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「妻・政子は愛人の住む屋敷を破壊」教科書には載っていない源頼朝のあきれた浮気癖 巻き込まれた家臣は謹慎処分に
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「妻・政子は愛人の住む屋敷を破壊」教科書には載っていない源頼朝のあきれた浮気癖 巻き込まれた家臣は謹慎処分に
鎌倉幕府を築いた源頼朝と妻・北条政子はどのような夫婦だったのか。歴史学者の細川重男さんは「頼朝は... 鎌倉幕府を築いた源頼朝と妻・北条政子はどのような夫婦だったのか。歴史学者の細川重男さんは「頼朝は浮気癖がひどく、政子のヤキモチ焼きに親類や家臣はいつも振り回されていた。このことがよくわかる有名なエピソードがある」という——。 ※本稿は、細川重男『頼朝の武士団』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。 有名だけど詳しく語られていない「亀前事件」 寿永元年(1182)6月1日。頼朝は中原光家の屋敷に愛人である亀前を住まわせることにした。光家は小野田盛長や藤原邦通と同じく流人時代からの家臣であり、主人の浮気の片棒も担ぐのである。 この亀前を巡って勃発したのが、いわゆる「亀前事件」である。 この事件は、頼朝や政子をはじめとする北条一家の人々の性格がよくわかるし、それよりナニよりオモシロいので、チョッと詳しく紹介してみる。 と言うか、亀前事件は鎌倉幕府の概説書や頼朝の伝記でも取り上げられることが

