僕たちは言葉になっていないものを想像するのが苦手ですね。 例えばインターネット登場以前、何度もアイデアとして検討され、時には商品化もされた「テレビ電話」は、結局のところ社会に浸透することはありませんでした。 この現象については、その後「私たちは電話をする際、むしろ顔が見えないことを望むのだ」といった後付けの分析がなされ、それはそれで当時は説得力があったわけですが、現在の社会を見てみれば「顔が見えるコミュニケーション」は全世界に浸透しており、当時のしたり顔の分析は全くの誤りだったということがわかります。 この事例はいろんなことを考えさせられます。 一つには「経験の悪弊」ということ。例えば、インターネットが普及し、通信回線の速度が上がったことで「ネット回線を使って顔を見ながらコミュニケーションするサービスはどうだろうか」というアイデアが持ち上がった瞬間に、人がどういう反応をするかを考えてみると