dc1394 @dc1394 @aokomoriuta 計算シミュレーション勉強会#1用の資料をslideshareにアップロードしました。発表時にこれを全部説明する時間はとてもありませんが、参考になれば幸いです。発表用の資料は後日アップロードします。http://t.co/LLaXOG113M 2013-09-20 20:11:37
ニック・ボストロムによる有名な論文がある: Nick Bostrom, Are You Living In a Computer Simulation? Philosophical Quarterly, 2003, Vol. 53, No. 211, pp. 243-255. (参考) この論文の中でニック・ボストロムは次の3つの命題のうち,少なくとも一つは正しいと主張している。 現代文明は「ポストヒューマン」の段階に達する前に滅ぶ可能性が非常に高い 自らの進化過程のシミュレーションを莫大な回数、実行するようなポストヒューマン文明は存在しないだろう われわれはほぼ確実にコンピュータ・シミュレーションの中で生きている ここで言う「ポストヒューマン」とは現実と区別がつかないほど高度なシミュレーションを実施できる知的種族のことである。そのような文明レベルはいわゆる「オメガポイント」に近いと言える
このドメインは お名前.com から取得されました。 お名前.com は GMOインターネット(株) が運営する国内シェアNo.1のドメイン登録サービスです。 ※1 「国内シェア」は、ICANN(インターネットのドメイン名などの資源を管理する非営利団体)の公表数値をもとに集計。gTLDが集計の対象。 ※1 日本のドメイン登録業者(レジストラ)(「ICANNがレジストラとして認定した企業」一覧(InterNIC提供)内に「Japan」の記載があるもの)を対象。 ※1 レジストラ「GMO Internet, Inc. d/b/a Onamae.com」のシェア値を集計。 ※1 2020年8月時点の調査。
前回「シミュレーション」という科学の手法に触れたところ、ネット上で様々な反応をいただきました。ありがとうございました。 特に参考になったのは、基本的な誤読の数々です。科学者全体が常識として前提にしていることで、普段気にしない根本的な誤解を各種拝見し、むしろなるほどと勉強になりました。 この検討は意味があると思いますので、補講のような形で今回はお話ししてみたいと思います。 論旨が明快なように、最初に分かりやすい話をしましょう。いまだかつて自然科学系のノーベル賞が純然たるシミュレーション業績に与えられたことはないし、今後も決してそんなことはないでしょう。 またここで「“自然”科学」としたのは、社会科学のノーベル賞、具体的には「ノーベル経済学賞」については、今後の可能性が考えられるからで、これについては末尾に記します。 さて、ではなぜシミュレーションでは理科のノーベル賞は出ないのか? 具体的に考
参議院東京選挙区の大きな話題として、なぜか3.11福島第一原子力発電所事故以降のSPEEDI(スピーディ)データの公開時期などの論点に注目が集まっています。いまここでは、特定の候補や政党の名には一切触れず、この問題を外側から冷静に観察してみたいと思います。 まず何より最初に不思議に思うのは、こういう議論で白熱するのは東京の現象で、被災地ではこの種の話はほとんど耳にしません。それがどうして遠方の東京でこれが問題になるのか、不自然なものを感じます。 実際に被災者からクレームが来るというのであれば、それはそれで大いに分かるのですが、3.11以来、相馬市や南相馬市で一貫して臨床現場で責任を果たしている上昌広・東大医科研教授なども言及しているとおり、現地で皆が心配しているのは自分自身、また家族の健康であり、これからの生活で、シミュレーションや数値を問題にする声はほとんど聞かれません。 つまり、遠方で
牧野さんの公開日誌の11月11日は次の3行で始まっている。 ・3月の文科省測定 ・いや、これ見るとSPEEDI の結果を明らかに使ってるなあ、と。15日夜に浪江町津島あたりにいって測定してる。 ・元記事は読んでないんだけど、伊藤君のこれみて。 牧野さんの日誌を見て、こちらのブログに来た人は多くいると思うので、この3行に秘められた牧野さんの思いと当時の状況を「理性の資質」の追録として、補足したい。牧野さんは、当時、個人的なつてを頼りに文部科学副大臣にメールを送っている。今回、牧野さんの了解が取れたので、その内容を紹介する。 以下では、敬称略で表記させて頂く。 - 牧野は、SPEEDIの存在が明らかにされていなかった3月19日に、鈴木寛文部科学省副大臣(当時)宛にメールを送っている。牧野と鈴木は同じ灘高校の出身(牧野が1学年上)で、「仕分け」に関連して、面識ができていた。 牧野のメールは、科学
「シュミレーション」という発音はよく聞く。 英語を使い慣れていない人に限れば、 正しいとされる「シミュレーション」よりもむしろ使われる頻度は高いかもしれない。 「ミュ」という音は、やまとことばにも漢字音にも(基本的には)なく、 近代の外来語と方言と珍しい固有名詞を別にすると、日本語にはない音なのだとも言える。 外来語でも、のばす「ミュー」を含むものならばいくつもあるが、 短い「ミュ」が出てくるものは少ない。 ほかによく使うものは「コミュニケーション」くらいではないだろうか。 (こちらは、「マスコミ」の「コミ」でもあるので 「コミニケーション」と発音されていることが多いと思う。) 日本語の話し手がこの音を無意識に避けてしまうのは自然なことなのだと思う。 それにしても、このごろ、科学の文脈でも、 もっと広い社会の文脈でも、この用語は欠かせない。 たとえ「シュミレーション」という形も自然言語のゆ
地球温暖化に関する政策決定の材料として、科学的知見が使われているが、そのうちでも予測型のシミュレーションで得られた知見が重要な位置をしめている。ところが、ときどき、専門家から見て信頼できないと思われるシミュレーション結果の細部まで、信頼できる予測であるかのように使われているのではないかと心配になることもある。シミュレーションで得られた知見は、どういう意味で使えるものであり、どういう意味で使えないものかの問題整理が必要だと思う。 科学哲学者の伊勢田哲治さんが6月15日の科学基礎論学会シンポジウムで「シミュレーションの認識論に何ができるか」という発表をされたのを知った([伊勢田さんのブログ記事2013-06-19])。その議論はNorton and Suppe (2001)の論点をもとにしている。Suppeさんは伊勢田さんの博士論文の指導者で名まえは「サッピ」とよむのだそうだ。 Norton
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く