新聞が自分たちの主義主張に不都合なものを「報道しない」ことは今では多くの国民が知っている。仮にそれを改めることができれば、新聞も読者の信頼を取り戻す可能性も出てくるかもしれない。 だがこの夏、逆に新聞の致命傷となる出来事が相次いだ。まず「あいちトリエンナーレ」をめぐる報道である。 新聞には客観的に事実を報道する義務がある。ジャーナリズムの基本中の基本だ。 何かの問題が起こったとき、その事実を正確に伝え、読者に判断を委ねるのである。同芸術祭で「表現の不自由展・その後」というコーナーに韓国が世界中に建てている少女像や、昭和天皇の肖像をガスバーナーで焼き、それが燃えていく過程と燃えかすを足で踏みつけにする映像、あるいは出征していった日本軍の兵士を侮蔑する作品などが展示された。同芸術祭には、10億円もの税金が投入されており、「なぜ税金でこんな展示が賄われるのか」という大批判が巻き起こった。 当然だ