願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃 桜が満開の先月10日、隅田川に浮かべた屋形船にて団先生は西行のこの歌を詠まれた。 そして、その通りに春の終わり、八重桜が散り始める頃に亡くなった。 願わくば春死なん――訃報を聞いた時に、驚きはしなかった。花見の時のご様子から、ご本人の話からその時が近いであろうことは感じていた。それでもこんなに見事に、遅咲きの桜が散る時に、春の終わりに逝ってしまわれるなんて――見事だ、粋だと、思った。最後まで、「団鬼六」は「団鬼六」だった。 団鬼六先生については、あまたの方々がこれからも語られるだろう。私など、2度会っただけの1ファンに過ぎないけれど、それでも第一回の団鬼六賞大賞をいただいた者としてここに団先生のことを書き記しておきたい。 そもそも私が無双舎の「団鬼六賞」に応募したのは、それが大ファンである文豪の名を冠にした賞であるからだ。一昨年の秋から幾