NHKのニュースや番組をつくっている私たちが取材に込めた思いや取材手法などをお話します。一緒に「取材ノート」をつくっていきましょう。サイトはhttps://www.nhk.or.jp/d-navi/note/ 利用規約はhttps://nhk.jp/rules
東日本大震災アーカイブスでは、当時の映像を時系列に並べることで、何がどのように起こったのかをふりかえります。正直、まだふりかえりたくないという方も少なからずいらっしゃるかもしれません。しかし、何が起こったかを改めて見ることで、気がつくことも多いと考えます。発災から72時間に起こったことを、映像とともに見つめなおすことで、災害への備えの大切さや今後のための教訓について、一緒に考えることができればと思います。 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、国内の観測史上最大のマグニチュード9.0を記録。(2011年3月13日気象庁発表) 死者・行方不明者は、1万8446人にのぼっている。(2017年3月10日 警察庁発表) 映像視聴時のお願い このサイトでは、東日本大震災に関する映像(津波や火災など)を公開しています。 このため、映像をご覧になった時に精神的なストレスを感じられる方もいらっしゃ
東電福島第一原発事故前に東電社内でやりとりされていた電子メールを集めた捜査報告書を、法務省が2021年10月28日付で開示した[1]。東電から提出されたハードディスク(HD)から、メールデータ61通分を復元し、文書にしたものだ。2008年から2011年にかけて、東電内部で津波のリスクについてどのように認識していたか、そして外部の専門家に根回ししたり、他の電力会社に圧力をかけたりして、津波対策の遅れが露見しないよう工作していた状況がわかる。事故の原因を解明するための第一級の資料だ。そして、これらのメールを東電は政府や国会事故調には提出しておらず、さらに検察の初期の捜査でも利用されておらず、強制起訴された後の2017年になって指定弁護士によって発掘されたらしいことも示している。 デジタルフォレンジックで指定弁護士が発掘 開示された文書は、「捜査報告書(メールデータの抽出印字について)」2017
福島県沖を震源に発生したマグニチュード7.4の地震についてSNS上では「人工地震だ」という投稿があり、ツイッターでも一時トレンド入りしました。 こうした「人工地震」に関する投稿について、専門家に詳しく聞いてみました。 核実験でもエネルギーは足りない 「これだけ強い揺れを東北から関東にかけての広い範囲で起こそうと思うととてつもないエネルギーが必要で、例えば核実験でも全然エネルギーは足りません」 過去に北朝鮮が地下核実験を行った際には、地震の規模に換算するとマグニチュード5前後の振動が観測されています。 それに対して今回の地震の規模はマグニチュード7.4。マグニチュードで2の差はエネルギーでは1000倍の差となります。
» 【マジかよ】津波と放射能汚染で崩壊していた福島県 双葉町 → 2年ぶりに来たら、とんでもないことになっていた 特集 2011年3月11日の東日本大震災。津波の被害だけでなく、福島第一原子力発電所の事故により、一帯は長らく一般人が立ち入ることのできないエリアに。 大きな進展があったのは、9年後の2020年3月14日。満を持して常磐線が全線開通。ごく一部とはいえ避難指示が解除され、制限はあれど一般人も散策が可能になった。 その時の状況は、「全線開通した常磐線で東京から福島へ / 帰還困難区域だった各駅で下車、周辺を散策してみた」という記事でお伝えしている。この時から2年。久しぶりに福島に行く機会を得た私は、再び2年前に取材した地を訪れてみることに。 ・双葉駅 「特急ひたち」に乗るのも2年ぶりだ。今回のスタート地点は湯本駅。 2年前は気温がめちゃくちゃ低いうえに、雨も降っていた。マジに凍えな
トリチウムを含む処理水の排出が、社会的関心を呼んでいます。復興庁が作成したゆるキャラをつかった動画やチラシが非難され、公開中止に追い込まれました。中国や韓国が、日本の対応を非難しており、国際問題にも発展しかねない雰囲気です(韓国はトーンダウンしたようですね)。日本の水産業にも関わる重要な問題ですので、科学的な事実に重点を置きながら、トリチウムを海洋に排出することの問題点について整理してみました。 トリチウムは重たい水素ですトリチウムは水素の一種です。水素には、普通の水素と、重たい水素あり、重たい水素の一種がトリチウムです。トリチウムは、普通の水素と比較すると中性子が二つ多いので三重水素とも呼ばれています。普通の水素とほぼ同じ性質を持ちます。 トリチウム(三重水素)は、余計な中性子をもつ、重たい水素です。 トリチウムはトリチウム水として存在するトリチウムは単独で存在するのではなく、トリチウム
能登半島地震の発生から半月が経過。全国の自治体から職員が駆け付けて、現地で支援活動をしています。 神戸市役所からは、きょうも128人の職員が活動中。 このような応援は数カ月にわたるので、約1週間ごとに職員を交代させながら続けるやり方がとられます。 そんななか、第1陣として派遣していた職員たちが神戸に戻ってきたので、きょう神戸市役所の14階の大会議室で報告会が行われました。 職員ら約150人が参加。久元喜造市長も参加して行われた報告会を緊急レポートします。 地上部隊が未踏の地でヘリで救助活動被災地から戻ってきた7名の職員たちが、自分たちが経験した生々しい現地の状況を説明しました。 最初に話をはじめたのは、1月3日にヘリコプターで現地に飛び、救助活動にあたった消防局航空機動隊の小國正英さん。 家屋が倒壊し、長時間下敷きになった患者の搬送や、孤立集落の急病人の救助を行ったとのこと。 特に、道路が
『内務省検閲時報』によれば、1925年中に検閲を受けた本作と思われるフィルムは、以下の6件である。 ・1925年8月21日/1344番/日、實、風/震災前の帝都の壯觀/1巻/297メートル/(製作者)東亞キネマ株式會社/(申請者)八千代生命保険株式會社/新 ・1925年8月21日/1345番/日、實、風/震災前の帝都の壯觀/1巻/297メートル/(製作者)東亞キネマ株式會社/(申請者)八千代生命保険株式會社/複一 ・1925年9月18日/2458番/日、實、風/震災前の帝都の壯觀/1巻/282メートル/(製作者)岩岡商會/(申請者)八千代生命保険株式會社/複二 ・1925年10月14日/3400番/日、實、風/震災前の帝都の壯觀/1巻/302メートル/(製作者)東亞キネマ株式会社/(申請者)八千代生命保険株式會社/複三 ・1925年10月14日/3401番/日、實、風/震災前の帝都の壯觀/
消しゴム落としても拾わない学生時代、消しゴムを机からよく落としていたのだが拾わなかった。 なんでかというと、文字を間違えたら拾えばいいわけで、それまでは消しゴムの出番がないからだ。 もちろん掃除などの時間が迫れば拾うべきだろうが、それまでに誤字は出来するのでそこで拾えばいい。 ところが友人が先に拾ってしまう。申し訳ないのでいつも上記を説明するのだがなかなか難しい問題だ。 皿を洗わない皿を洗わない。なんでかというと、もうあと何回かは確実に使えるからだ。 一番洗わないのは茶碗で、ご飯を食べきった後は乾燥しており衛生的にも問題ない。 汁椀も洗わない。乾燥してるなら問題ない。特に箸も洗わない。乾燥しているからだ。 なぜこうなるかというと、皿を洗うのが面倒だからだ。 そして洗剤も節約できるし時間も節約できる。1週間くらい洗わない。 同じ理論はバスタオルにも援用できる。特にバスタオルは問題で、一回だけ
私は、1993年の1月に生まれた。1歳から大学までは、神戸市で生活していた。神戸はとてもいい場所だ。街の中心部である三宮はおしゃれな街で、大阪駅までも直通で30分。中華街で有名な豚まんを食べ、旧居留地の優雅な建築を抜ければ、港から海を見渡せる。中心部から少し足を伸ばせば、B級グルメを出す飲食店が立ち並ぶ下町の長田、六甲山の麓に日本屈指の酒蔵を擁する灘などにも行ける。どの地域も個性にあふれた「退屈しない街」だ。この街で人生の3分の2を過ごせたことを、私は幸せに思っている。 私が住んでいた地域には大学があった。このキャンパスは自然豊かなことで知られていて、敷地内に公園や池があったので、私は物心ついたときから時々家族とこの大学内を散歩していた。子どもだった私は漠然と、大きくなったら私もこんな学校で勉強するのかな、なんて思っていたものだ。 私が小学校にあがる前のある日、父とふたりで大学の中を歩いて
1日夕方、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の大地震があり、志賀町で震度7の揺れを観測しました。 能登地方周辺ではその後も地震が相次ぎ、震度2以上の揺れを伴う地震がこれまでに70回を超えています。 気象庁は揺れの強かった地域では1週間程度、特に2、3日の間は最大震度7の揺れを伴う地震に注意してほしいと注意を呼びかけています。 目次 各市町村の震度 気象庁によりますと、1日午後4時10分ごろ、石川県能登半島で深さ16キロを震源とするマグニチュード7.6の地震が発生し、志賀町で震度7の非常に激しい揺れを観測しました。 この地震で ▽震度6強を石川県の七尾市と輪島市、珠洲市、穴水町で、 ▽震度6弱を石川県の中能登町と、能登町、新潟県長岡市で観測しました。 また▽新潟県と富山県、福井県、長野県、岐阜県で震度5強から5弱を、 ▽震度4から1の揺れを北海度から九州にかけての広い範囲で観測し
宇多丸さんが2022年9月1日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で関東大震災の際に発生した朝鮮人虐殺についてトーク。『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』『TRICK トリック 朝鮮人虐殺をなかったことにしたい人たち』『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』『ようきなやつら』『関東大震災の想像力』『それは丘の上から始まった 1923年横浜の朝鮮人・中国人虐殺』などの本を紹介しながら話していました。 (宇多丸)ということで皆さんね、ご存知の通り、関東大震災から100年、経ちましたという。1923年にあったわけですね。で、TBSラジオでは今週寄り添うラジオ・つながるチカラ TBSラジオ防災キャンペーンを実施中。様々な番組で防災・災害にまつわる企画をやっているというような中で、昨日はね、防災時にも役立つ、普段使いもできる便利グッズというのを小物王の納富
読売新聞で1月6日6時38分に以下の記事が配信される。 石川・穴水の避難所、40~50代の集団が自販機破壊し金銭盗む…目撃者「避難所がパニックに」 被害を目撃した避難者の30歳代男性や同校によると、発生したのは地震発生直後の1日夜。当時、避難者が続々と校内に集まり、100人ほどが身を寄せ合っていた。学校は地震の揺れでほとんどのガラスが割れており、誰でも自由に入れる状態だった。 同日午後8時頃、校庭に金沢ナンバーの車が見え、40~50歳代の男女4、5人の集団が校内に入ってきた。集団は「緊急だから」とだけ話し、女の指示を受けた複数の男がチェーンソーとみられる道具を使って自動販売機を破壊し、飲料水や金銭を盗んだという。 目撃者の男性は「けたたましい音が学校中に響き渡っていた。避難所はパニックになり、誰も止められなかった」とおびえた表情で語った。同校の島崎康一校長は「避難者も不安に感じているので、
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忙しい人のためのこの記事のまとめ。 処理水放出が、計画上は安全なのはわかる。 今のところ安全なのもわかる。 でも、これまでの東京電力と日本政府の「廃炉ロードマップ」の進捗や、汚染水の管理状況を見てたら、 「2051年までには放出は終わります!」 「それまで安全に管理します!」 なんて言われても信じられない人がいて当然なのでは? そもそも東電の計画通りに進むものなら、今頃は処理水は増えてないはずだったのに。 風評被害対策は必要だけど、そのためにはまず東京電力が 「ちゃんと計画通りに進みます」 というところを見せることが先決。 現状ではもはや他に処分方法がないんだろうけど、それはあくまで政府と東京電力の手落ち、日本の国内問題で、諸外国には何の責任もない。 そして、たとえ計画通りに進んだとしても、「安全な処理水放出」を受け入れることに、周辺地域や周辺国には何の利益もない。 そう考えると、疑ったり
われわれが繰り返し聞かされてきた、南海トラフ地震の30年以内の発生確率が「70〜80%」という国の予測(80%予測)。それがどう計算されたのかはほとんど知られていない。その確率の根拠が江戸時代に港を管理していた役人の一族に伝わる古文書だと、知り私は驚いた。 南海トラフ地震 静岡県の駿河湾から九州沖の海底に延びる溝(トラフ)沿いで起きる巨大地震。過去1400年の歴史上、100〜200年間隔で大地震が起きている。政府の中央防災会議は2012年、最悪の場合、死者が約32万人に上ると想定。地震調査委員会は13年に南海トラフ全域でマグニチュード(M)8以上の巨大地震が30年以内に起きる確率は60〜70%と発表。18年には年数の経過により70〜80%と引き上げられた。
「絶望です」避難所でついに死亡者も 弁当は1日1食のみ、住民の直訴を市長が遮り…能登半島震災から約7カ月、現地が明かす行政の怠慢 社会・政治FLASH編集部 記事投稿日:2024.08.03 17:35 最終更新日:2024.08.03 17:35 「エコノミー症候群で亡くなった高齢者もいます。どれだけ訴えても、私たちの声が届くどころか、蓋をされてしまっています」 2024年の元旦、最大震度7を記録した大震災が発生した能登半島。死者は災害関連死と合わせ、300人を超えている。 「岸田文雄首相は5月31日、『復興基金』を通じ、石川県に520億円の財政支援をおこなうことを決めました。さらに、『能登半島地震被災地支援宝くじ』の収益分約40億円の半分が県の予算に充てられるなど、早期復興に尽力しているとアピールしています」(政治部記者) 【関連記事:「元に戻すの難しい」財務省、能登半島地震「無駄な財
10年前の3月11日、私は民間任用(2年満期)の内閣審議官として、メディアが立ち入れぬ首相官邸の最奥部で、事態の渦中に居合わせていた。 そんな人間の1人として、テレビ各局の「3・11」10年関連特番を見ていて、特に心揺さぶられた番組が2つあった。1つは、日テレの金曜ロードSHOW!「Fukushima50」(去年の劇場公開とは違った意味で) 。 もう1つが、NHKのETV特集「原発事故 ”最悪のシナリオ”/その時誰が命をかけるのか」。 ーーーそれらについてちょっと書こうかな、と思っていたら、奇しくも同じ2番組を挙げて先にコメントしている人が、意外な所にいた。 フランス「リスク・危機研」研究員の賞賛と憤慨フランスの「リスク・危機研究センター」(Centre de recherche sur les Risques et les Crises)の一員として、3・11以降たびたび来日し、福島原
あったことを無かったことにしたい人たちがいる。そんな怖さを感じた記事がこの夏にいくつかありました。 まずは「731部隊」についての企画記事を紹介します。信濃毎日新聞の「戦後78年 731部隊の記憶」です(8月11日~17日)。 第1回の記事は『県内元少年隊員2人にネット上で中傷の声 命懸けの証言「嘘」呼ばわり』。 戦時中、満州で細菌兵器開発や人体実験などの残虐行為を実行した731部隊について元隊員が命懸けで証言したら、ネットで「このジジイ、嘘ついてやがる。か、実在しない人物だな」などの誹謗中傷が少なくなかったという。 国の姿勢に「まだ隠そうとするのか」と疑問 731部隊の「少年隊」に入隊した清水英男さん(93)は、人体実験で犠牲になった捕虜や、故郷から遠く離れた地で亡くなった仲間のために「命を懸けて証言している」と語る。 同じく元隊員の須永鬼久太さん(95)は部隊の撤退時に上官から「公職に
解散したロックバンド「BOØWY」の元ドラマー・高橋まことさんが、ツイッターで南太平洋のトンガ付近で発生した大規模な噴火に伴う津波警報の出し方を批判し、物議を醸している。 【Twitter】津波警報に「どこでどう起きたかをちゃんと説明しなさい!」高橋まことの投稿 ■「いきなりの津波注意報は日本国民を惑わさせるだけじゃねえか!? 」 2022年1月15日にトンガ沖で発生した海底火山の大規模噴火の影響を受け16日未明、日本の奄美群島・トカラ列島に津波警報、太平洋側各地で津波注意報が発令された。同日3時前には、岩手県の津波注意報が警報に引き上げられた。 最初の警報発令から40分ほど経った16日0時56分から2時過ぎにかけ、高橋さんは津波警報についてツイッターで持論を展開した。 「津波警報!! あのねどこでどう起きたかをちゃんと説明しなさい!! 。地震を感じてない訳だからトンガの噴火の影響ですって
※統一された呼び方があるわけではありませんが、この記事では説明のためにこのように呼びます データ通信方式は、YouTubeやLINEなどと同じ通信方式です。緊急地震速報のように同じ速報をすべてのスマホに送る場合でも、一台一台のスマホに対して個別に通信を行なっています。 これに対して、ETWS (Earthquake and Tsunami Warning System) 方式は特殊で、携帯電話の基地局は、個々のスマホを特定することなく、「地震発生」という信号を一斉に送信します。この信号を受信できたスマホが、警報音を鳴らすという仕組みなのです。 実は、スマホは、通話やアプリを利用していない「待ち受け」状態の時でも、自分が現在使用している基地局の電波を受信しています。これは、通話の着信を受けたり、基地局の電波が弱くなったときに、隣の基地局に電波を切り替える動作(ハンドオーバー)を行なうためです
罹災証明書を受けたり公費解体や生活再建補助金をもらうための第一のステップである被害認定作業のほとんとを県外都市部自治体からの応援職員が行っているよ。 スピード優先で「立っているか」、「立っていないか」ぐらいの判断で被害認定を行っているよ。 そのせいで倒壊は免れたものの、被災により柱がズタズタな古民家や屋根がブルーシートで覆われているような古民家に対して「被害なし」の認定を連発しているよ。 住民は避難所や2次避難中で不安でしかないなのに生活再建ができないと絶望しているよ。 一部の元気な人たちや義憤にかられた漁師たちが、市役所に2次調査申込で怒鳴り込みに来て怒号の能登弁をまくしたてたことろ、応援職員が号泣するという地獄の光景がひろがっているよ。(七尾市は漁師町です)。 このまま被害なしとすると公的解体も補助金も支援が受けられないので、住民が七尾市から逃げ出す算段を始めているよ。 特に東京や大阪
その日、村から住民全員の姿が消えたーー 1人の男の指示で、2167人が村を捨てたのだ。何が起きていたのか。 今回、門外不出の「ノート」を取材、村民とリーダーとの間にどのようなやりとりがあったのか。決断と葛藤に迫った。 (山田剛史) 「非公開のノートがあるらしい。撮影できないか、許可を取ってくれ」 8月下旬、私は上司のデスクから指示を受けた。 さらっと言われたが、これは難しい取材になるかもしれないな、と感じた。 そのノートが書かれたのは、15年前、新潟県中越地震が起きた時だ。 平成6年生まれの私は、当時小学4年生。複数の車が巻き込まれた土砂崩れの現場から、2歳の皆川優太ちゃんが奇跡的に救出される映像ぐらいしか印象にない。
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