「しかし、霧はすべての記憶を覆い隠します。よい記憶だけでなく、悪い記憶もです。そうではありませんか、ご婦人」 「悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」 カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』 埋められた記憶 人間はなぜこうも傷つきやすい生き物なのだろうか。生物としてはもはや非合理といえるほどあっけなく、われわれ人類はささいなことで傷つき、痛みを抱えて苦悶する。 一方で、人間はなぜこうも忘れやすい生き物なのだろうか、とも考える。あの日の燃える喜びも空の青さを呪う激痛も、そのままに抱え続けられる人は多くない。しかしだからこそ人間は、傷つきやすいというこの致命的な長所を抱えながらも生き延びられたのだ、とも思う。 忘却は喪失でもあり、恩寵でもある。 忘れられた巨人 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishigu
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