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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (7)

  • 大人は後追いいたしません - 傘をひらいて、空を

    子どもが後を追ってくる。 ふだんは落ち着いた子だ。うんと小さいのに人見知りもあまりせず、何度か遊んだら私の名前も覚えてくれた。ただし発音はあやしい。それがまたかわいい。そうしてぐずったり泣いたりはあんまりしない。多少のかんしゃくはあっても、すぐにおさまる。少なくとも私のようなゲストがいるときには。 それが、今日はどうしたことか。母親である私の友人が対面式キッチンに入ると、子の安全のためにつけた境目の扉にしがみついてすごい勢いで泣く。私が気をそらそうとしてもうまくいかない。この子にこんなにモテないのははじめてでちょっとショックだ。しかも彼の母である私の友人は、単に柵の向こうにいるだけで、ちゃんと見えていて、彼のほうに顔を向けて声をかけたりもしているのだ。 夫が出張中だからねえ、と友人は言う。毎晩かえってきて遊んでくれるか、遅くなっても朝おきたらいる人が、一週間もいないわけよ。この子、父親も大

    大人は後追いいたしません - 傘をひらいて、空を
  • ストレスなんかありません - 傘をひらいて、空を

    マキノさんはのんきでいいねえ。ストレスなんか、ないんでしょ。 ありませんねえ、と私はこたえる。表情のバリエーションというのはこまやかな感情や感覚のやりとりに用いるためにあるので、この手の相手には三種類しか要らない。笑顔のようななにか、無表情に近いなにか、あからさまな不愉快面。最初のひとつで九割を済ませ、警告として稀に二番目を用い、それでも理解しない場合はからだごと引きながら三番目を用いる。 ストレスという語はよくも悪しくも心的な刺激を指すのであって、はたから見ても喜ばしいこと、人も喜んでいることだって、ストレスにはなる。「ストレスがない」人間なんか、いない。いたら死んでいる。好ましくない負荷という意味にとったとしても、ない者はいない。生きているだけでけっこうたいへんなのだし、そのうえ職場で「ストレスないでしょ」などと訊く愚か者もいるのだ。それだけで反証は終了する。 ナイデスネーとこたえて

    ストレスなんかありません - 傘をひらいて、空を
  • 子どものあの質問に対する良き回答の例 - 傘をひらいて、空を

    ママはどうしてちんちんがないの? 来た、と彼女は思った。それから「ママには」が正しい、と思った。でも言わない。まだそこまでの言語能力を要求される年齢ではない。彼女の子は実によく質問をする。親を歩く辞書みたいに錯覚しているきらいがある。ある程度「ママ、パパはなんでも知っている」という錯覚を持つのは悪いことではない。発達に応じて少しずつ「親もただの人」にスライドしていけばよい。そうは思うが、口を利きはじめたら、そんなん誰にもわかんねーよ、みたいなことも、回答は可能だけどきみにわかる表現にするのがたいへんだよ、みたいなことも、遠慮なくばんばん尋ねるだろう。知識と言語能力が問われる。サイエンス系は一緒に調べればいいけれども、倫理的な質問(なぜ人を殺してはいけないのか、とか)および性について(今日みたいなやつ)はその場である程度の対応できるようになりたい。なぜならその場で与える印象の影響が大きい問題

    子どものあの質問に対する良き回答の例 - 傘をひらいて、空を
  • それぞれの呪文 - 傘をひらいて、空を

    建物の入り口に鍵をさす。エレベータを待つ。鍵は手に持ったままだ。金属がざわざわと皮膚を粟だたせるように思われる。タイツの生地がその下の皮膚に無数の非常に小さい傷をつけているように思われる。からだじゅうの皮膚に細かい細かい凹凸がつきついに人間の肌のようでなくなってしまう。そのようなまぼろしが脳裏からしみ出して事実のように彼女を覆う。エレベータに乗る。どうしてかカーペットみたいなものが貼りこまれていてそのざらついた灰色の繊維にたくさんの針が入っている気がする。数を数える。息を吸う。妙なにおいがする。彼女を閉じ込めた箱のなかの空気に薄い毒が溶けているように思われる。数を数える。ドアが開く。足を踏み出すと底がねばついた気がした。引きはがすように歩き持ったままの鍵を使って自室に入った。 玄関のマットがずれている。かばんを持ったままそれを直す。を下駄箱におさめる。今はシューズクローゼットというんだ

    それぞれの呪文 - 傘をひらいて、空を
  • 烙印の取り扱い - 傘をひらいて、空を

    出産した友だちと半年ぶりに会うことが決まる。難産だったと聞いていて、けれどももうすっかり元気だと人からのメッセージのには書かれている。だいじょうぶかなと私は思い、それから、人に任せようと思う。彼女に家にいてもらって私がそこを訪れてお粥をべさせていたら私は安心だろうけれども、そんなの私の安心のためだけのことだ。何たべたいと尋ねると驚くべき早さでパンケーキと返ってきた。打つのが早い、と私は思う。スマートフォンのメッセージがリズミカルに増えていき、あっというまに店と待ち合わせの時刻が提案される。いいのかなと私は思う。人がそうしようというのだからいいのだろうと思う。 当日そう言うと彼女は空っぽになった皿を満足げに眺めてから、それでよろしい、と言った。出産した女は甘いものをべてはいけないというのは都市伝説。すべての産婦に押しつけるような科学的根拠があるものではない。私は犬みたいな顔してほう

    烙印の取り扱い - 傘をひらいて、空を
  • 友だちにならずに - 傘をひらいて、空を

    誰かが怒鳴る。誰かが罵る。テンプレートがあってみんながそれにしたがっているみたいな、画一的な言葉遣いだった。シネ。カエレ。シネ。カエレ。シネ。シネ。シネ。シネ。私は罵倒の対象になっている友だちを見る。友人は眉を上げ、おそらく私のためにきびすを返し、通る道を変更する。私たちは遠回りして駅前をめざす。知らない他人に死ねと罵られること。それは起こりうる。日曜の昼下がりの買いもの帰りの道端で突然に起こりうる。それは違法ではない。徒党を組んで路上で誰かに死ねと言って、デモを見守る警官に捕まることはない。今のところこの世はそんなふうにできている。 ごめんねと私は言う。サヤカが言ったんじゃないし言わせたんじゃないでしょうと友だちはこたえる。私は自分の責任感について少し考え、それから説明する。最近さあ、私って世界をつくってるなーって思うのね、ごくごく一部、あるいは膨大な数の要因のひとつとして。私はもう大人

    友だちにならずに - 傘をひらいて、空を
  • 他人の偽善の遇しかた - 傘をひらいて、空を

    私はちいさく手を振る。彼女はタブレットに目を落としてほほえんでいる。私に気づかない。私はそっと彼女の横にまわる。突然目の前に顔を出して驚かせようとすると彼女は片眉を上げて私を見、子どもか、と冷たく言う。それからにっこりと笑う。くっきりと刻まれるきれいな笑い皺、骨のかたちの透けて見える長い指、そこにつけられたいくつもの派手な色の石、よくデザインされたいかにも高価な衣類。私も笑う。そうして尋ねる。なに見てたの、うれしそうだった。講演の感想だよと彼女はこたえる。 彼女はいわゆる社会起業家だ。この数年で少し有名になったようで、そうしたことに関心のある企業や学校で講演などもしているということだった。感想は良い、と彼女は言う。学校行事を切り抜けたい子どもが通り一遍のせりふで講演者を褒めそやしている文章。講演から連想された自分の体験を綴り、もはや感想ではない文章。ときに激烈な批判。そういうものをひっくる

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