講義で扱う熱力学や統計力学は,熱平衡状態とその近傍を主な対象とする。しかし,自然界には平衡から遠く離れた非平衡状態もそこかしこに見られ,生命をはじめ,非平衡であることが本質的な現象もめずらしくない。そうした非平衡状態を扱う熱統計力学の試みは,今なお活発に研究が続く先端的トピックである。さまざまなアプローチが歩みを進めるなかで,非平衡過程も記述できる「ゆらぎの熱力学」(stochastic thermodynamics) の発展と,測定や操作を情報理論として熱力学に組み込む「情報熱力学」の誕生は,近年の非平衡統計力学の代表的な進展と言ってよい。 本書は,そのような非平衡統計力学の入門書の決定版だ。著者の沙川貴大氏は,情報熱力学の構築を主導し,非平衡統計力学等で活躍を続ける人物である。本書の特長は,とにかく見通しが良いことにある。「ゆらぎの定理」と総称されるさまざまな関係式,熱機関の性能やトレ