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高橋幸宏さんの検索結果1 - 40 件 / 193件

  • 小山田圭吾×荻上チキ 東京オリパラ騒動から2年…小山田圭吾は何を思い、考えたのか〜いじめ、メディア、キャンセル - wezzy|ウェジー

    東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が差し迫った2021年7月19日に、ミュージシャンの小山田圭吾さんが開会式の楽曲制作担当の辞任を発表した。これまでもインターネット上で言及されてきた、雑誌のインタビュー記事での「いじめ発言」が改めて問題視されたことを受けてのものだった。それから約二ヶ月後の9月17日には小山田さんの公式サイトに、いじめ発言が掲載された雑誌記事の背景や現在の心境、謝罪などが書かれた「【いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明】」が掲載され、2022年5月25日に活動再開が発表された。 本記事は、小山田さんと評論家・荻上チキさんとの対談である。小山田さんの当時の心境や出来事を伺うとともに、NPO「ストップいじめ!ナビ」の理事を務める荻上さんにいじめ問題の知見をお話しいただいている。またメディアやSNSを中心としたインターネット上での反応も含めた一連の

      小山田圭吾×荻上チキ 東京オリパラ騒動から2年…小山田圭吾は何を思い、考えたのか〜いじめ、メディア、キャンセル - wezzy|ウェジー
    • YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

      1980年代にテクノブームを巻き起こした伝説のバンド「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーで日本を代表するドラマーの高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)さんが亡くなったことが14日、分かった。70歳。東京都出身。死因や日時は明らかになっていない。2020年8月に脳腫瘍の摘出手術を受け、闘病中だった。高橋さんはYMOの音楽面だけでなく、赤い人民服など独特のファッションを打ち出すことで世界に衝撃を与えた。 【写真】昨年6月の誕生日翌日のインスタで公開した軽井沢で療養中の自身の姿 関係者によると、高橋さんは静養先の長野県軽井沢町で年明けに肺炎を患い、容体が悪化した。亡くなったのは今週とみられ、仕事仲間や親しかった人たちへの報告が始まっている。 20年初夏から断続的な頭痛に悩まされ、同年8月のMRI検査で脳腫瘍と判明。摘出手術は成功し、入院治療の全工程終了を報告した同10月のツイッター

        YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
      • YMOが世界に拡散したオリエンタリズムと、テクノ先進国としての栄光と衰退。いま日本文化の選ぶべき道は | CINRA

        いまから45年前、1978年にデビューしたYellow Magic Orchestra(YMO)は、翌1979年にアメリカの大手レーベル「A&M Records」から1stアルバムをリリースした。このUS版1stアルバムには、国内版1stアルバム(1978年)とは異なるミックスが施されたことに加え、独自の、非常に象徴的なアートワークも作成された。 扇子を手に、顔の半分を覆うほど大きなサングラスをかけ、頭からはメデューサを想起させるカラフルなケーブルが伸びた芸者……ジャケットに描かれた鮮烈なモチーフ「エレクトロニック・ファン・ガール」(通称・電線芸者)とともに、YMOは世界に広まっていくことになる。 そのエレクトロニック・ファン・ガールがあしらわれた金屏風が今年3月、音楽レーベル「U/M/A/A Inc.」の設立20周年プロジェクト『TechnoByobu』の第1弾プロダクト「Electro

          YMOが世界に拡散したオリエンタリズムと、テクノ先進国としての栄光と衰退。いま日本文化の選ぶべき道は | CINRA
        • 若者にとってパタゴニアや短パンがダサい今、おじさんは何を着ればいいのか。 - 山田耕史のファッションブログ

          少し前にツイッターで盛り上がっていた話題。 「職場の20代の子たちと話していた時に驚いたんですが、パタゴニアは「オシャレが好きなオジサンが来ているダサい服」らしいんですよ。 そのうちの一人は登山もするんですが、やはり「パタゴニアはイメージがダサいから着たくない」そうなんです。」https://t.co/Xa9TTkR7xS — 山田耕史 ファッション×歴史のnoteはじめました (@yamada0221) 2023年2月28日 キャンプやトレイルランニングなどのアウトドア系のブログにアップされた記事です。 ultratrail.hatenablog.com パタゴニアはオジサンが着ているダサブランド 主要な部分を引用します。(強調引用者以下同) 職場の20代の子たちと話していた時に驚いたんですが、パタゴニアは「オシャレが好きなオジサンが来ているダサい服」らしいんですよ。 そのうちの一人は登

            若者にとってパタゴニアや短パンがダサい今、おじさんは何を着ればいいのか。 - 山田耕史のファッションブログ
          • YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え - スポニチ Sponichi Annex 芸能

            YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え

              YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え - スポニチ Sponichi Annex 芸能
            • YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材 - スポニチ Sponichi Annex 芸能

              YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材

                YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材 - スポニチ Sponichi Annex 芸能
              • 坂本龍一さん死去、71歳 「YMO」「世界のサカモト」がん闘病力尽く ラストエンペラーで日本人初快挙(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

                「世界のサカモト」と評された音楽家の坂本龍一(さかもと・りゅういち)さんが3月28日、死去した。71歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで営まれた。 【写真】1979年ワールドツアーを行っていた頃のYMO(左から)坂本龍一さん、高橋幸宏さん、細野晴臣 スポニチ本紙の取材では都内の病院で亡くなった。日本における坂本さんのマネジメント会社「キャブ」も「坂本龍一が去る2023年3月28日71歳にて永眠いたしましたした」と発表した。20年6月に直腸がんと診断され、両肺などにも転移しステージ4と公表していた。「キャブ」は「がんの治療を受けながらも、体調の良い日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけ、最期まで音楽と共にある日々でした」とした。 1980年代に3人組バンド「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)で世界的ヒット曲を生み出した。映画音楽でも知られ、88年には米映画「ラストエンペラー」で米アカ

                  坂本龍一さん死去、71歳 「YMO」「世界のサカモト」がん闘病力尽く ラストエンペラーで日本人初快挙(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
                • 音楽家 坂本龍一さん死去 71歳 YMOなどで世界的に活躍 | NHK

                  大学院を修了後、1978年にミュージシャンの細野晴臣さん、高橋幸宏さんとともに「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」としてアルバムを発表し、当時の最新の電子楽器を使った斬新な音楽性で“テクノポップ”という新たなジャンルを築きました。 1983年にYMOが解散したあと、坂本さんは、同じ年に公開された映画「戦場のメリークリスマス」に俳優として出演し、坂本さんが手がけた映画のテーマ曲は、長年にわたって聞き続けられる代表曲の一つとなりました。 そして1988年には、映画「ラストエンペラー」の音楽でアカデミー賞作曲賞を受賞したほか、グラミー賞など数々の賞を受賞して国際的な評価を高めました。 また、東日本大震災の被災者支援の音楽活動にも力を注いだほか、脱原発と非核を訴える活動を行うなど、社会的な活動にも力を入れてきました。

                    音楽家 坂本龍一さん死去 71歳 YMOなどで世界的に活躍 | NHK
                  • YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん|日刊ゲンダイDIGITAL

                    先月28日、世界的な音楽家の坂本龍一さんが亡くなった。71歳だった。坂本氏は映画「ラストエンペラー」の音楽で日本人初のアカデミー賞を受賞。今年1月に70歳で亡くなった高橋幸宏氏、細野晴臣(75)とともに音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとしても活躍した。数多の名曲を世に出したが、坂本氏の代表曲といえば、「テクノポリス」「東風」「千のナイフ」「戦場のメリークリスマス」などが知られる。 しかし、坂本氏の訃報を伝える各局のニュース番組で流れたBGMをめぐって、SNSではファンの落胆の声が広がっている。多くの番組で流れたのが、高橋氏が作曲した名曲「ライディーン」だったためだ。 《坂本龍一さんのニュースで代表曲に「ライディーン」を挙げるニュース番組やワイドショーが多過ぎてほんとうにがっかり。「ライディーン」は高橋幸宏さんの作曲なんだよ。ほんの2か月前にお前ら散々報道

                      YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん|日刊ゲンダイDIGITAL
                    • 高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化 - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                      高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化

                        高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化 - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                      • 「もっと孤独に」…… 大貫妙子が坂本龍一に語ったこと | AERA dot. (アエラドット)

                        坂本龍一さん 3月28日、音楽家・坂本龍一さんが永眠した。享年71。がんを公表しながら最期まで音楽をつくり続けていた。 1952年東京生まれの坂本さんは78年「千のナイフ」でデビュー。細野晴臣さん、高橋幸宏さんとYMOでも活動。83年に映画「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲がヒット、87年の映画「ラストエンペラー」の音楽では米アカデミー賞とグラミー賞を受賞した。 平和や地球環境の保全への思いは強く、亡くなる直前には明治神宮外苑地区再開発の見直しを求める手紙を小池百合子都知事らに送っている。 坂本さんを初めてインタビューさせていただいたのは2001年。モザンビークの地雷を除去するチャリティー「ZERO LANDMINE」後で、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲を録音した「CASA」発表前。 ジョビンの家でジョビンのピアノを弾いた坂本さんは、ジョビンの魂が降りてきたと話された。故人が好んだ音

                          「もっと孤独に」…… 大貫妙子が坂本龍一に語ったこと | AERA dot. (アエラドット)
                        • YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート

                          YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート ライター:大陸新秩序 トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 八十九(89)」が,2023年2月24日に東京都内で開催された。このイベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏がゲストを招いて,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。 黒川文雄氏 今回の黒川塾のテーマは,「異端の肖像〜ユーミン,YMO,そして,ゲーム・ミュージックまで」。アルファレコードを設立し,荒井由実さん(松任谷由実さん)やイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などをプロデュースした川添象郎氏と,同社でゲームミュージックの制作を手がけた小尾一介氏をゲストに迎え,過去・現在・未来のプロデュースとエンターテイメントのある

                            YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート
                          • TESTSETが「バンド」という肉体を手にするまで。砂原&LEOがMETAFIVEとの連続性と差異とともに語る | CINRA

                            砂原良徳、LEO今井、白根賢一、永井聖一によるTESTSETが1stアルバム『1STST』を完成させた。もともと2021年の『FUJI ROCK FESTIVAL』にMETAFIVEの特別編成として出演したことからスタートしたこのバンドは、その後のライブオファーを受けてTESTSETとして再始動。これまでメディアへの露出はごく限られたものだったが、ライブを観た人からは絶賛の声が寄せられていたバンドの全貌がついに明らかになった。 METAFIVEからの連続性も感じられつつ、白根と永井もソングライティングに関与し、よりフィジカルに進化を果たした『1STST』はTESTSETとしての記名性が強く感じられる作品に。そして本作は、生演奏とプログラミングを織り交ぜたサウンドデザインで、SNSに端を発する現代の諸問題を歌い、アートワークも含めて自然と文明の対比を描きながら、その複雑さを見つめ、「リアルの

                              TESTSETが「バンド」という肉体を手にするまで。砂原&LEOがMETAFIVEとの連続性と差異とともに語る | CINRA
                            • 高橋幸宏さんへの思いをつづった、細野晴臣さんの追悼文 (全文)|yhd56:坂本龍一&YMO NEWS|note

                              喉(のど)に引っ掛かってのみ込めない違和感とともに、自分の生死に向き合うことになる。それが友の死だ。感情は死を拒絶し理性は受け入れる。この悲痛な葛藤から逃げることはできない。 人の一生は一冊の本のようだ。いま「高橋幸宏」という本を読み終え、多くのファンがあとがきを書こうとしている。物語は終わったが本は消えず、ずっとそこにある。 幸宏の死は世界に反響を及ぼした。彼が海外のミュージシャンに与えた影響の大きさを今更ながら知り、高橋幸宏が実は大スターであることが判明した。 初めて幸宏と出会った時の彼は16歳、ぼくは21歳だった。それから半世紀の付き合いになる。軽井沢で知りあい、軽井沢でお別れしたのは不思議な縁だと思う。 高橋幸宏にとって自分はどんな存在だったのか。多分それは縁戚の「変な伯父さん」だろう。彼の厳しい審美眼はぼくをずっと観察していたに違いない。ある時期から少しずつ認めてくれたようだ。そ

                                高橋幸宏さんへの思いをつづった、細野晴臣さんの追悼文 (全文)|yhd56:坂本龍一&YMO NEWS|note
                              • 坂本龍一さんの自伝刊行 編集者が明かす最後の日々は | NHK

                                ことし3月に亡くなった世界的な音楽家、坂本龍一さんの自伝が刊行されることとなり、坂本さんに代わってあとがきを寄せた編集者が坂本さんの最後の日々を明かしました。 坂本龍一さんは音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」をはじめ、世界の音楽の第一線で長年活躍してきましたが、ことし3月28日、71歳で亡くなりました。 坂本さんが、がんの闘病を続けながら去年、雑誌に連載した自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」をまとめた単行本が21日に刊行されることになりました。 この中では、連載でインタビュアーを務めた編集者の鈴木正文さんが坂本さんに代わってあとがきを寄せ、遺族から手渡されたという坂本さんの日記を交えて最後の日々を明かしました。 坂本さんはことし1月、「YMO」で共に活躍した高橋幸宏さんが亡くなった際に「僕はもうちょっとがんばるから」と話していたということです。 およそ1か月

                                  坂本龍一さんの自伝刊行 編集者が明かす最後の日々は | NHK
                                • YMO 高橋幸宏さん死去 70歳 「ライディーン」の作曲手がける | NHK

                                  世界的に人気を集めた音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」などで活躍した、ミュージシャンの高橋幸宏さんが今月11日に誤えん性肺炎のため亡くなりました。70歳でした。 高橋幸宏さんは東京出身で、1978年に、ミュージシャンの細野晴臣さん、坂本龍一さんとともに音楽グループの「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」を結成しました。 YMOは、コンピューターやシンセサイザーといった当時最新の電子楽器を使った斬新な音楽性で“テクノポップ”という新しい音楽のジャンルを築き、高橋さんはドラマーとして活躍して大ヒット曲の「ライディーン」の作曲も手がけました。 YMOは1983年に解散するまで海外でもコンサートを重ねて人気を集め、高橋さんのドラムは、正確なリズムとシンプル、かつ多彩な表現で演奏の土台を担いました。 また、YMOがコンサートなどで着用し、グループの象徴的なファッシ

                                    YMO 高橋幸宏さん死去 70歳 「ライディーン」の作曲手がける | NHK
                                  • 高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                                    高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ

                                      高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                                    • 高橋幸宏が後世に与えた多大な影響 高野寛が証言する、70年代から現代に至るイノベーターとしての真価

                                      日本のロック黎明期である1970年代から現在に至るまで、およそ50年の長きに渡って第一線で活躍し続けてきた音楽界のリビング・レジェンド、高橋幸宏。サディスティック・ミカ・バンドやYellow Magic Orchestraをはじめ、THE BEATNIKS、SKETCH SHOW、pupa、METAFIVEなど様々なバンドやユニットで彼が作り上げてきたレガシーについては改めて言うまでもないだろう。 そんな彼の1980年代前半のソロワークに光を当てるリイシューシリーズ「ユキヒロ×幸宏 EARLY 80s」の一環として、4作目『WHAT, ME WORRY?』(1982年)と5作目『薔薇色の明日』(1983年)が再発されることになった。いずれもファンの間では元より人気の高い作品だが、近年のシティポップリバイバルの流れの中で再評価の気運が高まっている名作である。 リマスターを手掛けたのは、昨年リ

                                        高橋幸宏が後世に与えた多大な影響 高野寛が証言する、70年代から現代に至るイノベーターとしての真価
                                      • タモリ YMOはクールだけどキュート「幸宏さんが体現」 高橋さんと40年以上親交 一緒に音楽も(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

                                        イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマーで11日に亡くなった高橋幸宏さん(享年70)と40年以上の親交があったタレントのタモリ(77)が本紙に追悼のコメントを寄せた。 【写真】高橋幸宏さんが21年7月に公開した喜代美夫人との仲むつまじい2ショット YMOの3人とは結成直後から親交があり1980年にニッポン放送「タモリのオールナイトニッポン」でロンドン公演の模様を伝えたこともある間柄。中でも高橋さんとは何度も共演しており「YMOはクールだけどキュートでもあった。それを体現していたのが幸宏さんだった気がします」としのんだ。 高橋さんはタモリが司会を務めたフジテレビ「笑っていいとも!」の名物コーナー「テレフォンショッキング」に計10回出演。YMO時代の82年に初出演し、細野晴臣とのユニット「SKETCH SHOW」や原田知世らと組んだバンド「pupa」としても登場している。音楽活動の

                                          タモリ YMOはクールだけどキュート「幸宏さんが体現」 高橋さんと40年以上親交 一緒に音楽も(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
                                        • 音楽の立体音響=高音質化と呼んで良いの?

                                          音楽の立体音響=高音質化と呼んで良いの?2021.07.26 21:0030,149 ヤマダユウス型 「食べ慣れた味」と「珍しい味」が、似て非なるように。 2021年6月、Appleが空間オーディオ機能をリリースし、ソニーは今年はじめ頃に360 Reality Audioのライセンス提供を開始しました。近頃のオーディオ界隈では、空間や立体、3Dといったワードがトレンドになっています。 本当にやたらと聞くようになったこれらの言葉。字面の通り音楽が立体的に聞こえるという技術ですが、言葉だけではピンと来ないですよね。でも、聞いてみると「今までの聞こえ方と明らかに違う!」とわかるほどに、違いはあるんです。音が面ではなく、奥行きや上下、前後感を持って感じられるといいますか。 …でもこの立体音響ってヤツ、果たして音質に寄与するものなのか? いつも聞いてる音楽が立体音響になることで、高音質になったと表現

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                                          • 谷村新司さん(74)急逝、「来年アリスで復帰」を望み闘病中だった(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース

                                            歌手の谷村新司さんが、病のため東京都内の病院で急逝していたことが10月16日、分かった。74歳だった。今年の3月に急性腸炎のために手術を受けて、入院しながらの治療を報告。堀内孝雄(73)、矢沢透(74)との3人組「アリス」の全国ツアーを延期して、6月30日には、年末恒例のクリスマスディナーショーなども休止すると追加発表していた。年内いっぱいの休業を決断して、治療に専念していたが、ついに帰らぬ人となってしまった。 【写真】長女と笑顔のツーショットや、45年前、大ヒットした『チャンピオン』を歌うアリスの3人。他、腕肩ムキムキのノースリーブ姿の谷村さん、アリス3人で肩を組む姿も また1人、大御所アーティストが天国へ旅立った。今年は、1月に元YMOの高橋幸宏さん(享年72)、ロックバンドのシーナ&ロケッツの鮎川誠さん(享年74)、3月には坂本龍一さん(享年71)と、1970年代から活躍していた人気

                                              谷村新司さん(74)急逝、「来年アリスで復帰」を望み闘病中だった(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース
                                            • 細野晴臣 高橋幸宏を追悼する

                                              細野晴臣さんが2023年1月22日放送のInterFM『Daisy Holiday!』の中で高橋幸宏さんを追悼。幸宏さん楽曲を選曲しながら、幸宏さんとの思い出などを話していました。 (細野晴臣)はい。高橋幸宏が、宇宙に帰っていっちゃいました。まあ宇宙の根源っていうのは、ある種の、何て言ったらいいんだろう? 量子の海の中で、ゆりかごのような場所だと思うんですね。今、後ろで流れてるのは子守唄なんですけども。 1月11日に亡くなって、翌日その訃報を聞いたんです。遅ればせながら、追悼をやっとできる時間になりまして。それまで、ずっと言葉にならなくて。なんて言うんだろう? 考えが全然まとまらない時期がずっと続いてたんですけど。まあ沈黙してるわけにもいかないんで。今日はそういう特集をしたいと思います。 思えばですね、幸宏が16歳の時から、54年の付き合いでした。軽井沢で初めて会って。先日は軽井沢のお宅で

                                                細野晴臣 高橋幸宏を追悼する
                                              • 高橋幸宏さん、ありがとうございました 〜 サンレコのバックナンバーで偉大な音楽家を偲ぶ - サンレコ 〜音楽制作と音響のすべてを届けるメディア

                                                闘病中だった高橋幸宏さんが1月11日に亡くなられました。謹んで哀悼の意を表します。 長きにわたり、高橋幸宏に大きな愛を贈っていただいた皆さまに。 pic.twitter.com/E7CQDBwzBx — 高橋幸宏 information (@yukihiro_info) January 15, 2023 サディスティック・ミカ・バンドやYMOのドラマーとしてあまりにも有名ですが、サンレコでは、創刊直後より、ソロ作品でのインタビューでご登場いただく機会がたくさんありました。ソングライティング、ボーカル、サウンド・プロデュースなど、多方面で活躍されていたことの現れだと思います。 また、THE BEATNIKS、pupa、METAFIVEなどのバンド/ユニットでの活躍も多数取り上げてきました。 本誌に寄せてくれた最後のコメントとなったのは、METAFIVE『METAATEM』のE-Mailインタ

                                                  高橋幸宏さん、ありがとうございました 〜 サンレコのバックナンバーで偉大な音楽家を偲ぶ - サンレコ 〜音楽制作と音響のすべてを届けるメディア
                                                • <考える広場>YMOとは何だったか?:東京新聞 TOKYO Web

                                                  世界的な人気を博した音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」。細野晴臣さん、高橋幸宏さん、坂本龍一さんという卓越した才能が生み出した音楽は、さまざまな影響を与え続けている。高橋、坂本両氏亡き今、YMOの唯一無二の魅力について思いをはせる。 <イエロー・マジック・オーケストラ> 1978年、デビューアルバム「イエロー・マジック・オーケストラ」を発表。「テクノポリス」「ライディーン」などを含む2枚目のアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」(79年)が100万枚を超える大ヒットとなる。この年の欧米ツアーに、渡辺香津美さん、矢野顕子さんらが出演した。83年に「散開(解散)」宣言するも、93年にアルバム「テクノドン」を発表。東京ドームで「再生」コンサートを開く。2000年代以降、高田漣さんら若手ミュージシャンともライブで共演した。

                                                    <考える広場>YMOとは何だったか?:東京新聞 TOKYO Web
                                                  • 砂原良徳 インタビュー【前編】自身がリマスター/再ミックスを手がけた『LOVEBEAT』の”最適化“とは? - サンレコ 〜音楽制作と音響のすべてを届けるメディア

                                                    2001年、日本のエレクトロニック・ミュージック史上、最も重要な作品の一つが誕生した。砂原良徳の『LOVEBEAT』である。時間軸とともに表情を変えていくシンセや電子音楽愛にあふれたSEがちりばめられ、2000年代初頭のエレクトロニカ・ブームやインスト・ヒップホップ・シーンへ大きな影響を与えた。あれから20年、かのマスターピースが砂原自身の手によってリマスターだけでなく、再ミックスまで施されて『LOVEBEAT 2021 Optimized Re-Master』として発売。この作品に込めた思いを存分に語ってもらうことにしよう。 Text:Kentaro Shinozaki Photo:Miyu Terasawa オリジナルは02Rでミックスをしたから、内蔵エフェクトを再現し直す必要があった ー『LOVEBEAT』発売20周年おめでとうございます。 砂原 黙っていても20年たったらそうなるよ

                                                      砂原良徳 インタビュー【前編】自身がリマスター/再ミックスを手がけた『LOVEBEAT』の”最適化“とは? - サンレコ 〜音楽制作と音響のすべてを届けるメディア
                                                    • “ゲームミュージックの父”小尾一介氏が見極めた,時代の変化とデータの流れ ビデオゲームの語り部たち:第35部

                                                      “ゲームミュージックの父”小尾一介氏が見極めた,時代の変化とデータの流れ ビデオゲームの語り部たち:第35部 ライター:大陸新秩序 ライター:黒川文雄 カメラマン:愛甲武司 今回の「ビデオゲームの語り部たち」では,2023年2月23日開催の「黒川塾八十九(89)」にも登壇いただいた,クロスロケーションズ代表取締役の小尾一介氏に話をうかがった。 小尾氏は,同じく黒川塾に登壇いただいた川添象郎氏との出会いがきっかけとなってアルファレコードに参加し,イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)をはじめとしたアーティストの作品に関わった。同社で立ち上げたYENレーベルからは,“日本初のゲームミュージックサウンドトラック”とされる細野晴臣さんプロデュースの「ビデオ・ゲーム・ミュージック」を世に送り出し,その後専門レーベルであるG.M.O.レコードで,黎明期のゲームミュージックを支えた。 1986年に設

                                                        “ゲームミュージックの父”小尾一介氏が見極めた,時代の変化とデータの流れ ビデオゲームの語り部たち:第35部
                                                      • 「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -前編- TOKION

                                                        投稿日 2023-12-26 更新日 2023-12-27 Author 細田 成嗣 MUSIC 観察する 35年以上にわたって唯一無二のキャリアを築いてきた音楽家・大友良英インタヴュー前編。ギタリストとしての活動を中心に話を訊く。 大友良英 1959年生まれ。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽を作り続け、世界中で活動する。映画音楽家としても100作品以上の音楽を手掛ける。震災後は故郷の福島でプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げ、現在に至るまで様々な活動を継続している。福島を代表する夏祭り「わらじまつり」改革のディレクターも務める。 https://otomoyoshihide.com 1980年代後半からライヴ活動を本格化させ、35年以上にわたって唯一無二のキャリアを築いてきた音楽家・大友良英。インディペンデントなノイズ

                                                          「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -前編- TOKION
                                                        • 【追悼の声】坂本龍一さん死去 “あなたに憧れてきました” | NHK

                                                          坂本龍一さんと、音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」でともに活動した、細野晴臣さんのインスタグラムでは、3日の午前1時すぎ、1枚の灰色の画像が投稿されました。 一切のコメントを付けずに灰色の画像が投稿されるのは、ことし1月に同じYMOのメンバーだった高橋幸宏さんが亡くなった時に坂本龍一さんのインスタグラムに行われた投稿と同じです。 坂本龍一さんと同世代で、ロックバンド「一風堂」で活動した音楽プロデューサーの土屋昌巳さんはツイッターにコメントを投稿しました。 「坂本氏は70年代僕がまだ学生の頃に出会えてから今日まで音楽の向かうべき方向も生きて行く様も、全ての面で正に教師でした。そして何より魅力的で素敵な憧れのひとでした。今はただ茫然自失の状態です。どうか、どうかゆっくりと安らかに沈まぬ海でいてください」 YMOのマネージメントなどを担当していたブロードキャスターのピー

                                                            【追悼の声】坂本龍一さん死去 “あなたに憧れてきました” | NHK
                                                          • 坂本龍一さん訃報で「ライディーン」違和感のファン続出 作曲は高橋幸宏さん...報道番組で続々使用

                                                            音楽家の坂本龍一さんが2023年3月28日に71歳で亡くなった。訃報後初の平日となった4月3日には、テレビ各局がニュース番組で相次いで坂本さんの死を報じた。 ニュースでは、坂本さんのイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)時代を振り返る際に、グループの代表曲「ライディーン」が放送されるケースが目立った。ただ、同楽曲を作曲したのは坂本さんではなく、1月に亡くなった高橋幸宏さんであったことから、ファンの間では疑問の声が聞かれている。 「なぜどの局もライディーンなの?」 東京都出身の坂本さんは東京芸術大学大学院を卒業後、1978年に細野晴臣さん、高橋幸宏さんとYMOを結成。シンセサイザーを使ったテクノポップサウンドを生み出し、社会現象を巻き起こした。83年には大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」に出演し、主題歌も制作。87年には「ラストエンペラー」の楽曲を手がけ、グラミー賞やアカデミー作

                                                              坂本龍一さん訃報で「ライディーン」違和感のファン続出 作曲は高橋幸宏さん...報道番組で続々使用
                                                            • 桑田佳祐、高橋幸宏さんと家族ぐるみで交流 一緒に酒を飲んで歌った思い出披露「あの人の歌がすごく好き」

                                                              サザンオールスターズの桑田佳祐(63)が21日のTOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」(土曜後11・0)に出演。11日に脳腫瘍の併発による誤嚥性肺炎で70歳で亡くなったイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマー、高橋幸宏さんを追悼した。 桑田は「近所に住んでいたんです。家族ぐるみも含めまして、大変、あの方にお世話になりまして。奥さまもすてきなチャーミングな方で、仲良くさせていただきまして」と交流があったと告白。「幸宏さんは、皆さんもおっしゃられますけど、優しい方。うちの息子たちも幼いころから本当によくしていただきまして。かわいがっていただきまして」と明かした。 「私は本当に調子に乗るもんですから、幸宏さんのことを〝ゆったん〟と呼ばせていただきまして」と一緒に酒をよく飲んでいたという。故人はビールが好きで「酒を飲みながら酔っては、私の家でサイコロゲームをやって、楽しく過ごさせ

                                                                桑田佳祐、高橋幸宏さんと家族ぐるみで交流 一緒に酒を飲んで歌った思い出披露「あの人の歌がすごく好き」
                                                              • 宇多丸 高橋幸宏を追悼する

                                                                宇多丸さんが2023年1月16日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で亡くなった高橋幸宏さんを追悼していました。 (宇内梨沙)宇内梨沙がピンチヒッターをやらせていただきます。 (宇多丸)まあうなぽんが来ればね、バカ話のひとつでもして盛り上げたいのは山々なんですが。今日はどうしても、このニュースをこの番組でもお伝えしたいということで。既にいろんなね報道番組とか、ネットとかでも出ておりますが。YMO、イエロー・マジック・オーケストラのドラマーとしても知られ、もちろん数々のバンド。そしてソロ活動でも活躍されました、ミュージシャンの高橋幸宏さんが今月11日に誤嚥性肺炎のため亡くなっていたことがわかったと報道されました。70歳という。若いんですよね。お若い。 ここのところね、脳腫瘍の手術で闘病とかをされてるってのもあったんですが。割とこの訃報に関しては、突然我々は聞いたという感じで、び

                                                                  宇多丸 高橋幸宏を追悼する
                                                                • YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん(日刊ゲンダイDIGITAL) - Yahoo!ニュース

                                                                  先月28日、世界的な音楽家の坂本龍一さんが亡くなった。71歳だった。坂本氏は映画「ラストエンペラー」の音楽で日本人初のアカデミー賞を受賞。今年1月に70歳で亡くなった高橋幸宏氏、細野晴臣(75)とともに音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとしても活躍した。数多の名曲を世に出したが、坂本氏の代表曲といえば、「テクノポリス」「東風」「千のナイフ」「戦場のメリークリスマス」などが知られる。 坂本龍一さんの人生を彩った「7人の女」 ビートたけしも驚いた“モテ”の秘密とは しかし、坂本氏の訃報を伝える各局のニュース番組で流れたBGMをめぐって、SNSではファンの落胆の声が広がっている。多くの番組で流れたのが、高橋氏が作曲した名曲「ライディーン」だったためだ。 《坂本龍一さんのニュースで代表曲に「ライディーン」を挙げるニュース番組やワイドショーが多過ぎてほんとうにがっか

                                                                    YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん(日刊ゲンダイDIGITAL) - Yahoo!ニュース
                                                                  • 細野晴臣とニューウェイブ | 細野ゼミ 7コマ目(後編)

                                                                    活動50周年を経た今なお、日本のみならず海外でも熱烈な支持を集め、改めてその音楽が注目されている細野晴臣。音楽ナタリーでは、彼が生み出してきた作品やリスナー遍歴を通じてそのキャリアを改めて掘り下げるべく、さまざまなジャンルについて探求する連載企画「細野ゼミ」を展開中だ。 ゼミ生として参加しているのは、氏を敬愛してやまない安部勇磨(never young beach)とハマ・オカモト(OKAMOTO'S)という同世代アーティスト2人。第7回ではニューウェイブおよび80'sの音楽をピックアップする。前編ではニューウェイブの始まりなどについて細野に解説してもらったが、後編ではJapanやジューシィ・フルーツなど国内外のアーティストについて触れつつ、その音楽性や定義について考察した。 取材 / 加藤一陽 文 / 望月哲 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん ニューウェイブはカルチャーとしてへ

                                                                      細野晴臣とニューウェイブ | 細野ゼミ 7コマ目(後編)
                                                                    • あなたが好きなYMOの名曲はどれ? 【人気投票実施中】 | 音楽 ねとらぼ調査隊

                                                                      細野晴臣さん、高橋幸宏さん、坂本龍一さんという、3人のトップミュージシャンによって結成された“YMO”こと「イエロー・マジック・オーケストラ」。1978年に結成されて以降、「テクノ」と呼ばれる電子楽器を使った斬新で未来的な楽曲を続々と発表し多くのファンから絶大な支持を得たほか、日本はもちろん世界各国で数々のミュージシャンにも影響を与えました。 そこで、ねとらぼ調査隊では「あなたが好きなYMOの名曲は?」というアンケートを実施します。当時レコードを買っていた人も、後から聞いて好きになった人も、ぜひ投票にご参加ください! それではまず、YMOの楽曲の中から、代表的な3曲をピックアップして解説付きで紹介します。

                                                                        あなたが好きなYMOの名曲はどれ? 【人気投票実施中】 | 音楽 ねとらぼ調査隊
                                                                      • 高橋幸宏は東京のカルチャーの象徴だった YMO、METAFIVE……自由奔放にポップミュージックを体現した音楽人生

                                                                        高橋幸宏は東京のカルチャーの象徴だった YMO、METAFIVE……自由奔放にポップミュージックを体現した音楽人生 高橋幸宏さんが亡くなった。 2020年の夏に脳腫瘍の摘出手術を受けたことが公表された後、少しずつ回復に向かっていることを信じていただけに、ファンの方は大きな悲しみ、喪失感に包まれていると思う。筆者もその一人だ。 個人的な書き方で申し訳ないが、80年代が青春だった人間にとって、高橋幸宏は特別な存在だった。 本格的なキャリアのスタートはサディスティック・ミカ・バンドだが、筆者が最初に“ユキヒロ”を知ったのは、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のメンバーとしてだった。代表曲「ライディーン」の作曲者であることはもちろん、ドラムを演奏しているスタイリッシュな佇まい、そして、研ぎ澄まされたビートに魅了された。正確無比であり、手数を抑えたドラミングから生まれる端正なグルーヴは本当に

                                                                          高橋幸宏は東京のカルチャーの象徴だった YMO、METAFIVE……自由奔放にポップミュージックを体現した音楽人生
                                                                        • 坂本龍一さん死去、71歳 YMO・「ラストエンペラー」 - 日本経済新聞

                                                                          映画「ラストエンペラー」で日本人として初めてアカデミー作曲賞を受賞し、世界的に活躍したミュージシャンの坂本龍一さんが3月28日に死去した。71歳だった。葬儀は近親者で行った。マネジメント会社などが発表した。東京都出身。東京芸術大学大学院在学中にスタジオミュージシャンとして活動を始め、山下達郎さん、大貫妙子さんらの作品に参加する。1978年に細野晴臣さんの誘いを受け、高橋幸宏さんとともにイエロ

                                                                            坂本龍一さん死去、71歳 YMO・「ラストエンペラー」 - 日本経済新聞
                                                                          • 坂本龍一さん死去1年 音楽家・大友良英さんが語る「新しい音を探り合った」存在

                                                                            音楽家の坂本龍一さんが71歳で他界し、3月28日で1年が経過する。 坂本さんは1980年代、細野晴臣さん(76)、高橋幸宏さん(昨年1月死去)による3人組バンド「YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)」で世界的ヒット曲を生み、映画音楽では88年に「ラストエンペラー」の楽曲で米アカデミー賞を受賞。92年には、バルセロナ五輪の開会式で音楽を担当するなど、活躍の場は多岐に渡る。晩年はがん闘病のなか新作を発表。新しい音を求め続け、年齢を感じさせない新境地をのぞかせた。 2010年以降、即興演奏のパートナーとして、国内外で坂本さんとステージを共にしてきたのが音楽家の大友良英さん(64)。この1年を振り返り、いまの思いを聞いた。 インタビューに応じる音楽家の大友良英さん=3月12日午後、東京都千代田区(関勝行撮影) 唯一無二の存在「坂本さんの訃報は、世界的に替えがきかない存在を失い、私にとっても大

                                                                              坂本龍一さん死去1年 音楽家・大友良英さんが語る「新しい音を探り合った」存在
                                                                            • 世界の複雑さと向き合うための、シンプルな方法。『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』著者・片岡大右氏インタビュー |BEST TiMES(ベストタイムズ)

                                                                              世界の複雑さと向き合うための、シンプルな方法。『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』著者・片岡大右氏インタビュー 2021年夏に起こった、ミュージシャン・小山田圭吾氏の「いじめ」に関する炎上騒動。日本中が大騒ぎしたこの事件を、デヴィッド・グレーバーの翻訳でも知られる批評家の片岡大右氏が「インフォデミック」という観点から論じた『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』が集英社新書から発売され、売り上げランキングでも上位に付けるなど話題になっている。 この度本サイトは、著者の片岡氏に単独インタビューを敢行。副題で「現代の病」と銘打れた「インフォデミック」の実態と、SNS時代に自分を見失わないための知恵を伺った。 片岡大右  (かたおか だいすけ):1974年生まれ。批評家。専門は社会思想史・フランス文学。 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。単著に『隠遁者,野生人,蛮人――

                                                                              • 【高橋幸宏さんを偲ぶ】ピーター・バラカンがジャパン・タイムズの追悼記事に驚いた理由 | デイリー新潮

                                                                                「週刊新潮」の発売前日に速報が届く! メールマガジン登録 デイリー新潮とは? 広告掲載について お問い合わせ 著作権・リンクについて ご購入について 免責事項 プライバシーポリシー データポリシー 運営:株式会社新潮社 Copyright © SHINCHOSHA All Rights Reserved. すべての画像・データについて無断転用・無断転載を禁じます。

                                                                                  【高橋幸宏さんを偲ぶ】ピーター・バラカンがジャパン・タイムズの追悼記事に驚いた理由 | デイリー新潮
                                                                                • 坂本龍一さん死去、71歳 YMOで一世風靡 戦メリなど映画音楽多数手掛けた「教授」 - おくやみ : 日刊スポーツ

                                                                                  音楽家の坂本龍一(さかもと・りゅういち)さんが3月28日亡くなったことが2日、分かった。71歳だった。 所属のエイベックスがHPで、3月28日に亡くなったと発表。「2020年6月に見つかったガンの治療を受けながらも、体調の良い日には自宅内のスタジオで創作活動を続け、最期まで音楽と共にある日々でした」とつづった。坂本さん自身の強い遺志により、葬儀は近親者のみで済ませていることも報告した。 また報告文の最後には「坂本が好んだ一節をご紹介します」として「Ars longa,vita brevis 芸術は長く、人生は短し」とつづった。 78年結成のイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)メンバーとして一世を風靡(ふうび)。散開(解散)後は83年「戦場のメリークリスマス」や、88年「ラストエンペラー」など、数々の映画音楽も手掛けた。「教授」のあだ名で親しまれ、環境や平和問題にも積極的に取り組んだ。

                                                                                    坂本龍一さん死去、71歳 YMOで一世風靡 戦メリなど映画音楽多数手掛けた「教授」 - おくやみ : 日刊スポーツ