変化に挑む姿勢が欠けていた 松平容保(まつだいら かたもり)と会津藩の悲劇 -指導者の情報収集責任、なぜ必死にレーダー的情報収集を しなかったのか? 志村英盛 関連サイト:会津戦争 母成峠の戦い 明治維新時の忘れることのできない悲劇の一つが松平容保と会津藩の悲劇 である。1986年年末、この悲劇を取り上げた時代劇ドラマ『白虎隊』が 日本テレビから放送された。 堀内孝雄さんの『愛しき日々』はこのドラマの主題歌である。 白虎隊の少年たちだけではなく、戦場で死んだ人たち、集団自殺した 国家老・西郷頼母の家族21人や多くの武士の家族たち、 邪魔者と見られバンザイ突撃を強いられた老人たちなど、 多くの人たちが死に追いやられた。 城西の日新館野戦病院は火に包まれ、多少なりとも動けるものは 濠(ほり)に身を投じて自殺した。身体の不自由な患者はことごとく焼死し