杉田発言 ―「生産性」を指標とする家族論― 平成から令和に時代が移ったその瞬間、あたりまえであるが、夜は昨日とまったく同じように果てしなく続いていた。この際、終わりゆく平成の余韻を味わおうと思い、窓の外にひろがる闇をじーっと見つめていると、宮崎駿でもイチローでも小泉純一郎でもなく、なぜか杉田水脈衆議院議員の顔が現れた。やはり、同議員の発した例の発言がずっとひっかかっていたようで、そのことを抜きにして平成は語れないのではないか、と無意識のうちに思い続けていたのだろう。 「例の発言」とは言うまでもなく、新潮45(2018年8月号)においてなされた、「・・・LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」という発言に代表される一連の挑発的言辞のことである。 一連の発
作家・北条裕子さんのデビュー作『美しい顔』(講談社、4月17日刊行)の一件は4月12日号の本欄でも紹介した。東日本大震災の被災地を舞台に小説として書かれた同作品は昨年春に群像新人文学賞(講談社の文芸誌『群像』主催)を受賞。芥川賞候補作にもなったものの、他方で石井光太さんの『遺体』(新潮文庫)など同震災を題材とした複数のノンフィクション作品との内容的な類似箇所を指摘されたことから騒動に発展。北条さんと講談社側はそうした作品の編著者や版元に対して謝罪し、「協議と交渉」を重ねたとしたうえでようやく同作の改稿版の単行本化にこぎつけたが、類似箇所のある作品として名前の挙がった『3・11 慟哭の記録』(新曜社)の編者・金菱清さんに「『剽窃』の疑われている作品の改訂への関与など断じてありえません」とツイッター上で即座に告発されて再び話題を呼んでいた。 しかもこの騒動が出版業界内で思わぬ方面に飛び火した。
無敵の人は男、という風潮がありそうなので先に書いておく。女の体は持ったが、乳も子宮もいらないと思っている人間だ。必要な方にあげたいと常に思う。 そして社会の底辺に位置している。体はまあまあ動くが、寝たきりの日も多い。 まず、数々の「無敵の人」呼ばわりされている加害者が犯した罪を擁護するつもりはないのをはっきりさせておきたい。 特に今回の件は、絶対に反撃出来ないであろう小学校女子生徒を狙ったものである。同情の余地もない。 誰であれ他者を加害するのは卑劣で許し難いという考えである、だが……という前提で読んでいただけるとありがたい。 犯人が死んでしまい、これから捜査や目的、細かな事情が出てくるかと思うが、様々な意見を読んで、皆「自分に都合のいいストーリー」を作って読み解いていることに愕然とした。 子供やベビーカーに対するヘイトクライムと繋がっている。女をあてがわれなかったインセル。そういう見方も
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