世に「菊タブー」なる言葉がある。天皇や天皇制について踏み込んで発言することを避ける空気、とでも言おうか。そのタブーの沼にはまりかけているのがドキュメンタリー監督の森達也さん。3月に出した小説の主人公は退位前の上皇、上皇后両陛下である。だが、いくつもの出版社に断られ続け、やっと刊行されたかと思えば、メディアからほぼ黙殺されているのだ。【吉井理記】 上皇、上皇后ご夫妻が実名で 小説は「千代田区一番一号のラビリンス」(現代書館)。皇居の所在地がタイトルになった。3月に出版され、重版もされたが、…
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今年は関東大震災100年とあって、その時に起きた朝鮮人虐殺を含めて関連報道も増えている。また私の編集する月刊『創』(つくる)の執筆者でもある森達也監督の9月1日公開映画『福田村事件』も大きな話題になっている。9月1日からテアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開される映画『福田村事件』の公式サイトは下記だ。 https://www.fukudamura1923.jp/ この映画についてはいろいろな媒体で特集を組んでいる。『映画芸術』最新号の「福田村事件」特集は非常に面白かった。最新の月刊『創』9月号でも森さんと、映画監督の瀬々敬久さんとの、とても深くて面白い対談を掲載している。 それがきっかけで「福田村事件」という、これまであまり知られていなかった事件がにわかに知られるようになりつつある。関東大震災を機に朝鮮人に対する虐殺が広がる中で、香川県から行商に来ていた人たちが、朝鮮人とまちがえられ虐
件名:『女帝 小池百合子』を読んで 投稿者:斎藤美奈子 森 達也さま ノンフィクション作家でもある貴君はお読みになったでしょうか。石井妙子著『女帝 小池百合子』(文藝春秋)。べつに読まなくてもいいんだけどね。 都知事選の前に出たこともあって話題になり、20万部のベストセラーだそうだ。SNS上では絶賛の嵐で、私もそれに乗せられて読んだんだけど、途中から具合が悪くなりそうだった。小池百合子に対してじゃないよ。この本に対してです。 ことに多くの「左派リベラル系男性論客」がこぞって激賞している(多くはないが、女性でも褒めてる人がいる)のを見て、絶望的な気持ちになり、いまでもまだ、半分くらい立ち直れていません。 この本の書評はいま出ている「ちくま」8月号(もうじき「ウェブちくま」でも公開になると思う)に書いたので、誰がどんな褒め方をしたかは、そちらを見ていただきたいですが、私はこの本、まったく評価で
いま、97年前に起きたある事件が映画化に向けて動き始めています。関東大震災の直後、香川県から千葉県に行商で訪れていた一行が村の自警団に襲われて9人が殺害されました。福田村事件です。 この事件を、発生から100年の節目となる2023年に映画化しようと、映画監督らが香川県を訪れました。 (森達也 監督) 「歴史って何のためにあるか、僕たちは何のために歴史を学ぶのか、やっぱり同じ失敗をしないために学ぶんだと思うんですよね。でも今、特にこの国では、自分たちの失敗みたいなことに対して目を背けたがる傾向がとても強くなってて。このテーマで一本映画を撮れれば、とは思ったことは確かですね」 そう語るのはオウム真理教の信者たちを撮影した「A」など、多くのドキュメンタリー映画を世に送り出してきた森達也監督。 福田村事件の映画化に向けて森監督や脚本家プロデューサーらが丸亀市にある香川人権研究所を訪れました。 大震
件名:『女帝 小池百合子』を読んで 投稿者:斎藤美奈子 森 達也さま ノンフィクション作家でもある貴君はお読みになったでしょうか。石井妙子著『女帝 小池百合子』(文藝春秋)。べつに読まなくてもいいんだけどね。 都知事選の前に出たこともあって話題になり、20万部のベストセラーだそうだ。SNS上では絶賛の嵐で、私もそれに乗せられて読んだんだけど、途中から具合が悪くなりそうだった。小池百合子に対してじゃないよ。この本に対してです。 ことに多くの「左派リベラル系男性論客」がこぞって激賞している(多くはないが、女性でも褒めてる人がいる)のを見て、絶望的な気持ちになり、いまでもまだ、半分くらい立ち直れていません。 この本の書評はいま出ている「ちくま」8月号(もうじき「ウェブちくま」でも公開になると思う)に書いたので、誰がどんな褒め方をしたかは、そちらを見ていただきたいですが、私はこの本、まったく評価で
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映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か? 「創」編集長・篠田博之氏へのインタビュー後編。 インタビュー前編はこちら: 植松聖の裁判が「死刑にするためのセレモニー」だったと言える理由 弁護人の顔が見えなかった 相模原事件の法廷は、過去に注目された大きな裁判と比べたとき、もうひとつの大きな特徴がある。弁護人の顔が見えないのだ。その名前もいっさいわからない。普通なら判決後に弁護団は記者会見を開くが、今回はそれもなかった。だから「弁護団について教えてください」と僕は篠田に言った。「ぜんぶで何人いるんですか」 「正式な数はわからないです。今回の弁護団はマスコミ取材に応じないし、名前や人数も公表していない。植松に聞いても、弁護団メンバーはそれぞれ一回だけ面会に来たらしいけれど、中心的な二人以外はよく知
“集団”と“個”はずっと描いてきた大きなテーマ ──福田村事件が起きたのは、関東大震災発生から5日後の1923年9月6日。香川県から福田村(現在の千葉県野田市)にやってきた薬売りの行商団9人が朝鮮人と間違われ、自警団を含む100人以上の村人たちに殺された事件です。2001年に小さな新聞記事を読んでこの事件を知ったそうですが、映画にしたいと思うほど惹きつけられた理由は? 僕の映画製作の原点は、オウム真理教の信者たちを被写体にした『A』(1997)です。あの映画を撮るときに感じた「なぜこんなに穏やかで純真な人たちが事件を起こしちゃったんだろう」という疑問は、僕の中で通奏低音みたいに今も響いています。 その問題提起に対してのひとつの答えは、“組織”、あるいは“集団”です。個人であれば決してできないことを、人は集団の一部になったときにやってしまう。虐殺や戦争が典型だけど、そういう歴史は世界中にいく
これまで多くのドキュメンタリー作品を手がけてきた、映画監督で作家の森達也さん。今回初めての劇映画を監督しました。 タイトルは「福田村事件」。100年前の関東大震災直後の混乱の中、千葉県福田村(現・野田市)に香川県から来ていた行商団の一行が、地元の自警団に朝鮮人と疑われ、9人が殺害された事件をテーマにしています。 残された資料が少なく「歴史に埋もれていた事件」を、100年後のいまなぜ映画化したのか。作品にこめたメッセージとはなにか。 桑子真帆キャスターが聞きました。 (政経・国際番組部ディレクター 渡邊覚人) 内閣府中央防災会議の専門調査会の報告書によると、当時、関東地方各地では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「火をつけた」などの流言(デマ)が広がり、多くの朝鮮人や中国人が民衆や軍、警察によって殺傷されました。 関東大震災から5日後の大正12年9月6日、甚大な被害が出た都心部からおよそ30キロ離
菅義偉首相が日本学術会議が推薦した新会員候補6人を任命しなかった問題で、映画人有志22人が先月、抗議声明を発表した。呼びかけ人となった映画監督の森達也さん(64)は「今これを放置するなら、介入はさらに露骨になることは明らか。映画も例外ではない」と危機感を募らせる。オウム真理教を追ったドキュメンタリーなどで社会の深層を描いてきた映画人が見た、日本を覆う危険な空気とは――。【上東麻子/統合デジタル取材センター】 ひとたび権力が暴走すれば、映画人は無力 ――声明には、青山真治、是枝裕和、瀬々敬久、塚本晋也各監督や脚本家、プロデューサーら22人が名を連ねました。学術界に対する政権の介入に対して、なぜ多くの映画人が声を上げたのでしょうか。 ◆権力者がターゲットとしてまず知識階級を狙い撃ちにするのは、独裁政権の常とう手段です。学者だけでなく、第2、第3段階には映画が狙われるだろうと思いました。それは歴
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か。そして、元職員・植松聖とは何者なのか――。 第1回はこちら:相模原障害者殺傷事件とは何だったのか?「普通の人」植松聖との会話 植松聖の儀式 すべては一瞬だった。ふいに刑務官に右手を掴まれた植松聖は、抵抗するような素振りはまったく見せないまま、左手で外したばかりの包帯(のキャップ)を、右手の小指の欠損の上に素早く戻す。それを目視した刑務官は、無言のまま、掴んだ植松の右手を放して椅子に戻る。植松も一言もしゃべらない。透明なアクリル板越しにこの光景を眺めながら、まるで儀式のようだと思う。僕の隣に座る篠田博之(月刊「創」編集長)も、このときはずっと沈黙していた。 あとから篠田に聞いたが、面会中に植松が包帯を外して傷口を見せようとしたことは、これが初めてではな
<座して沈黙しているだけでは言論や表現の場は萎縮する一方だ。ハリウッドを狙った赤狩りの歴史を思えば、日本学術会議の任命拒否問題は人ごとではないと僕たちは知っている> 2001年10月、僕は山形市に滞在していた。この時期に開催されていた山形国際ドキュメンタリー映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に、僕にとって2作目の映画となる『A2』が招待されたからだ。1回目の上映が終わった翌日の朝、コーヒーを飲むために立ち寄った映画祭事務局のメールボックスに、「アメリカのアフガニスタン侵攻に抗議の声を上げよう」との趣旨が書かれたチラシが入っていた。 大急ぎで作ってコピーしたらしいチラシの裏面には、世界中のドキュメンタリストが集まっている今だからこそ全員で抗議の声を上げるべきだ、とのフレーズもあった。提案者は映画祭に参加している日本の映画監督たち。何人かは知っている名前があった。そのチラシを手に
Published 2023/02/14 10:01 (JST) Updated 2023/02/14 10:41 (JST) オウム真理教を題材にしたドキュメンタリー「A」で知られる映画監督で作家の森達也さん(66)がこのほど、大津市におの浜4丁目の解放県民センターで講演した。地下鉄サリン事件やロシアによるウクライナ侵攻で目立つ一方的な報道や、日本人の同調圧力の強さを取り上げ、「多くの戦争は自衛から始まる」と警鐘を鳴らした。 森さんは、オウム真理教による1995年の地下鉄サリン事件を機に、動機が分からない凶悪犯罪への不安や恐怖から異物を排斥する集団心理が強まり、犯罪の監視や厳罰化が進んでいると説明。 一方、ノルウェーでは凶悪犯であっても刑務所で人間らしい生活が保障されているとし「ほとんどの犯罪は三つの不足から起きる。幼年期の愛情不足、成長期の教育不足、現在の貧困で、それを補うのが社会の役
犯罪を犯罪ではないと言うと、当事者にとってトラップなんですが… 森達也「オーバーステイは犯罪ではない」 留学生には資力要件がある 吉田康一郎「犯罪です」:犯罪を犯罪ではないと言う危険 森達也氏がシェアする記事の自称クルド人のデニスは… 森達也「オーバーステイは犯罪ではない」 「暴行は今も続いています」クルド人のデニスさん。オーバーステイは犯罪ではない。なくなったスリランカ女性は留学生。生活に困窮して在留資格を失っただけ。なぜ最後にこんな目に合わねばならないのか。 入管法改正案“改悪” 当事者ら訴え"https://t.co/lL7zHFn2W6 — 森達也(映画監督・作家) (@MoriTatsuyaInfo) 2021年4月11日 映画監督・作家の森達也 氏が「オーバーステイは犯罪ではない」とツイート。 『留学生は生活に困窮した在留資格を失っただけ』とも記述。 こんな理屈で正当化できるは
あなたは、福田村事件を知っていますか? 『A』『A2』『FAKE』『iー新聞記者ドキュメントー』など、日頃、我々が無意識に線引きしてきた向こう側を描き、社会のみならず我々自身にも鋭い刃を突きつけてきた映画監督の森達也が初めて劇映画を監督する。その題材として選んだのは、誰も知らない、歴史から忘れ去られた事件――。 関東大震災直後から飛び交った流言飛語――朝鮮人が武器を持って襲ってくる、井戸に毒を投げ入れた、放火して回っている等々。それらを信じた市井の人が自警団を結成し、「九月、東京の路上で」朝鮮人を虐殺した。そのデマは東京近郊にも飛び火し―― そして、関東大震災から5日後、千葉県東葛飾郡福田村で9人の日本人が殺された。彼らは香川から来た行商団だった。讃岐弁を朝鮮語と間違えられたのだ。9人の中には臨月の妊婦もいた。彼らは被差別部落の出身だった。 ▲事件発生地の近くの霊園にある追悼慰霊碑 「福田
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<100年前の関東大震災後の混乱の中、在日朝鮮人だけでなく日本人も虐殺された事実が...。不安と恐怖が高まれば、「集団の暴走」はいつの時代にも起こり得る。歴史の教訓について> 1923年9月1日の関東大震災から5日後、千葉県福田村(現・野田市)で朝鮮人と間違われた日本人9人が村人に殺害される事件があった。彼らは香川から行商に来ていた被差別部落の人々で、被害者には幼児や妊婦もいた。 当時、流言飛語の中で多くの朝鮮人や中国人が軍や警察、在郷軍人らによる自警団に殺されたことはよく知られているが、その延長線上にある福田村事件はほとんど語られてこなかった。 これを題材にしたのが森達也監督の『福田村事件』だ(9月1日公開)。井浦新と田中麗奈が朝鮮帰りの夫婦、永山瑛太が行商団の頭、東出昌大、コムアイ、水道橋博士、豊原功補らが村人を演じる。 なぜあのようなことが起きたのかを考える上で、「加害側をしっかり描
関東大震災から100年。歴史の影に隠れてきた、ある事件をテーマとした映画が公開されました。「オウム真理教」のドキュメンタリーなどを撮ってきた森達也さんが、初めて劇映画のメガホンを取った『福田村事件』です。 当初、福岡県内での上映は当初1館のみでしたが、今後5館にまで拡大する予定。ミニシアターを中心に上映される作品としては異例のヒットを飛ばしています。 福岡での公開にあわせて舞台挨拶に訪れた森さんに、話を聞きました。 (NHK福岡放送局 木内慧・河﨑涼太) 「この国はちょっとおかしいぞ」空気を変えるきっかけに 舞台挨拶に登壇する田中麗奈さん(左)森達也さん(右) ――映画の大ヒット、おめでとうございます。全国でも連日多くの観客を動員し、福岡での舞台挨拶のチケットは前日までに完売したそうです。この反応をどう見ていますか。 この映画がここまで多くの人びとに見てもらえる状況というのは、本当に予想外
歴史に埋もれた事件が、映画によって注目されている。100年前に起きた関東大震災の5日後、千葉県福田村(現野田市)で、行商人15人が朝鮮人だと疑われ、幼児や妊婦を含む9人が殺された「福田村事件」。命を奪ったのは自警団員といった普通の人々だった。この事件をテーマに映画を撮った森達也さん(67)は、ジャーナリストの池上彰さんとの対談で「負の歴史」から目を背けない大切さなどについて語った。 きっかけは中途半端な記事 池上 関東大震災の発生後、東京やその周辺で朝鮮人の虐殺があったことは知っていましたが、朝鮮人に間違えられて日本人が殺された事件があったことは知りませんでした。どのように「福田村事件」を調べたのですか。 森 「A2」という映画を公開した2001年前後でした。当時、テレビの仕事もしていて、局のスタッフルームで小さな囲み記事が目に入りました。野田市で慰霊碑を建立するという記事でしたが、何のた
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か? 第1回はこちら:相模原障害者殺傷事件とは何だったのか?「普通の人」植松聖との会話 植松の精神鑑定をどう見るか 「植松の精神鑑定について、発達障害をよく知る見地から郡司(真子)さんは、どのように評価しますか」 僕のこの質問に郡司は数秒だけ考えてから、「ASDスペクトラムや知的障害スペクトラムなど発達障害についての知識がある精神科医は、現状としてはとても少数派です」と答えた。「発達障害を専門にしている児童精神科医じゃないと、そこまでの知見や考えかたを持たないんです。精神科医が発達障害について関心を持ち始めたのはここ10年ぐらいです。いわゆる引きこもりになっている人たちの多くは、発達障害や知的障害スペクトラムの場合が多いと思います。でもその観点で見ないで
https://www.nhk.jp/p/nw9/ts/V94JP16WGN/blog/bl/pKzjVzogRK/bp/p1Jwz3r9lo/ 作家で映画監督の森達也さんに、あさま山荘事件を含む連合赤軍が起こした一連の事件について聞きました。 これまで複数の連合赤軍メンバーに話を聞いてきた森さんは、放送で紹介したインタビュー以外にも、「グループ・シンク」「凡庸な悪」などの視点から、現代につながる読み解きをしています。取材メモから、森さんの話を記事にまとめました。 (取材・長野局 斉藤光峻記者) 【事件は“グループ・シンク”の典型】 アメリカの社会心理学者※が提唱したグループ・シンク、日本語だと「集団浅慮」と言いますが、集団になると人は考え方が浅くなって非論理的になる。あさま山荘事件を含む連合赤軍によるリンチ殺人から始まる一連の事件は、その典型だと思う。とにかく閉鎖された集団の中で、非常に
ミゼットプロレス伝説~小さな巨人たち~(1992年放送) 内容 主に3つのテーマから成り立っていて、それぞれが絡み合っています。 ①ミゼットプロレス(小人プロレス)のたった二人だけのレスラー、リトルフランキーさん、角掛ひとしさんをメインに語られる小人プロレスの歴史、女子プロレスとの関係、現在(1992年時点) ②その二人のもとに「一度逃げ出したがやっぱりもう一度やらせてほしい」と戻ってきたコブッチャーさん(後のミスター・ブッタマン)の復帰戦への道。(タッグマッチ。リトル・タイガー&リトル・フランキーVS ミスター ・ブッタマン & 角掛ひとし 戦) ③小人プロレス、花形時代を支えたOB達の現在(プリティ・アトムさん、隼大五郎さん、天草海坊主さんなどの1992年時点での近況) この3つを、それぞれの選手にスポットを当てながら丹念に紡いでいくドキュメンタリーです。 私、このドキュメンタリー見た
ことし9月に公開が予定されている映画『福田村事件』。関東大震災直後、流言が飛び交う中、福田村(現在の千葉県野田市)で日本人が朝鮮人と間違われ殺害された事件だ。この実際の事件を題材に劇映画を撮影したのは、森達也監督。オウム真理教に密着して実態を撮影した「A」など数々のドキュメンタリーを世に送り出してきた。今回は、監督にとって初となる長編の劇映画で福田村事件を描く。事件から100年。映画でこだわったのは、善良な群衆が刻々と「加害者」に変貌していく姿だった。森監督に、インタビューでその思いを聞いた。 (千葉放送局記者 武田智成) 福田村事件とは 事件は大正12年9月6日、関東大震災から5日後の福田村で起きた。香川から訪れた薬売りの行商の一行15人が、村にある神社で休憩していたところ、地元の自警団らに朝鮮人と疑われたことをきっかけに一方的に襲われ、子どもや女性を含む9人が殺害された。 当時、「朝鮮
<カメラは由宇子と共に動いてゆく。由宇子がいないシーンはほとんどない。徹底して禁欲的な手法は理解するが、見ながら不満がたまってゆく。志は大いに共感できるし、テーマも素晴らしいのに...> 見たほうがいいよと何人かに言われた。絶賛している友人も多い。だから見た。見終えて吐息が漏れた。感嘆の吐息ではない。微妙過ぎる仕上がりに漏れた吐息だ。 『由宇子の天秤』の由宇子は、女子高生と教師の自殺事件を追うテレビドキュメンタリーのディレクター。保身を優先するテレビ局上層部と対立を繰り返しながら、少しずつ事件の真相に近づいてゆく。しかし由宇子はある日、学習塾を経営する父が隠していた衝撃的な事実に直面する。それはまさしく、自分がいま撮っている作品のテーマに、際どく抵触する事態だった。 ......ざっくりとストーリーを紹介した。ここまでは前半。後半ではドキュメンタリー制作と父親のスキャンダルに絡めて、由宇子
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か? 今回は、植松に「60回くらい」面会してきた、「創」編集長・篠田博之氏へのインタビューをお届けする。 第1回はこちら:相模原障害者殺傷事件とは何だったのか?「普通の人」植松聖との会話 「宮崎事件のときも精神鑑定は大きなテーマになりました」と篠田は言った。「でも最終的には、責任能力ありとなる。それは国家意思であると同時に、もしも責任能力がないと裁判所が判断したら国民感情が許さない、との判断が働いたことも確かだと思います。そしてあの判決以降、裁判所がこれを前提というか暗黙の判例にしてしまったことも確かです」 そう言ってから篠田は顔を上げる。ずっと視線を下に向けていた理由は、おそらく資料を読んでいたのだろう。長い付き合いだけど、Zoomで話すのは初めてだ。
灼熱の一日が終わろうとしている。利根川の川面は西陽をぎらぎらと反射して、河原に作られたゴルフ場では帰り支度の男たちが、和やかに声をかけ合っている。しばらく川沿いを歩き回ったけど、渡し場の痕跡らしいものは見つからない。土手の草の上に僕は腰を下ろす。 当然だけど惨劇の余韻などどこにもない。一陣の風が汗ばんだ頬を撫でる。たぶん78年前のその日も、きっと同じような風は吹いていたと思う。 大正12年9月6日、関東大震災から6日過ぎたこの日、千葉県葛飾郡福田村(現野田市)で事件は起きた。大八車に日用品を積んだ15人の行商人の一行がこの地を通りかかった。福田村三ツ堀の利根川の渡し場に近い香取神社に彼らが着いたのは午前10時ごろ。 この行商人の一行は五家族で構成されていた。一人が渡し場で渡し賃の交渉をする間、足の不自由な若い夫婦と1歳の乳児など6人は鳥居の脇で涼をとり、15メートルほど離れた雑貨屋の前で、
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