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ブックマーク / sichsorne.hatenablog.com (8)

  • 富澤麟太郎「雑記帳から」 - 萬里一條鐡

    雑記帳から 富澤麟太郎 剃刀のやうな講話は耳からでなく目から入れる ○ 木が花を咲かすやうな心持で芸術をやる。 ○ 恋愛は生きるためにやる その他のもの(労働)はふためにやる ○ 彼はすつぽりと心をあけて さて愛すといはれた時 その瞬間からその女を嫌つて了つた。 ○ 牛肉をふたが故にその者は牛にならないと同じやうに作品もさうさるべきか大切。 病者はたべない。 いやたべても缼陥のある者は吐き出す。 『文章往来』大正十四年三月号掲載

    富澤麟太郎「雑記帳から」 - 萬里一條鐡
  • 富ノ澤麟太郎「ある日記」 - 萬里一條鐡

    ある日記 富ノ澤麟太郎 詩人N氏(N氏との関係は改めて書く)の多大なる力で先生に紹介してもらうことにした。 大正八年二月二十日。よく晴れた日だつた。動坂の先生のお宅に行つたのは午後二時頃だつた。 玄関でN氏が喚いた声は二階にひびいたらしかつた。やつと返事があつたから、下には誰もゐなかつた。細面の毛髪のもしやもしやした一人の老人が黄色い絹の褞袍をきて玄関口を開けた。外を覗いた顔、いやその眼と眉との間に当にはつきりした憂な暗い影がこつぴりついてゐる顔が二人を見た。 N氏が来訪の訳を話すと 「ああ」といつた。二人で二階へ上つた。 午后の太陽がポカポカと部屋を七分通りまで温めてゐた。 座布団が敷いてあつた。 二人が座ると、その老人は初めて口を開いて 「今些つと書き終るまで待つてくれ……」といつた。己は始めて感んづいた。この人が先生であつたかと。 己が初めて或る雑誌で先生の写真をみたあの貴公子然

    富ノ澤麟太郎「ある日記」 - 萬里一條鐡
  • オンライン倉田啓明資料覚書 - 萬里一條鐡

    ネット検索等を使って、オンラインで閲覧可能な啓明文献のリストを作ってみました。私の知らないものもありましょうので、そういう場合はコメントなり何なりでご教示頂ければ随時追加致します。 国会図書館近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/) 言わずと知れた近デジですが、倉田啓明で検索しても何も出てきません。偽作事件で啓明の悪名が高まったためか一時期彼は名倉田潔の名前でを出版していますが、ここで見られるのはその頃の著書四冊です。啓明ではなく「倉田潔」で検索しましょう。彼の代名詞とも言えよう監獄ルポ「地獄へ堕ちし人々」や彼が影響を受けたワイルドなどの翻訳童話二篇、創作童話一篇が見られます。 亀鳴屋(http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/shinkan/shinkan02.html) 『稚兒殺し 倉田啓明譎作集』の版元。残念ながら

    オンライン倉田啓明資料覚書 - 萬里一條鐡
  • 同人誌をつくるの記(後編) - 萬里一條鐡

  • 同人誌をつくるの記(前編) - 萬里一條鐡

  • 文フリ参加のこと - 萬里一條鐡

    タイトルを見た通りに違いありませんが、2014年5月5日に開かれる文学フリマ(於東京流通センター)に参加いたします。 出展するものは二つ、「富ノ澤麟太郎文集」と「倉田啓明文集」です。 いずれも戦前の無名作家の短編集でありまして、両方ともおよそ60ページ程度になる見込みです。 何分この手の催しに出展するのも冊子を編集するのも初めてですので不手際のいくらかもありましょうが、どうかその辺りは只管お目こぼしをお願いする次第です。 富ノ沢麟太郎文集 表紙(↑) 十六桜 秋情一景 二狂人 木馬の馭者 解題 富ノ沢麟太郎作品目録 倉田啓明文集 表紙(↑) 稚児殺し 地の霊 解題 不要とは思いながらも紹介代わりにと少しばかり解題の書き添えも致しましたので、悪文ながらそちらもご一読頂けましたら幸いでございます。 頒価はいずれも五百円を予定しております。どうぞよろしくお願いいたします。

    文フリ参加のこと - 萬里一條鐡
  • 萬里一條鐡

    去る三・一二より一週間、私は九州福岡に遊んだ。といっても単なる遊楽ではない。勉学を修めるという大目的のためである。三・一二より遡ること数日、私は以下のような外山氏の投稿を一瞥した。第一回合宿の開催は聞き及んでいたものの予定が合わずに断念し、聊かならず悔いていた私はこれを見るや忽ち氏に信を送ったのであった。以下はその備忘録である。 下に提示するように先人のメモがあるので客観的参考の要素は余り意図せず、あくまでも私的備忘録を第一の旨として記す。この文を書く目的は三に大別する。一に私の備忘の用である。同会への参加を望んでいた私の友人のような諸彦の参考というのも、副次的ながら第二目的になる。第三は甚だ卑俗に過ぎるが、半年以上も放置していたブログの更新である。このブログは主に芸術就中文芸を取り扱うが、海内に冠たる政治系前衛芸術家との会見記なのだからさして問題ではあるまい。また、今後復刻作業での酷使が

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  • 倉田啓明「心中告白の記」 - 萬里一條鐡

    以下は「新小説」大正二年二月号掲載の倉田啓明「心中告白の記」を打ち出したものです。誤植等も含めて原に従ったつもりではありますが、何分筆耕時の過失もありましょうからその点はご容赦ください。 情死の美は刹那の美にある。 私はその瞬間の心持を、こよなく美はしいものとして、畏敬したい。 人は一生に一度は、心中美を力説する時がある。 人は一生に一度は、死にたい時がある。 そは必ずしも厭世哲学の影響ではない。 さうして、人は一生に一度は心中したいと思ふ時がある。若しこれを為し遂げなかつた人は、その適当な対手を見出さなかつたのに外ならぬ。 芸術家は心中を謳歌する傾向がある。道徳家はこれを非難するのが普通である。然しながら、是等は真の心中の意義を知らないものである。古来、浄瑠璃芝居によつて謳歌せられた心中には、真に美しいものは殆んどない。彼等にして若し義理の羅絆に囚はれなかつたならば、彼等にして若し金に

    倉田啓明「心中告白の記」 - 萬里一條鐡
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