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ネット小説とシリアスに関するm25moriのブックマーク (4)

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  • あなたの遺した春の中で

    きっと、これは、ありふれた別れなんだろう。 同級生の中にも、既(すで)に祖父母を亡くしている奴は結構(けっこう)いる。 人間、年を取れば、いつかはそういうことになるんだから、当たり前のことなんだ……そう、自分に言い聞かせようとする。 覚悟(かくご)を決める時間なんて、たくさんあったはずだった。 おばあちゃんは、いわゆる余命宣告というやつを受けていて、残された時間が一日一日と減っていくのを、カレンダーを見るたび、思い知らされていた。 その一日一日を数えるたび、身の竦(すく)むような思いでいた。 病院のベッドに寝たきりになったおばあちゃんは、会いに行くたびに、どんどん小さく、細くなっていって、時々ハッとするほど存在感を失(な)くしていた。 確かにそこに横たわっているはずなのに、一瞬ベッドと布団しかないように錯覚(さっかく)するほど、身体の厚みがなくなっていた。 そのうちそのまま、いなくなってし

    あなたの遺した春の中で
  • まだ誰も見たことない地平の、

    過ぎたるは、なお及(およ)ばざるが如(ごと)しとは、よく言ったものだ。 行き過ぎた才能、斬新(ざんしん)過ぎる手法(しゅほう)は、いつの時代もすぐには評価されない。 文化人や審査員(しんさいん)といった人々は、口では「我々の想像を超える才能を求む」と言いながら、所詮(しょせん)は自分たちの想像の延長線上にある才能しか見出(みいだ)すことができない。 想像のナナメ上をカッ飛んだ才能は、そもそも視界に入りすらしないのだ。 この真実に辿(たど)り着(つ)くまで、俺も散々(さんざん)悩まされ、苦しんできたものだ。 何せ、地道(じみち)な思考錯誤(しこうさくご)を心が折れそうになるまで繰(く)り返し、それまでの能力の限界さえ超(こ)えて描いた“自分史上最高の傑作(けっさく)”が、まるでそこに存在しないもののようにスルーされるのに、通常運行以下の間(ま)に合わせで描いたような及第点(きゅうだいてん)ギ

    まだ誰も見たことない地平の、
  • 夢見がちな大人が夢を奪ってくるので、僕は夢を秘匿することにした。

    夢を持て、夢を大切に――と、子どもの頃にはうんざりするほど言ってくるくせに、ある程度の年齢になった途端(とたん)、手のひらを返したように、現実を見ろ、夢みたいなことを言うな、と言ってくる。 大人たちのその矛盾(むじゅん)やちぐはぐさを、ずっと疑問に感じてきたが、最近やっとその答えが見えてきた気がする。 何のことはない。 大人たちは口では「夢を大切に」と言いながら、当はこれっぽちも子どもの夢に価値を見出(みいだ)していないんだ。 泣く子に玩具(オモチャ)を与えるように、子どもには夢を見させておけば良いと思っている。 大きくなれば「もうそんなモノで遊んでいるんじゃありません」と取り上げてしまえる程度(ていど)の、そんな思いしか抱(いだ)いていないんだ。 白紙の進路調査票を前に、僕は昔を懐(なつ)かしむ。 小学校の頃(ころ)の文集なら“将来の夢”にどんなことを書いても許(ゆる)されたのに、今は

    夢見がちな大人が夢を奪ってくるので、僕は夢を秘匿することにした。
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