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ブックマーク / kuriggen.hatenablog.com (14)

  • 『ツォツィ』−アフリカ人によるアフリカ人の為の映画とは、いつから可能か? - kuriggen’s diary

    『ツォツィ』という映画を見ていた。今年の春頃、日でかかっていた映画で、DVDになっていた。南アフリカとイギリスの資で撮った映画である。アフリカの事柄についてアフリカ人の立場から撮られる映画というのは、まだ余りないのだと思う。「ダーウィンの悪夢」(フーベルト・サウザー監督)のように、それは西洋の立場から西洋的視点をアフリカに持ち込むことによって成立している映画はあるにしても*1いまだ、アフリカ人の立場から自らを語るという映画は少ない。「ツォツィ」の場合、ギャビン・フッドという南ア人監督の手による映画だが、資はイギリスで撮られているようだ。つまり西洋的に伝統的な枠組、近代的映画の構造というのを、南アフリカ的な現実の上に重ね合わせることによって、一つの現実が映画というフィルターを通じることによって、他の国の人々にまで伝わることになる。 あくまでも近代映画、近代ドラマ、そして近代文学的な枠組

    『ツォツィ』−アフリカ人によるアフリカ人の為の映画とは、いつから可能か? - kuriggen’s diary
  • 「他者が無い」とはどういうことか? - kuriggen’s diary

    今日の引用。 ジャック・ラカンのセミナール『精神病』より。(1956年。「穴の周囲」) 私はこの主張を、異なるグループに属する人の口から聴いたのですが、それは「その人にとって、他者というものが無いという人を分析することはできない」というものです。 「他者というものが無い」とは一体どういうことを言わんとしているのでしょうか。こういう定式は真実に近い何らかの価値を、たとえいかに貧弱であれ、持っているのでしょうか。何のことを言っているのでしょうか。体験上のことでしょうか、他のものに還元できない感覚のことでしょうか。私達の症例シュレーバーを例にとれば、彼にとっては確かにすべての人間はしばらくの間「へのへのもへじのいい加減な奴」の状態になっていました。しかし、彼にはちゃんとひとりの他者があります。それは特別に強調された他者、絶対的な他者=A、全く根的な他者=A、ひとつの位置とかひとつの図式とかいっ

    「他者が無い」とはどういうことか? - kuriggen’s diary
  • Whiskey In The Jar -2 - kuriggen’s diary

    アイリッシュの民謡だった『Wishkey in the jar』をシンリジイがロックにして、それをメタリカがカバーしている。もともとこの曲はアイルランドでの酒場で労働者やルンプロに歌われていたわけで、シンリジイの歌詞を見ると向うの隠語で何を書いてあるのかわからないんだが、それら隠語の連なりが同時に標準的な英語として聞こえるときは別の意味を担っていて、つまり詩の列には二重の意味が埋め込まれているといった風になっている。アイルランド−ダブリンといえば、ジェイムズ・ジョイスで有名だが、要するに民謡や酒場でアウトロー達のうたう破廉恥な歌まで、駄洒落の精神とジャルゴンに満ちていたということである。 Musha ring dum a doo dum a da Whack for my daddy-o Whack for my daddy-o There's whiskey in the jar-o こ

    Whiskey In The Jar -2 - kuriggen’s diary
  • 2007-06-26

    スキッド・ロウがリトルウィングをカバーしている。スキッドロウをグランジととるかメタルととるかも見方が分かれるが、心性としては限りなくグランジに位置し、90年代のアメリカで中産階級的な若者の抱える屈、遣り切れなさといったものをぶつけたヘヴィな音作りで、白人的な憂の存在を描き出すことが多いのだが、構造的に彼らの置かれたポジションとか、中途半端な豊かさの中の漠然とした不安、仕事をしなくても生きてはいけるが、中味は空虚に向かい合うといった、ゼロ年代としたら、今ではそこから世界中に共有されるに至る、曖昧な不安を対象化する試みとしてのロックの一部にあたっている。だからスキッドロウがリトルウィングをやることの意味とは、特に羽ばたくと云う事の対象性も確保されない曖昧さと不透明さを社会の前提としながら、微妙に、微細に、心の奥底の、闇の内部の穴を穿ち、飛んでいくことの微かな実体を、決して積極的なものとして

    2007-06-26
  • 「運動」が自分自身を浄化するとき - kuriggen’s diary

    日曜日の深夜に、外山恒一と松哉の出演したラジオを聴いた。テーマは「運動」という事で、社会運動の在り方における現在的な位相というものが、どういうものになっているのか、何処まで来ているのかを知る上で、決して啓蒙的とは言い難いとしても、かなり説明的には、ギリギリまでわかりやすいものになっていたと思う。 かつて、マルクスとエンゲルスは、1848年に発表されたの中でこう云った。万国の労働者よ団結せよ。左翼とはその時代に既に、社会システムの中では明瞭なものとして実在していたし、そこから一世紀半少しの時間を措いた今日に措いて、やはり左翼というのは、漠然とした実体として、そこで蠢き続けているメカニズムとは、その頃から別に、質的には大差のないものではあるにせよ、それを説明するための論理の体系は、明らかに変更されているのだ。 社会運動といったとき、それを説明するのに最も変化を受けた論理構造とは、明らかに

    「運動」が自分自身を浄化するとき - kuriggen’s diary
  • 『悪魔とダニエル・ジョンストン』−人が底辺に達したとき機能する芸術と信仰について - kuriggen’s diary

    去年公開されたドキュメンタリー映画であるが、最近DVDになって並んでるのを見たので借りた。ダニエル・ジョンストンというのは、アメリカの風変わりなアーティストである。彼は、一つは音楽を作っていて、もう一つはイラストを描いていたりしている。音楽家としては奇妙な評価を受けているが決して売れたことはない。マイナーに音楽活動している。大手レーベルから契約してアルバムも出したが、それは殆ど売れなかった。しかし彼の曲をカバーするものの中には、トム・ウェイツやニルヴァーナがいたりする。ニルヴァーナのカート・コバーンは、彼のイラストが入ったTシャツを着てステージにも立った。 今時の言い方で言えば、彼はいわば引きこもり系のアーティストで、躁で、精神を患っている感は明らかに見受けられる。アート以外には、何をやっても全然ダメな男である。カート・コバーンが好んだ彼のイラストの柄は、カエルである。カエルの顔に、目玉

    『悪魔とダニエル・ジョンストン』−人が底辺に達したとき機能する芸術と信仰について - kuriggen’s diary
  • 村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』(1988年) - kuriggen’s diary

    中上健次の「冷凍トレーラー」、大江健三郎の「雨の木」と、80年代的状況、即ち空白でありエアポケット的な空間性と時間性において、そのとき人が抗いうる方法とは何なのかについて、それぞれ示されている。中上健次にとって、それは移動すること、車を使うことであり、大江にとってそれは、聴くというスタイルを持つこと、静かな生活を確保する中から、耳を澄ますこと、そして泳ぐ男のように自己トレーニングすることであった。村上春樹の80年代にとっても同様の空間的イメージがやはり問題化され、そこに対抗する手法が提示されている。村上春樹的な結論として、それは踊り続けることである。踊ること、踊らねばならない、あるいは踊りを取り戻さなければならないという啓示とは、村上春樹の世界に登場する「僕」にとって、羊男という分身による囁きとしてあらわれる。『音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言ってることはわかるかい?

    村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』(1988年) - kuriggen’s diary
  • HOT LEGS - kuriggen’s diary

    世良&ツイストの起源を見ることは勿論難しい話ではない。それはわかりやすい話であるには違いない。ロックンロールの形式が成立するのがアメリカで50年代のことである。ロックンロール(rockn'roll)の形式を定義としてあえて言ってみれば、先行したブルースの形式に対して、そこから暗い要素を取り去り、明るいアップテンポのビートにアレンジし直したものと、まずいえるだろうか。ブルース的のリズムの循環性、それは時に心に深く染み入り、他とは換えることのできない独特の居心地の良さを提供するものであるが、くどくなれば悪循環を生み、またそれは必ずしも、誰にでも、またいかなる時と場合にでも理解可能で快楽を与えるという種類の音楽とはいいがたい。広く人々の耳に入って快楽と感じられる音とは、明るい音であり、テンポの良い、速いリズムの音楽である。ブルースからロックンロールが胚胎されるときに、まずそれは時代的な商業生産

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  • 2007-04-10

    今年の三月に、中国の重慶で「史上最強の居座り」と呼ばれている事件がおきていた。都会の真ん中で、ビル建設のための立ち退き要求を拒否していた民家の話なのだが。中国においては、こういうケースは今までなかった話なのだ。巨大ビルを建設するために、一軒だけがどうしても要求に応じず、その結果、周囲の土地を広範囲に数十メートルも掘り下げてしまって、一軒だけがクレーターのような茶色い底の上に浮かんでいるという現象になってしまった。居座っているのは、そこで店を営んでいた一組の夫婦である。これが国際的なニュースとなって有名になり、この夫婦を応援する中国人民もたくさんいるようだ。反対夫婦は一躍、新しいヒーロー扱いである。テレビのインタビューを受ける奥さんの姿も、なんか芸能人と勘違いしてるかのような、ケバイ服装の井出達で登場する。地上げなどで、元からあった集落を更地にする場合、それに反対するものは、日のように、通

    2007-04-10
  • アメリカ産のパンクなんだが - kuriggen’s diary

    80年代のアメリカ産のパンクバンド。アメリカではパンクロックが浸透するのに=それを承認するのに、結構時間がかかった。パンクロック的なスタイルは、平均的アメリカ人のあまりにも拒否しがちな性質を備えている。しかし最初は抵抗あったとしても、じきにアメリカでもそれは承認されるに至るし、今では普通だろう。アメリカでパンクロックが流行るとき、それはやっぱりアメリカ的なセンスによく出来上がったものである。The Replacements というパンクロックのバンドが80年代にアメリカではわりと流通していたのだが、このバンドは日には殆ど入ってこなかったし、日では殆ど知られていない。アメリカ人でもアメリカ人的なパンクがありうるのだという事実を日人は受け入れがたかったのだろう。そんなものがあるなんて、日人は別に知りたくもなかったというわけだ。ラモーンズというニューヨーク産のCBGB出身のバンドが、アメ

    アメリカ産のパンクなんだが - kuriggen’s diary
    microtesto
    microtesto 2007/03/24
    あー確かにこれはパンクとは認識しないな、僕は。アメリカのパンクといえばMinor ThreatとかBlack Flagを思い起こしてしまうなぁ。
  • 柄谷行人の『言語・数・貨幣』(1983年) - kuriggen’s diary

    アラン・ソーカルによって、知識の示し方における欺瞞性としてポスト構造主義の何人かの思想家が批判されるという事件は、90年代の終り頃に起きている。ソーカルはニューヨーク大学の物理教授であり、主にそれが自然科学の用語の濫用にあたるというものだった。しかし日の文脈においては、同じソーカルの言ったような思想の記述を巡る問題性とは、既にずっと早くから、明瞭に指摘されていたものといえよう。何もソーカルの批判、知の欺瞞を待つまでもなく、ポスト構造主義の持つ傾向については的確な批判が指摘されていた。ソーカルの批判は、それをより明確に科学的な水準で我々に了解させたというだけで、同じ問題とは、もちろん最初からあった問題であったのであり、それをどう批判し乗り越えるかという立場を示すロジックとは、日の文脈で、非常に明瞭な形式で指摘は為されていた。柄谷行人の次のような指摘を見てみよう。 「形式化」は、ポスト構造

    柄谷行人の『言語・数・貨幣』(1983年) - kuriggen’s diary
  • マルクスの『私有財産と共産主義』(1843年) - kuriggen’s diary

    マルクスの『経済学・哲学草稿』と呼ばれる著作はマルクスの生前には発表されていない。それは1930年代にモスクワのマルクスエンゲルス研究所の編纂によって始めて日の目を見たものである。実際に書かれた時期は、1843年頃だと考えられている。この時点でマルクスはまだ25歳である。「私有財産と共産主義」とは経哲草稿の中の第三草稿の中にあるノートである。このノートの特徴とは、ヘーゲル弁証法の発展過程を、唯物論的に展開する歴史過程としてマルクスが当て嵌めることによって、ある線状の解釈を作り出している。ヘーゲルによって示された人間的労働を回収する全体とは、ここでは国家でもなく絶対精神でもなく、「資」である。もちろんこの資とは共産主義と世界史的展開によって乗り越えられていくものだと、マルクスによって示されている。無所有と所有の分離という現実を作り出したものの正体とは何か?ということについてマルクスは歴史

    マルクスの『私有財産と共産主義』(1843年) - kuriggen’s diary
  • mixi戦争2 - kuriggen’s diary

    mixiで起きた事件として昨年、有名になったのは、三洋電機社員の事件だ。 「三洋電機事件」でアカウント多数削除 「いきなり削除」は、06年8月頃から問題になっていた。ネット業界では、「上場を成功させるためと、ナショナルクライアント(広告)が政治的なこと、アダルト、誹謗中傷などを嫌い、積極的に排除を始めた」という見方が広がっていた。 そうした中、06年10月5日にmixi上で起きた事件で、それがはっきりしたようだ。三洋電機の社員が、自分の彼女のワイセツな写真と自宅住所、電話番号などの個人情報を、ネットに流出させた。そのワイセツな写真が、彼女が参加しているmixiのコミュで公開され、mixi側は、騒ぎに関係したと考えられる多数のアカウントを削除したのではないか、というわけだ。 一個の個人日記で、誰かの誹謗中傷なり、プライバシーの暴露をする。その人が同じミクシィ内にいるのなら、その人をアクセスブ

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  • クロスロード=クリティーク - プルードンを愚痴るマルクスの姿って?

    最近また急速に、マルクスを沢山読んでいるのだが。僕が前にマルクスを読んでいたのは、もう昔のことで、22歳くらいの時期まで僕はよくマルクスを読んでいたはずである。マルクスを読むと言っても、それをどのように読むのかが問題なのである。最近になってようやく、僕はその読み方が見えてきたという気がしているのである。問題は、哲学史におけるマルクス、認識の歴史におけるマルクスの位置を明らかにすることにある。マルクスを聖書のように読む憐れな人も、僕は結構見てきたが、ああいうのは結果的なトラウマしかもたらさないわけだから。 ICUという東京の市街地中にある僻地の中で(三鷹のエルサレムとか綽名される)、十代の頃、高校生の時分に偏った環境の中ではじめてマルクスというのを読んだ−周囲の環境との関係によって、どうしようもなく逃げ道がなく読まされたのだが−それは経哲草稿だった。しかし、『経済学哲学草稿』−いわゆる初期マ

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