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一人勝ちだった三井が失速し、住友が躍進…戦後財閥の明暗を分けた「学歴と出世の仕組み」決定的な違い 60年前の三菱商事社長「住友に学ぶことはあるが、三井には何もない」
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企業に学閥ができ、社員が高学歴化するとどうなるのか。財閥の歴史に詳しい菊地浩之さんは「三井、三菱... 企業に学閥ができ、社員が高学歴化するとどうなるのか。財閥の歴史に詳しい菊地浩之さんは「三井、三菱に次ぐ財閥だった住友は、基本的には東大学閥だったが、住友銀行はどんどん支店を増やして、高学歴でなくても支店長になれるようにし、戦後に躍進した」という――。 ※本稿は菊地浩之『財閥と学閥 三菱・三井・住友・安田、エリートの系図』(角川新書)の一部を再編集したものです。 住友の直系企業は15代目当主が創設した住友銀行など10社 1940年時点の住友財閥の直系企業(連系会社)は、住友銀行、住友信託、住友生命保険、住友倉庫、住友金属工業、住友鉱業、住友化学工業、住友電気工業、大阪北港で、これに住友本社が加わる(ただし、住友生命保険の支部長クラス34人を除いた。明らかに学歴が異なる集団だったからである)。人数は331人。平均年齢は47.4歳。最年長は住友銀行監査役・植野繁太郎の80歳(万延元年生まれ)。最

