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「テレビにはもう出ない」そんな石原裕次郎を翻意させた後輩のひと言 あの「太陽にほえろ!」をめぐる秘話
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「テレビにはもう出ない」そんな石原裕次郎を翻意させた後輩のひと言 あの「太陽にほえろ!」をめぐる秘話
「もう少し待ってほしい」の一点張りだった 石原裕次郎は結核の療養で、国立熱海病院に昭和46(1971)年... 「もう少し待ってほしい」の一点張りだった 石原裕次郎は結核の療養で、国立熱海病院に昭和46(1971)年から長期入院をしていた。そこを退院した直後だったと思うが、とにかく出演依頼をしてみようということになった。東宝の梅浦プロデューサーが石原プロに電話をするところから、出演交渉は始まった。 今思えば、奇跡的とも思える幸運に恵まれ、「テレビというのはこれから映像の世界で非常に有益なものだ」と考えている銭谷功プロデューサーが交渉の窓口になってくれた。 「これはいい話なので、すぐに石原を口説きます」 これは幸先がいい。早速、企画書を渡して、番組の主旨も説明した。ところが、なかなか返事が来ない。電話をしても、相手は「もう少し待ってほしい」の一点張りだった。こちらができることをするしかない。第1話の台本を届ける。退院した直後だったからか、直接本人と交渉できない。こちらは誠心誠意、出演をお願いするしかな

