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日露戦争の「終盤」を見るとわかる…「明治のリーダー」と「昭和のリーダー」の「決定的なちがい」
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日露戦争の「終盤」を見るとわかる…「明治のリーダー」と「昭和のリーダー」の「決定的なちがい」
もちろん、そんなこととは知りうべくもない日本軍の大山巌満洲軍総司令官は、三月十三日、大本営に一通... もちろん、そんなこととは知りうべくもない日本軍の大山巌満洲軍総司令官は、三月十三日、大本営に一通の意見書を送っている。その要領はわかりやすくすればざっと左の如し。 〈奉天戦後の戦略は、政略と一致するを要す。戦略からいえば、軍はハルビンを屠り、黒龍江までも進撃すべきであろう。しかし、国家の政策からみれば、今後の攻勢長駆は無用の行動に過ぎず、予想さるる幾万の犠牲も無意義に終わるというべきである。攻撃を続くるにも、持久戦をとるにも、兵力も兵站も大準備が必要である。故にまず国策の方向を定むるを先決とす。〉 賢明なるものがこの電報の紙背を読めば、戦力を勘案すれば今後の戦勢は容易ならず、攻勢はもはやこれまで、「講和への道」を拓くのが緊要であることを、大山が訴えているとわかる。クラウゼヴィッツの名著『戦争論』にいう「戦争は政治の延長であり、単に政治の手段に過ぎず」そのことを、大山はいっているのである。