エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
「おじさん3人の取締役」を新人含む17人体制へ…サイボウズに転じたヤメ銀が古巣を反面教師にした大改革 「100人100通りの働き方」のために元バンカーが選んだ道
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
「おじさん3人の取締役」を新人含む17人体制へ…サイボウズに転じたヤメ銀が古巣を反面教師にした大改革 「100人100通りの働き方」のために元バンカーが選んだ道
“株式投資預言者”尾上縫の「行」 大阪ミナミに「恵川えがわ」「大黒だいこくや」という料亭があった。 ... “株式投資預言者”尾上縫の「行」 大阪ミナミに「恵川えがわ」「大黒だいこくや」という料亭があった。 経営者の尾上縫はバブルのころ、日曜日になると「行ぎょう」という奇妙な儀式を開いた。 そこで参加者が特定の銘柄を挙げて株価の見通しをたずねると、陶酔状態の(ふりをしている)尾上が「上がるぞよ」「まだ早いぞよ」などと答えた。これが神がかり的な株式投資予言者として評判を呼び、証券会社の営業マンが手数料欲しさに門前市をなした。その中に興銀大阪支店の行員がいた。 尾上は興銀が発行する割引金融債「ワリコー」を二千五百億円以上購入、そのワリコーを担保に複数の銀行やノンバンクから借り入れをして株式投資に振り向けた。中には興銀株も含まれていたので、尾上縫は興銀の個人筆頭株主となり、当時頭取だった黒沢洋が夫婦で恵川を訪れたりした。 一九九一年八月十三日、三和銀行系の信用金庫である東洋信用金庫が緊急記者会見を開き

