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滅ぼし滅ぼされの歴史は日本にも…慈悲と寛容と平和を“宗教”が国家対立の中で暴走するワケ ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ紛争の泥沼化の根本問題
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滅ぼし滅ぼされの歴史は日本にも…慈悲と寛容と平和を“宗教”が国家対立の中で暴走するワケ ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ紛争の泥沼化の根本問題
宗教戦争の歴史は古くて、長い。 11世紀末以降に展開され、キリスト教勢力によるイスラム教の聖地エルサ... 宗教戦争の歴史は古くて、長い。 11世紀末以降に展開され、キリスト教勢力によるイスラム教の聖地エルサレム奪還を目的にした「十字軍の遠征」は有名だ。16世紀の宗教改革では、カトリックとプロテスタントが対立。キリスト教同士で大規模な宗教戦争に発展した。 日本国内の宗教対立の歴史 わが国に目を転じれば、6世紀の仏教導入をめぐる争いは、神道側が反発した図式である。この内戦こそ、わが国における、宗教戦争の最初であった。つまり、仏教受容をめぐる争いは宗教的な論争にとどまらず、政治的な権力闘争へと発展したのである。仏教を国教に取り込み、仏教の力で国を収めようとする権力に対し、古来からの神の世界を守ろうとする権力とが対峙した。最終的には587年の丁未ていびの乱へと発展する。 丁未の乱では、朝廷における政治的な最高権力者である蘇我馬子と、祭祀の最高権力者の物部守屋が交戦した。聖徳太子(厩戸皇子)は蘇我勢に加

