日本だけでなく「アジアの歌姫」に君臨したテレサ・テンは、95年に突然の死を迎えた。世に歌姫と呼ばれた歌手は数あれど、テレサほど「男の理想像」を表現できた女はいない。たおやかで、母性的で、愛らしいままに世を去ったテレサは、しかし、誰よりも数奇な生涯を送ってきた─。 「デビュー曲」は失敗に終わった 「大変です。共同通信からのFAXで、テレサがタイで死んだって!」 95年5月9日のことだった。トーラスレコード副社長(当時)の舟木稔は、宣伝部次長の知らせにけげんな顔で答えた。「バカなこと言ってるよ。エイズで死んだとか暗殺されたとか、また同じたぐいのデマだよ」 デマではなかった。NHKや新聞社が次々と取材に駆けつけ、確認に追われた。舟木は台湾に住むテレサの家族たちに連絡を取り、ようやく三男がつかまった。 「‥‥私の妻と弟がチェンマイに向かいました」 アジアを代表する人気歌手のテレサ・テンは、5月8日
