ハーフナー家の絆 ~親子ニ代で日本人になるということ~(前編) ハーフナー・ディドはどのような思いで日本人となったのか。日本で2人の息子、マイク(フィテッセ)とニッキ(名古屋グランパス)を育て、親子二代でプロとして活躍している一家の話を聞いた。 【後編はこちらから】 | 【フットボールサミット第7回】掲載 消えたワールドカップ出場 イラクの意表をつく右ショートコーナーから、ふわりとしたボールがオムラム・サルマンに渡った。彼の放ったヘディングシュートは、無情にも放物線を描いてGK松永成立(現横浜F・マリノスGKコーチ)の立つゴールマウスの右隅に吸い込まれた。93年10月28日のドーハのアル・アハリ・スタジアムで起こった悲劇的な出来事によって、日本は99%手にしていた94年アメリカワールドカップの出場権を土壇場で失った。 指揮を執っていたハンス・オフトが吸っていたタバコを叩きつける傍らで、選手