『東方巡礼』より. リルケの『若き詩人への手紙』に題を取った. 『若き詩人への手紙』は、詩人志望の青年フランツ・クサーファ・カプスからの手紙に対する、リルケの誠実すぎるほど誠実な返事をまとめた書簡集である. 若き日のロマン・ロランがトルストイに似たようなことをした話は有名だが、トルストイの誠実(おそろしく長い返事を書き送っている)がロマン・ロランの成長と感謝によって大いに報われたのに比べると、リルケの誠実は無駄になった.訳者後記によると、カプス青年はその後つまらぬ大衆小説の書き手となり、今ではすっかり忘れ去られているようである. この訳者後記について、「大衆小説を書くことのほうが、翻訳よりはよほど独創的な作業のような気がする」と吐き捨てているブログ記事を読んだことがある.大衆文芸を見下すことに些かの疑いも持たない訳者の感覚(「みじめな大衆小説を書いているのを僕はこの眼で見た」と書いている)