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「100%の恋愛小説」 村上春樹は1987年に発表した長編「ノルウェイの森」に、自らの発案で「100%の恋愛小説」というキャッチコピーをつけました。一体なぜ、「100%」なのでしょうか。僕の考えでは、その理由は臆面もなく「女の子が死ぬ恋愛小説」だからです。 文芸評論家の川田宇一郎=入交佐妃(いりまじり・さき)撮影 恋愛小説では、実によく女の子が死にます。21世紀に入ってからも「世界の中心で愛を叫ぶ」という女の子が死ぬベストセラーがありましたが、日本文学では、徳富蘆花「不如帰」(1899)、伊藤左千夫「野菊の墓」(1906)、室生犀星「或る少女の死まで」(1919)、堀辰雄「風立ちぬ」(1937)、武者小路実篤「愛と死」(1939)など、枚挙に暇がありません。 伊藤左千夫=千葉県の山武市歴史民俗資料館提供 ちなみに、夏目漱石は「野菊の墓」に感激して、作者に「あんな小説なら何百篇よんでもよろし
『マイケル・K』『恥辱』のノーベル賞作家クッツェーは、みごとな小説家であるのみならず、すぐれた批評家でもある。ほとんど未紹介であったクッツェーの文学評論を精選した本書は、エラスムスからガルシア・マルケスまでを論じている。まるでエンジニアのように作品のテクストを分解し、文章に隠された構造とその効力・政治性を指摘する手際は、じつに鮮やかだ。 「ツヴァイクとホイジンガは、エラスムスを彼らの政治的闘争の中の象徴的人物にするけれども、私が強調しようとするのは、エラスムスのテクストが、別の言説へと解釈されその一部となることに対して示す並はずれた抵抗である。」 「デフォーは確かにテーヌの言うように実業家だったが、言葉と思想を扱う実業家であり、それぞれの言葉や思想の重みがいくらか、価値がいくらかを実業家らしく正確に知っていた。」 「ゴーディマが巨匠たちから抽出するのは小説の理論というより芸術家の理論である
Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind 作者: Robert Kurzban出版社/メーカー: Princeton Univ Pr発売日: 2011/01/03メディア: ハードカバー購入: 4人 クリック: 174回この商品を含むブログ (25件) を見る 本書は進化心理学者ロバート・クツバン*1によるヒトの心のモジュール性,そしてそれによる道徳と偽善の説明の本である.ヒトの心がモジュール的であるというのは,進化心理学勃興時から強調されていたことで,コスミデスとトゥービイがこれをスイスアーミーナイフに例えていることは有名だ.多くの進化心理学のリサーチはその一つ一つのモジュールがどうなっているのかをみていくものだが,本書では「ヒトの心が多くのモジュールの集合体である」というモジュール性から何が説明
うそつきの進化論―無意識にだまそうとする心 作者: デイヴィッド・リヴィングストンスミス,David Livingstone Smith,三宅真砂子出版社/メーカー: 日本放送出版協会発売日: 2006/08メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 57回この商品を含むブログ (19件) を見る <少し長い前置き> 自己欺瞞の進化的な説明はトリヴァースに始まる.彼はドーキンスの「利己的な遺伝子」の初版の序文において,ドーキンスが描いた世界の延長のひとつの例として動物のコミュニケーションが相手を操作しようというものなら,嘘をつく方向,次に嘘を見抜く方向,そして嘘を見抜かれないように自己欺瞞をよしとする方向に強い淘汰圧がかかるだろうと記している. ピンカーは「心の仕組み」でトリヴァース説を紹介し,嘘をつくのが難しいこと,それはそうであるからこそ,そのような情動が進化したと考えるべきこと,そし
1970年代以降に英語圏において活発となり、2000年代から日本でも急速に研究・紹介が進んだ現代形而上学。本書では存在と非存在、性質といった大テーマをめぐる議論を概観して枠組みを導入しつつ、穴、価値、フィクションといった個別的なトピックを論じることで、現代の形而上学の方法と手触りを直接に体感できるよう工夫されている。 はしがき 第一章 何が存在するのかという問い 1 存在論から始まる問い 2 不在者のリスト 3 意味の問題 4 パラフレーズという手法 5 言語の二重性 6 日常物体と常識形而上学 7 還元・消去・錯誤 8 まとめ 第二章 個物の境界――穴とアキレス草の話 1 個物とは何か 2 穴の問題 3 穴をめぐる諸説 4 アキレス草とアキレス移動 5 消去主義 第三章 性質とは何か、なぜ同じものが複数あるのか 1 性質がなぜ形而上学の問題になるのか 2 クラスと融合体 3 普遍者 4
平塚徹編 A5判並製カバー装 定価3,200円+税 装丁者 井上智史 ISBN 978-4-89476-821-5 ひつじ書房 Free Indirect Discourse: Where Literature and Linguistics Meet Hiratsuka Tohru 【内容】 自由間接話法は、文学においても、言語学においても、多大な関心を引いているテーマである。本書は、さまざまな分野の研究者がそれぞれの立場から自由間接話法について論じ、その諸相を立体的に捉えるものである。収録論文は、平塚徹「自由間接話法とは何か」、赤羽研三「小説における自由間接話法」、阿部宏「作中世界からの声―疑似発話行為と自由間接話法」、三瓶裕文「心的視点性と体験話法の機能について―ドイツ語の場合」。 執筆者:赤羽研三・阿部宏・三瓶裕文・平塚徹 【目次】 はじめに 「自由間接話法とは何か」 平塚徹 1
最近ひとつの小説を、ひとつのまとまった文章を、なんの妨害もなく集中して読めたことがありますか? 読みの深さはどうでしょうか? 楽しい、悲しいというだけではない微妙な感情の機微、隠された隠喩、ひょっこりと顔をのぞかせる伏線、張り巡らされた著者の意図を意識のなかで再構築させつつ、この読みで正しいのかと霧の中を迷いながら光の方に向かって進むような濃密な読書体験に恵まれていますか? そもそも、この二つの段落を読む間にメールの受信箱を開きたくなる誘惑を感じたり、ツイッターの通知に目を一瞬そらしたり、いったいこの人は何を言ってるんだ、3行で書けばいいのに!とページを離れそうになった人は? なにもそれが悪いということではありません。しかし、あるまとまった分量と情報量をもった文章を読むための時間も集中力もなくなりつつある今、文学、あるいは日常の文章そのものが変化しつつあるのかもしれないというのは意識してお
講談社の『週刊現代』から、異例に失礼な扱いを受けたためにここに公表させていただく。 == 9月27日に、『週刊現代』ライターのXさんよりメールで当該誌読書欄の「わが人生の最高の10冊 No Books, No Life」の取材依頼を受けた。以下、依頼メールより適宜引用する。 「お好きな10冊について1時間ほどお話をお伺いし、編集部でまとめさせていただきます。 稲葉先生の読書歴について、興味を持っております。」 「稲葉先生の「10冊」と「最近読んだ1冊」をお教えください。 取材日の1週間前くらいまでに、お教えいただきたいと考えております。 「仕事の糧になった10冊」「学生時代に読んだ10冊」など、10冊の範囲を設定いただいてもかまいません(特に、設定いただかなくても、かまいません)。 漫画や洋書、絵本、現在は絶版になっている本を選んでいただいてもかまいません。 ただ、読者層が高齢のため(6
著者は、30万部のベストセラー『「学力」の経済学』をおととし出版された中室牧子さんと、ご自身の医療経済学研究が、国内外メディアで大注目の津川友介さん【注1】。今もっとも旬な実証研究者のお二人がタッグを組んで、世に送り出した本書のテーマは「因果推論」(いんがすいろん)です。少しカタい言葉に聞こえるかもしれませんが、因果推論とはざっくり言うと「因果関係なのか、相関関係なのかを正しく見分けるための方法論」(10ページ)のことです。 ビッグデータの整備や計算速度の向上でデータ処理がにわかに身近なものとなり、ビジネスや政策決定の現場で、データ分析を行うことが珍しくなくなってきました。プログラムの成果・効果を適切に評価するためには、データの利用はもはや欠かせません。エビデンスに基づいた議論の重要性もしばしば叫ばれています。こうした風潮を受けて、日本においても「しっかりとデータを見ることが大切」という意
トレインスポッティング〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV) 作者: アーヴィン・ウェルシュ,池田真紀子出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2015/08/21メディア: 文庫この商品を含むブログを見るスコットランドのエディンバラを舞台とし、ジャンキーにHIVまみれ、失業保険を5つも6つも受給しながら働くなんてくだらねえぜとうそぶきながらセックスとドラッグと暴力に明け暮れる若者の姿を偶像劇に仕立てあげたのがアーヴィン・ウェルシュによる本書『トレインスポッティング』だ。はじめて本書が発表されたのは1993年だが、舞台の年代自体は1980年代の後半に設定されている。 あまりにとりとめがない物語だ。『俺は人生を選ばないことを選ぶ』とは本書で中心人物として描かれていくマーク・レントンが吐いた心中の台詞ではあるが、まさに彼は複雑怪奇なまやかしの論理をでっち上げる社会に、働かなくとも失業保険を不当に受給する
昆虫の哲学 作者: ジャン=マルク・ドルーアン,辻由美出版社/メーカー: みすず書房発売日: 2016/05/21メディア: 単行本この商品を含むブログ (6件) を見る昆虫の哲学と言われてもいったいなんの事なのかよくわからないが、著者によれば次のように説明される。『「昆虫の哲学」とは、さまざまな昆虫の哲学ではない。それは、私たちが当たり前のように口にする、「法の哲学」、「芸術の哲学」、「科学の哲学」、「自然の哲学」などと同じ意味での「昆虫の哲学」なのだ。』 そう言われてもよくわからんなあと思いながら読み進めていったのだが、分類学、社会学などなど、人類史における昆虫の扱われ方について幅広く問いなおしていく内容で、哲学といえば哲学だし、広義の昆虫エッセイともいえるだろう。たとえば昆虫やダニやクモ類の命が、哺乳類に比べると軽くみなされるのはなぜか? という問いかけも、あらためて問いかけなおして
ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム 作者: ジョディ・アーチャー,マシュー・ジョッカーズ,西内啓,川添節子出版社/メーカー: 日経BP社発売日: 2017/03/23メディア: 単行本この商品を含むブログを見る本書は「ベストセラー小説に普遍的な法則は存在するのか?」という問いかけを、独自の判定モデルをつくりあげ検証した著者らによる一冊である。小説がヒットするかどうかは時の運という人も多いし、実際運が関与しない事象などこの世に存在しない以上それは正しい部分はある。そうなってくると次に出てくる問いかけは、運の割合はいったいどの程度のものか? というものだ。本書はそれを解析してみせる。 手法のひとつを簡単に説明すれば、まず小説の特徴を抽出するアルゴリズムを用いて評価したい本の各特徴を分類/定量化する。その後、ベストセラーと非ベストセラーを大量に読み込ませ、機械学習を
時間線をのぼろう【新訳版】 (創元SF文庫) 作者: ロバート・シルヴァーバーグ,伊藤典夫出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2017/06/12メディア: 文庫この商品を含むブログを見る本書はロバート・シルヴァーバーグによる、かつて邦訳された時*1は星雲賞も受賞した作品の新訳版になる。ロバート・シルヴァーバーグというと、海外SF作家としては有名だが、日本では80年代なかば以降翻訳も減り、その作品を読む機会もあまり多くはない。僕もいくつかは読んだことがあると思うがとんと記憶になく、話題にも最近はめったに上がらないから、「まあ、名前は知っている」という作家である。 何故今回また作品が新訳されることになったのかよくわからないが(もちろんいいことだけど)、読んでみればこれが非常におもしろい。タイムトラベルが実用化された世界で、いかにしてタイム・パラドックスを回避するのか、あるいはタイム・パラ
エーコによる歴史小説。皇帝フリードリヒ二世の養子として数多の冒険に出かけ持ち前の嘘をもっともらしく語る能力によって自分たちの都合のいい事象を現実と混同させてきた男が最後に語る人生録が、この『バウドリーノ』という本になる。バウドリーノは歳をとり死期もさしせまったあたりで、元宮廷弁論家にして帝国裁判長官、判事、ビザンツ皇帝の書記長を歴任したニケタス・コニアテスに向かってその人生を語っていく。ちなみに解説によるとこのニケタス君は実在の歴史家のようだ。 『バウドリーノ』はだいたい1155年から1294年の第四回十字軍によるコンスタンティノープルの奪還までのおよそ半世紀の時代を扱っている。物語はバウドリーノが1204年のコンスタンティノープルの略奪の際に、先ほど述べたニケタス君と出会うところからはじまる。バウドリーノはニケタスと出会った時、今日私は人を殺したという。相手は彼の養父であり、皇帝であるフ
シリアルキラーズ -プロファイリングがあきらかにする異常殺人者たちの真実- 作者: ピーター・ヴロンスキー,松田和也出版社/メーカー: 青土社発売日: 2015/10/23メディア: 単行本この商品を含むブログを見る世界で一番有名なシリアルキラーといえば「切り裂きジャック」になるだろうが、彼以後も世界にはたくさんの「もっとすごい」シリアルキラー達が現れてきた。 シリアルキラーっていったって、日本だとこの100年間で10例に満たないので「たまにそういうことをする狂人がいるみたいだなあ」ぐらいの捉え方をしている人が多いかもしれない(というか僕がそうだが)。実際にその物の考え方や捉え方は一般的なものとはかけ離れていることが多いが、しかしそこには狂人なりの理屈が通っており、一定の傾向と分類が可能なようである。FBIは捜査をする為にそうしたプロファイリングデータを収集するし、心理学の研究者は純粋に研
告知。読んで欲しい。 new.akind.center ニューアキンドセンター様で書かせていただきました。今回もヘヴィな内容となっておりますが、相変わらず己の汁を最後の一滴まで絞り出すような気持ちで書かせていただいております。是非、よろしくお願い致します。 最近の経営トレンドについて www.nikkei.com はい、いきなり皆さんがイヤな気分になりそうな記事のご紹介から始めましたが、最近の企業は「宴会」とか「社員旅行」とか「合宿」とかそういうあれを再びやり始めた、みたいな話です。実はこれ、僕の皮膚感覚ともかなり一致してまして、最近の経営者は結構こういうことをやりたがります。 中途で即戦力しか取らない、みたいな会社は別ですが新卒採用なんかしちゃうくらいまで育った会社は、せっかく大金を投じて獲得した新卒を「とにかく逃がしたくない」という気持ちがあります。しかし、現実的なところを言うと「初め
あぁもう何もかもイヤになった、生まれ変わってやりなおしたい。誰だってふとそう考えることはあるだろう。残念ながら、生まれ変わるのは生物学的に不可能だし、よしんばできたとしても、それまでの記憶がなくなってしまうのだから意味がない。しかし、死んだことにして、別の人生を歩み始めることならばできるかもしれない。そんな可能性を探っていく一冊だ。 著者のエリザベス・グリーンウッドは、大学院を出て小学校の先生になったアメリカ人女性。トランプを大統領に選び出す原動力となったラストベルト出身で、そんな地域から脱出するために高学歴を身につけた。しかし、その代償として、6桁のドルというから、一千万円以上の学資ローンを背負い込んだ。 利息を計算すると、生涯に返さないとならない金額は50万ドル、6千万円近くにもなる。いまの生活から考えると、そんなことは不可能だ。たとえ返せるとしても、借金返済のためだけに一生を送るのは
本書、表紙が素敵なのだ。 裸の成人女性からうまい具合に乳首を隠したイラスト、線画の描写ゆえ生々しさはなく90年代に流行ったオシャレ系マンガの表紙のようである。 とは言えハダカはハダカ、サラリーマンばかりの通勤電車で読むのは平気だった私もさすがに目の前に小学生男子が立っている中では本書の続きを読むのをためらった。 こんな風に感じるのは何も私だけではないだろう。そもそもたとえ乳首が隠されていたとしても裸の成人女性が描かれた表紙を人前で出すこと自体やりたくないという人も多いはずだ。(うん、本屋さんでカバーかけて貰えるのってとっても大事かも)。 この「通勤電車ならいいや」と「でも小学生男子には刺激が…」の線引きをしている私の気持ちは一体どこから生じているのだろうか。 えっちなのは、いけません! 我々(少なくとも私は)はそう刷り込まれている。だから、公共の場でえっちなイラストの表紙の本を出すのがため
常日頃から、私はブツブツ言っている。女といっても今時嫁入り修行だけをしていては尊敬されないし、かといって職場に残れば今でもお局負け犬売れ残りのレッテルを免れないし、そもそも女性で順調に出世というのもやや非現実的なままである。 米心理学者による本書は、そんな私の文句に対して、男の方がさらに深刻な状況にあると示唆する。性から、あるいはもっと広く社会から自分を遠ざけ、ゲームやポルノにへばりついたまま社会生活を循環させてしまう。そもそもなぜ男が情けなく劣化の途を辿っているのか。その原因について、米の臨床現場における薬物療法の現状やポルノによる生殖機能が鈍る作用などトリビアルな研究結果を網羅的に紹介し、解決策を提案するまでが本書の主題である。 ユニークなのはゲーム、学校、ポルノ、ネット、などの劣化加速装置の列挙に続いて「女性の隆盛?」という章が設けられていることだ。確かにかつての男らしさは女に代替可
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