どうやら冤罪事件ということが確定しそうな「足利事件」。時効が成立してしまった今となっては、真犯人の追求は不可能なようです。 六月初め、東京高検の刑の執行停止手続きにより、服役者が17年ぶりに釈放されて以来、なにか「アゴラ」の上でコメントしようと思っていたのですが、最高検の伊藤次長検事を初めとして、さみだれ式にポツリ、ポツリとでてきた謝罪、そして安易な情緒に流れる日本のメディアのたれ流し報道を眺めているうちに、すっかり自分の切り口の焦点が定まらなくなってしまい、弱っているうちに月があらたまってしまいました。 もちろん当事者ご本人が不当に受けた苦痛や屈辱などの「人間ドラマ」も重要ですが、日本の刑事司法の将来を念頭においた場合、この事件の意義は次の二つだと思います。 ひとつには「警察の犯罪捜査の質の向上」です。警察による取り調べの可視化は、喫緊の課題であり急務であるということは、すでに論をまたな