぶことが国民としての義務で、誰もが1冊持っていた。毎日朗読し、暗記し、どんな場面でも語録の言葉を引用しなければならない。仕事の報告書を書くときはもちろん、ラブレターを書くときも。 1976年に毛沢東が死去し、10年間の文化大革命が終わると中国人は紅宝書から解放された。その後の40年間、経済発展に没頭し、紅宝書の
連日続く中国における反日デモ。過去の反日デモ隊が暴徒と化すことはよくあるが、今回は窓ガラスという窓ガラスを破壊し尽くし、デパートの店内やホテルを荒らし尽くし、一部の日系企業の工場やディーラー販売店をも破壊し尽くした。その映像や写真をテレビやネットで見た人なら、モラルのなさ過ぎる暴徒にただただ驚かされたことだろう。 この情報だけ見た日本人は「中国人は反日だ、暴れる人間も随分いて中国人は恐ろしい」と思うかもしれない。一方で中国人の知人がいる日本人や、中国在住の日本人は「いやそんなことはない、多くの中国人は実に友好的だ」と言っている。実際暴動に反対する中国人もいる。中国各地域に住んでいる日本人、中国人の発信する情報は、いずれも「尖閣諸島は中国のもの」と中国人は信じているものの「反日デモに参加しない人が多数派だ」というものだった。 検索から分かる前代未聞の関心の高さ まずは「尖閣諸島国有化」につい
「私は実名で中国共産党から脱退します」 中国黒龍江省鶏西市の元副市長、李伝良さん(56)は8月19日、大紀元のインタビューを受けた際、中国共産党のすべての組織から離脱すると宣言した。李さんは中国国内から米国に亡命し、このほどロサンゼルスに到着した。 中国当局は今年2月14日、李さんの元部下である鶏西市恒山区トップの孔令宝党委員会書記を、「不当な発言があった」として身柄拘束した。孔氏は中共ウイルス(新型コロナウイルス)の感染拡大について、当局の対応を疑問視しする発言をし、何者かが当局に通報した。当局は孔氏の職務を解き、自宅と執務室を捜査した。李さんは、自身も孔氏のように、過去の発言で逮捕される可能性があると危惧して亡命を決めた。 李さんは、中国の公認会計士(CPA)や公認税理士(CTA)などの資格を持ち、長い間、鶏西市財政局で勤務していた。2003年、市財政局局長や党委員会書記、市国有資産監
■ウーセル・ブログ 写真記録:「安定維持」されるチベット人■ *当記事はブログ「チベットNOW@ルンタ」の許可を得て転載したものです。 文革時代かと見紛うチベット人弾圧写真。以下の写真に2011年12月2日付けのブログでウーセルさんが短い解説を書かれている。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『写真記録:「安定維持」されるチベット人』 中国のウェブサイト「超級大本営軍事論壇」「四月青年社区」などから6枚の写真をグーグル+に転載している人がいた。「四川省成都、徳陽の特殊警察が省内チベット地域の安定を維持している写真」というが、撮影場所と日時については書かれていない。 これらの写真はチベット人が弾圧されている事実をはっきりと示している。 私はとても驚き、繰り返し写真を眺めた。撮影時期は2008年3月以降だろう(「国家分裂」「国家機関襲撃」などの言葉は今年
中国南部・広西チワン族自治区武宣の市街地を歩く女性(2016年5月8日撮影)。(c)AFP/GREG BAKER 【5月13日 AFP】中国では文化大革命(Cultural Revolution)の狂乱のさなかに恐ろしい「人肉宴席」の犠牲となった人々がいた。しかし、文革開始から50年を迎えた中国共産党は、当時の回想も、文革そのものや残虐行為についての歴史的評価も、包み隠そうと躍起になっている。 文化大革命は、大躍進政策(Great Leap Forward)で失敗し政敵打倒をもくろむ毛沢東(Mao Zedong)の主導で1966年に始まった。全土で暴力行為や破壊行為が10年続き、党主導の階級闘争は社会的混乱へと変貌していった。まだ10代の紅衛兵(Red Guards)たちは、「反革命的」だとして教師を撲殺。家族間で非難の応酬が起き、各地で激しい派閥争いも発生した。 だが、かつて毛沢東につい
改めて中国人にとっての文革とは 30年ほど前に買った「中国文学館」(黎波著、大修館書店)は、古代から現代までの中国文学の歴史を概括的に学ぶことができる良著だ。その中に、中華人民共和国建国(1949年)後「人民作家」と呼ばれ、文学界の重鎮として活躍した趙樹理(ちょう・じゅり)が文化大革命中(1966~76年)に紅衛兵らの批判にさらされる場面が出てくる。 「彼は頭に高い帽子をかぶり、首には数十斤(1斤は500グラム)もする重い鉄板をぶら下げ、机を3つ積み重ねた高い台の上に立っている。机の上に跪かせると思うと、今度は立てと迫る。その立ち上がった瞬間であった。酷い暴徒が後ろから力任せに突き落としたのだ。この一突きで(……略……)腰骨は砕けてしまい、肋骨も折れ、折れた骨が肺を突き刺してしまい…4日もたたないうちに、趙樹理同志は怨みをのんで世を去った……」 文革の被害を受けたのは、趙樹理だけでない。「
民主党は「文革政権」宣言 科学技術予算を削り、医療も先細りさせ、専門家を貶め、下放する予定か? 四人組の江青に当たるのは蓮舫か わたしは文革期に作られた中国語の教科書で中国語を勉強した。 だから、 文革期の中国がいかにトンでもない状態だったか を、中国語学習でも知っている。またその内アップするけど 基礎漢語 は、文革期の中国がどこまで突き進んだかを如実に示す教科書である。 研究室で、その教科書の暗唱をしていると、周りにいる中国人留学生がゲラゲラ笑っていた。 人民公社? 何それ? とか 沙家浜? 白毛女? いつの話? とか。その頃、 ラストエンペラー が上映されていて、研究室で話題になったのは 文革期の紅衛兵のパフォーマンスと、「自己批判」をさせられて知識人がさらし者になるシーン だった。あんな光景が、ほぼ毎日のように中国各地で見られたのである。批判されている人間を批判できないと、次にさらし
1 検察官(東京都) 2010/09/24(金) 16:29:12.93 ID:FrWZCoGl0● ?PLT(22458) ポイント特典 釈放決定は地検の判断と官房長官 仙谷官房長官は、中国漁船衝突事件の船長釈放決定について、那覇地検独自の判断との認識を表明。 2010/09/24 16:17 【共同通信】 http://www.47news.jp/news/flashnews/ 3 技術者(埼玉県) 2010/09/24(金) 16:29:47.31 ID:jbdLc1Fv0 んなわけねーだろアホw 5 整備士(東京都) 2010/09/24(金) 16:30:03.31 ID:OfTA8Vu+0 日本は三権分立だからこういうこともある 中国みたいに独裁国家じゃないからな 8 指揮者(大分県) 2010/09/24(金) 16:30:14.75 ID:ouEdSvP
先月下旬、新聞や雑誌を売るニューススタンドの前で足が止まった。そこに並んでいた政治、社会問題系の雑誌のカバーに軒並みと言っていいほど温家宝首相の写真が使われていたからだ。店先からその様子を眺め回しながら、温家宝の顔がこんなに並ぶのは久しくなかったなぁ、と感慨深かった。就任当初こそ農村改革だの、親民宰相だのと話題を振りまいて大人気だった温家宝という「人物」が、だんだんその話題も尻つぼみに終わることが増えてから、単独誌ならともかく、一度にこれだけの数の雑誌のカバーを飾ることはこの数年なかったように思う。 つまり、3月14日に行われた、全国政治協商会議と全国人民代表大会の二大政治大会閉幕後の彼の記者会見がそれだけ人々の心に残った、ということだろう。 もちろん、そのインパクトは同日の発言だけではない。それに続いて翌日早朝に重慶市で同市党委員会書記を務めていた薄熙来が「すでにこの職にない」と発表され
毎日新聞によると、中国のデモに毛沢東の肖像が登場しているそうですが、 http://mainichi.jp/opinion/news/20120917ddm003030101000c.html 「毛主席、万歳」。北京の日本大使館前で16日に起きたデモでは、多くの集団が新中国建国の父、毛沢東の肖像画を掲げ、声をそろえて毛沢東をたたえる集団もあった。 上海でも16日、大小の毛沢東の肖像画がデモ参加者によって掲げられた。上海市郊外から参加したという20代の男性は胸に毛沢東の肖像が描かれたシャツを着ていた。「国民の多くが平等だった毛沢東時代の方が良かった。今の政府のやり方はおかしいことばかりだ」と語った。だが、尖閣諸島の問題とは直接関係ないのではと問うと、口をつぐんだ。 中国では貧富の格差や官僚の腐敗が深刻化するなか、保守派や若者の間に毛沢東を崇拝する動きが広がっているが、これまでの反日デモで毛沢
文革とは政治エリートと一般庶民の双方が参加する政治闘争だった。当然ながら、その後遺症は中国社会全体に及んでいる。(前回の記事はこちら) 4、文革の後遺症 証言:党員となり、幹部となれば、祖国建設に参加し、それによって人民に奉仕することができるはずだった。文革に参加した時も、同じような態度だった。それは党への奉仕の一環だった。・・・しかし「奪権」によって、何を得ただろうか。何も得なかった。散々利用された後、用がなくなったというので、捨てられたようなものだ。悔しくてたまらなかった*1(青色部分は筆者が附した、以下同じ)。 私は中国人ではなく、また文革期に中国にいたわけでもない。だから、親友・恋人に裏切られたり、肉親・近親者が虐殺されたり、自殺に追いやられたり、さらには自分自身が極寒の僻地に10年近く下放されたりした中国人の「心の苦しみ」など実感できるはずもない。その意味では私には文革の後遺症を
先週の環球時報英語版に感慨深い記事を見つけた。皆さんは1966~76年に中国全土で吹き荒れた文化大革命の悲劇を覚えているだろうか。毛沢東に忠誠を誓った10代の紅衛兵たちが手当たり次第に教師や知識人を集団で吊るし上げ暴行・殺害を繰り返した、「文革」である。 あれから50年近くの歳月が流れた。現在紅衛兵の多くは60代後半となり、人生の黄昏を迎えている。その元紅衛兵たちが、文革中に犯した様々な悪行について、しかも公の場で次々と謝罪し始めたというのだから、心底驚いた。謝罪は本心なのか、それとも、中国お得意の新たな政治運動が再び始まったのか。(文中敬称略) 報道によれば、1966年当時女子高生で紅衛兵運動のリーダーの1人だった宋彬彬が1月12日北京で文革を反省する会合を開き謝罪したという。彼女を含む約20人の元紅衛兵が北京師範大学付属高校に集まり、当時の副校長の銅像の前で涙を流して懺悔したのだそうだ
中国の温家宝(ウエン・チアパオ)首相が先月末、母校である天津の南開中学でつらい過去を語った。病気になった自分のために父親が時計を質に入れて薬代を工面したこと、身動きできないほど小さな部屋で家族5人が暮らしたこと......。 そして話が文化大革命のくだりに差し掛かると会場は静まり返った。「家族は迫害され続けた」──温は教育者だった祖父と父親が紅衛兵に苦しめられたことを初めて明かした。 これまで文化大革命について口にした中国指導者はほとんどいない。それは政治的タブーだった。温はタブーを破ることで、未来の指導者たちに過去の過ちを繰り返すなと暗に示したのだろう。 小学校の教師だった温の祖父は死ぬまで「自己批判」を強要された。「祖父の学校にはまだ書類が残っている。小さく整った字で書かれた自己批判書が」 文化大革命を語ることがタブーとされるのは、毛沢東の悪いイメージが助長されるからだ。今年8月、習近
中国共産党100周年記念式典でスクリーンに映し出された習近平国家主席(党総書記)=7月1日、北京(AFP時事) 【北京時事】中国の官製メディアが先月下旬、「深い変革が進んでいる」と訴える文章をインターネット上に一斉に掲載し、建国の父、毛沢東が発動した文化大革命(文革)のような激しい政治運動が始まるのではないかという観測が出ている。 【写真】1947年ごろの馬上の毛沢東 習近平国家主席が慣例を破り来年の共産党大会で3期目入りすることが確実視される中、習氏を毛と並ぶ指導者に位置付けようとする動きと関連している可能性がある。 文章を書いたのはネット上で論説を発表している李光満氏。共産党機関紙・人民日報や国営新華社通信、中央テレビを含む多くの主要メディアが8月29日、「誰もが感じられる深い変革が進んでいる」と題する李氏の文章をネットに転載した。 李氏は、習政権による経済や芸能界への統制強化を「経済
<文化大革命の最新研究が明かすモンゴル人大虐殺や「革命的食人」。真相解明を嫌がるのは習政権か日本の「進歩的知識人」か>(写真:毛沢東の肖像と天安門事件の学生の写真が組み合わせられた香港の展示) 「アメリカで南北戦争のシンポジウムができないことがあるだろうか。アメリカ人がわざわざ北京に避難して開催するようなことはあり得ない」 このように発言したのは、ある著名なアメリカ人の中国研究者。6月末に米西海岸で行われた「毛沢東の遺産と現代中国」という文化大革命(文革)国際シンポジウムでの発言だ。アメリカに大きな傷痕を残した歴史的内戦を例に挙げて、文革に関する研究会が開けない中国の現状を批判した。 今年は文革が発動されて50周年に当たる節目の年。アメリカではこのシンポジウムを皮切りに、文革関係の研究会がめじろ押しだ。一方、本国の中国では文革は禁句なだけでない。文革記念館のような数少ない民間施設もすべて閉
【北京=矢板明夫】1966年から76年に中国全土を席巻した文化大革命中に、教師や知識人らをつるし上げ、暴行を加えた紅衛兵による被害者への謝罪が昨年から急増している。中国メディアによると、著名な紅衛兵リーダーだった宋彬彬(そう・ひんひん)氏が12日、北京で文革を反省する会合を開き謝罪した。背景には、習近平政権が毛沢東を模倣した政治運動を展開していることを受け、文革再来への懸念が関係者の間で広がっている事情があるとみられる。 13日付の新京報などによると、宋彬彬氏ら元紅衛兵約20人は北京師範大学付属高校に集まり、文革中に紅衛兵の暴行を受けて死亡した同校の元副校長、卞仲耘(べん・ちゅううん)氏の銅像に黙●(=示へんに寿の旧字体)(もくとう)しざんげした。宋氏は涙ながらに「先生に永遠の追悼と謝罪を表したい」との内容の反省文を読み上げた。 宋氏は軍長老、宋任窮大将の次女で、文革が始まった直後に紅衛兵
前回は文革に関する中国の公式見解について考察した。今回は文革において庶民が果たした役割について論じたい。(文中敬称略、前回の記事はこちら) 3、庶民が参加した文革 文革の影の主役が一般庶民だったとすれば、彼らが文革期にいかなる対応をしたかを検証する必要がある。限られた資料から当時の一般庶民の考え方をいくつかの類型に分けて類推してみたい。 (1) 文革を信じた人々(純粋派) 証言:確かに文革期文学には江青らの権力闘争の道具に過ぎなかったとする「陰謀文芸」の要素が多大にあったとはいえ、多くの若者がその作品の中に彼らが真剣に夢見た「新しい人間、新しい世界」を描き出したこともまた事実です(青色部分は筆者が附した、以下同じ)。 彼らの夢見たユートピアとは一体どのような世界だったのでしょうか。そしてその世界は現実の中国社会といかなる関係にあったのでしょうか。こうした問いかけは、文革後の文革に対する全面
(福島 香織:ジャーナリスト) 中国の名門大学・清華大学法学院教授の許章潤が停職処分となって取り調べ中であることが3月末に明らかになった。習近平に対する批判文章をネットにあげたことなどが原因だ。 清華大学法治と人権研究センターの主任を務める許章潤は、2005年に中国全国十大傑出青年法学家として表彰されている。いわゆる良心的知識人の1人として、国内外で尊敬を集めてきた。 それが習近平に苦言を呈しただけで事実上の公職追放となれば、中国のアカデミズムに対する国際的信用を大きくそこないかねない。許章潤の処遇に対して、中国人知識人たちも沈黙しているわけにはいかない。 国民の8つの心配事と許章潤の8つの提言 問題となった許章潤の習近平批判文章は、「我らの目下の恐怖と期待」というタイトルで2018年7月に天則経済研究所のサイトに発表された。 要約すると、以下のような内容だ。 「国民全体が、国家の発展方向
中国人にとって2016年はどのような年になるのだろうか。この設問に答える前に、まず自分にとっての2015年を振り返っておきたい。 これまでの1年間、筆者が集中的に読んだ本は、経済学の本に加えて中国の近現代史の本である。なぜなら、筆者が中国で受けた教育では、本当の歴史がまるで空白のようになっているからだ。 大学受験の勉強では歴史的事件の背景や意義ばかり暗記させられ、歴史上の事実の多くは教わっていない。歴史とは国、民族と文化の歩みであり、学者による意義づけよりも事実そのもののほうが重要だと考えている。 2016年は中国にとって、毛沢東(1893~1976年)が文化大革命(1966~76年)を発動してから50年目の節目の年にあたる。同時に、文革が終わってから40年になる重要な年である。今年はすべての中国人にとって、文革を検証し反省する年となる。そして、その後の鄧小平による「改革・開放」政策(19
写真は2015年3月の王岐山(左)と習近平。今年2月に起きた「任志強バッシング事件」をきっかけに、2人の関係に亀裂が?(写真:ロイター/アフロ) 習近平と王岐山の関係に亀裂が走っている、という話を聞いた。“十日文革”と揶揄される任志強バッシングがそのきっかけだという。任志強は王岐山の幼馴染にして今なお深夜に電話で話し込むような大親友関係であり、2月以降に盛り上がった任志強バッシング報道は実は王岐山バッシングであったことは誰もが感じとっていたことだろう。私は劉雲山VS王岐山・習近平の戦いの文脈でこの事件を読んでいたのだが、現地の中国の政治ウォッチャーたちが読み解く権力闘争構図はそう単純ではないようだ。 任志強がどういう人物か、簡単に説明しておこう。 父親は元商業部副部長まで務めた高級官僚・任泉生。本人は不動産大手・華遠集団総裁を務めたことのある太子党の不動産王である。2014年に企業家から足
先日の5月16日は文化大革命が開始された、俗に言う5・16通知が政治局会議で可決した日である。この日をもって文化革命小組が改めて組織され、文化大革命という名の大衆を巻き込んだ権力闘争が開始された。ちょうど50年前のことである。 ところで、この50年前の出来事が、過ぎた歴史事件として笑い飛ばせない状況である。2014年10月に文芸工作座談会が行われて以来、習近平夫人の元軍属歌姫・彭麗媛が芸能界を牛耳るようになると、文化・芸能を通じた政治宣伝が活発化した。 とくに習近平の個人崇拝的なものが目立ちはじめ、たとえば今年の春節(旧正月)の大晦日に行われた中国版紅白歌合戦と称される「春節聯歓晩会」などは、もとは庶民の年末の娯楽番組に過ぎなかったのに、あからさまな習近平礼賛色番組になってしまった。 また有名な革命劇「白毛女」が彼女の演出で2015年、3D歌劇として復活上映されると、「紅頭文件(党内部通知
2012年9月15日の反日デモについて。 中国各地、40~50都市で反日デモが実施されました。スーパーや工場の略奪騒ぎにまで発展した青島、長沙。デモ隊がホテルを襲撃した西安。北京の日本大使館で中国の武装警官隊に物を投げつけた北京市のようなところもあれば、比較的しゃんしゃんと終了した上海のようなところもあり。 ネットに「反日デモやったで!」とアリバイ的写真だけアップして、実際には何も起きなかった都市のほうが大多数でしょうが、各都市を総合すると、(新中国建国後、被害額ベースで)史上最悪の被害を出した反日デモになったことは間違いないのじゃないか、と。 細々としたトピックをまとめる力がないので、お時間のある方は下記トゥギャッターを眺めてください。中国マイクロブログ情報をがすがす転載していた「中国住み」さんのおかげで、かなり細かい情報がわかります。ただしデマを紹介しているケースなどもありますのでご注
(福島 香織:ジャーナリスト) 最近、習近平政権にタブーとみなされている刊行物を国外や香港、マカオなどから中国内に持ち込んだとして、きびしい懲罰にあったり、党籍はく奪や刑事罰に遭うケースが増えているらしい。そのタブー視されている刊行物の中には、温家宝が、自分の母親を偲ぶエッセイを寄稿した週刊紙「マカオ導報」も含まれているという。 すでに一部では報じられているが、温家宝が自分の亡き母親の思い出を清明節(中国のお盆に相当。墓参りをして故人を偲ぶ日。2021年は4月4日)に合わせて4回にわたって連載した内容が、どうやら習近平の逆鱗に触れて、ネット上では閲覧制限され、ちょっとした騒ぎになっていた。 温家宝の「我が母親」というタイトルのエッセイは、「マカオ導報」に3月25日から4月15日にかけて4回に分けて掲載された。微信の媒体公式アカウントにも転載されたが、すぐに閲覧制限され、事実上の発禁扱いにな
2014年04月14日19:08 カテゴリオタクin中国アニメ 中国オタク「4月新作の『ピンポン』が意外に面白いぞ!?中国人キャラの孔文革も、その中国語ボイスも良い!」 ありがたいことに 「4月から始まった新作アニメ『ピンポン』の中国での反応は?」 という質問を幾つもいただいておりますので、今回はそれについてを 「ピンポン」は 中国の動画サイト「楽視」でも正規配信が始まっていますし、中国オタク界隈ではマニア寄りの人を中心に早速話題になっているようです。 そんな訳で以下に中国のネットで行われていた「ピンポン」に関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。 おいおい。4月新作の「ピンポン」が意外に面白いぞ!?中国人キャラの孔文革も、その中国語ボイスも良い! 出てくる中国語はウチの国の人使っているんだったよね。 確かに予想外に良い。ストーリーも面白いし、4月新作アニメ
(10/03)聖人とコブラ (09/14)朝日新聞と日本の異常な新聞観 (08/18)ヘイト・プロパガンダ (08/04)第一次世界大戦 (02/18)メリットの有無と戦争 (02/15)ジョブスの教え「お客様は神様です」 (02/12)クール・ジャパンとハリウッド (02/11)悪いのは猫である (02/10)架空戦記に見るステレオタイプ (02/07)テレビの性 (01/31)醜いスポーツ (01/30)みんなでやってる感 (01/29)肩書きはチラ裏を金言に変える (01/27)過去は清算できない (01/25)英のEU離脱と日英ブロック (01/24)イーベン・バイヤーズの悲劇 (01/22)「国家ブランディング」は国を滅ぼす (01/21)もっと感動を! (01/18)Too good to bear (01/17)過去を反省しない日本の原点
ぼくは最近ほとんどテレビを見ません。特に報道系番組は見ません。時々見ると、必ず気分が悪くなります。政治的問題で論調が左に偏っているとかそういうレベルではなくて、もっと奥深い所での気持ち悪さです。この気持ち悪さは何なんだろうと考えますが、まだはっきりと答えを出せません。 例えば北海道で起きた小学校六年生女児の自殺を巡り、市長や校長が遺族に土下座したニュース。テレビでは、どのニュースを見てもコメンテーターが一様に教育委員会を糾弾していました。何か根本的な違和感を感じます。 滝川市教委、一転「いじめ自殺」認める 確かに教育委員会の対応はおかしい。それは間違いありません。なぜ女児の自殺を受けて、筋の通った対応ができなかったのか、すべてのタブーを排して明確に説明して欲しい。涙を流すとか、土下座するとか、もうそういうイメージで片付けるのは金輪際やめて欲しい。起承転結のある簡潔な文章で明確に理由を述べて
「BS1スペシャル▽文化大革命50年知られざる“負の連鎖”〜語り始めた在米中国人」を見ました。 これについて梶谷氏が以下のように述べています。 (略)在米の研究者たちによって、従来の常識を覆す新事実が次々に明らかにされてきたからである。日本でも、ウォルダー教授の研究チームに加わっていた神戸大学の谷川真一氏らが近年精力的に研究成果を発表しており、その内容は研究者の間では徐々に知られるようになっていた。とはいえ、当事者へのインタビューや豊富な映像によってそのような「文革の新常識」が視聴者に明快な形で視聴者に示されたことは大きい。 では、その「文革の新常識」とはなにか。それについて説明するためには、文革に関する「旧来の常識」について確認しておく必要がある。これまでの日本社会における文革認識は、一言でいうと「『大地の子』バイアス」ともいうべき固定化されたイメージでとらえられてきたのではないだろうか
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