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2011年9月9日のブックマーク (6件)

  • 東国原氏:自民から出馬に意欲 都内の選挙区、党側に打診 - 毎日jp(毎日新聞)

    東国原英夫前宮崎県知事(53)が次期衆院選で自民党からの立候補に意欲を示していることが8日、明らかになった。複数の自民党幹部によると、東国原氏は東京都内の小選挙区からの立候補を関係者を通じて党側に打診した。 東国原氏は4月の東京都知事選で落選後、宮崎県内の小選挙区からの立候補を検討したが、自民党との協議が進まずに断念。今は、25選挙区中8選挙区で自民党が公認候補(支部長)を決めていない東京都に「強い関心を持っている」(自民党幹部)という。 また、党内からは「東京18区で菅直人前首相と対決すれば面白い」と期待する声も上がっている。ただ、18区では落選中の前衆院議員が支部長として返り咲きを目指しており、党都連幹部は、「東国原氏がどこまで気なのか」と困惑気味だ。 東国原氏の事務所は8日、毎日新聞の取材に「人は充電期間中で、特定の選挙に向けた活動はしていない。ただ、政治に携わっていきたいという

    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    歴史的使命が終わった党に今から加入するのか。そんなに総理になりたいのかねぇ・・・
  • 核実験から半世紀 マーシャル諸島、除染・帰島進む : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    放射性廃棄物を封じ込めた「ルニットドーム」(左)。右は米国による核実験で出来たクレーター(8月29日、マーシャル諸島共和国エニウェトク環礁で、読売チャーター機から)=小林武仁撮影 米ソ冷戦時代の1946~58年、米国は中部太平洋、マーシャル諸島共和国のビキニ環礁とエニウェトク環礁で計67回の核実験を行った。8月末、最後の実験から半世紀以上を経た同国を訪ねた。 核爆発の破壊力は苛烈で、原子力発電所事故とは影響や性質は異なる。だが除染を経て人々が帰った島や帰島準備が進む島もあり、「福島再生」への示唆に富んでいた。 8月末、エニウェトク環礁の一部、ルニット島に許可を得て上陸した。放射性廃棄物が埋設され、立ち入りが制限されている無人島。 真っ白な砂浜を横切り、植物のツルをかきわけて進むと、灰色の円形ドームが見えた。直径約110メートル、汚染土壌などを封じ込めたコンクリート製の「ルニットドーム」の表

    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    雑然とした記事。せっかく取材に行ったならもっと詳細にしっかりと書く(書かせる)べき。これでは何が言いたいんだか分からない
  • 在日米軍犯罪・事故 21万件 1952~2010年度/日本人1088人 犠牲に/赤嶺氏に資料 軍事が人権押しつぶす

    在日米軍の兵士や軍属らが引き起こした事件・事故が、1952年度から2010年度までに21万件近くにもおよび、日人の死者は1088人にのぼっていることが7日までに明らかになりました。昨年も死亡事故を含め573件発生しています。現行の日米安保条約の原型である旧安保条約の調印(1951年)から8日で60年を迎えますが、現在でも米軍による犯罪・事故が後をたちません。 旧安保条約調印60年 日共産党の赤嶺政賢衆院議員の要求に、防衛省が資料を提出したもの。旧安保条約が発効した52年度からの事件・事故の総数は20万8029件となっています。うち米軍関係者が公務中に起こしたのは4万8504、公務外が15万9525です。これによる日人の死者は、公務中の場合が520人、公務外が568人です。米軍の施政権下に置かれていた土復帰前の沖縄は含まれておらず、実際はこれを大きく上回ります。 72年の返還後も沖縄

    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    「公務中に起こしたのは4万8504、公務外が15万9525です」「日本人の死者は、公務中の場合が520人、公務外が568人」「本土復帰前の沖縄は含まれておらず、実際はこれを大きく上回ります」
  • みんな渡辺代表、大阪維新の会を支援…ダブル選 : 地方選 : 選挙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    みんなの党の渡辺喜美代表は8日、11月27日に想定される大阪府知事、大阪市長のダブル選について、橋下徹知事率いる地域政党・大阪維新の会の候補者を支援する考えを示した。 渡辺代表は同日午後、大阪市内のホテルで橋下知事と会談後、報道陣に「橋下知事とはアジェンダ(政策課題)が完全に一致している。知事のアジェンダを受け継ぐ候補なら、依頼がなくても勝手連的に応援する」と述べた。

    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    え?>「渡辺代表はこの日午後、大阪市内のホテルで橋下知事と会談後、報道陣に「橋下知事とはアジェンダ(政策課題)が完全に一致している。」」
  • バターン死の行進はやっぱり「ウソ」だった!:イザ!

    歴史通9月号「世界に誇る日人20」を特集 将校に紅茶、将兵は診療、ピクニック 気分で海水浴も。これが死の行進?   歴史通9月号から「バターン死の行進」に関する対談のご紹介です。既に発売から一ヶ月が経過していますが、この号の内容は私好みで素晴らしいです。号の特集は「英雄・豪傑でなくてもー尊敬される日人」と題して、下記のようにお馴染みの識者が多くの日人を推薦しています。恥ずかしながら、このうちの七人を知りませんでした。 また「隠された戦争名画誌上美術展」というカラー特集も素晴らしく、なかでもレオナール・フジタ(藤田嗣治画伯)氏の作品「アッツ島玉砕」には衝撃を受けました。この世の地獄絵図のような凄まじい迫力で見るものを圧倒するパワーを持った一枚だと感じました。 上記の特集とは別に、日米開戦70年「可視化されたバターンの虚構」と題して溝口郁男夫氏と郷美則氏の対談に注目しました。私の

    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    「昼食にハ(ッピー)ターンを3つのみ与えて以後は見せるだけ」という行進を・・・あれ?本気の人か
  • 私も原子力について本当の事を言うぞ:日経ビジネスオンライン

    東日大震災から半年が経過しようとしている。 個人的には、3月11日からの半年間で、時代がすっかり変わってしまった感じを抱いている。 震災以前の出来事は、たった1年前に起きた事件であっても、遠い昔の記憶であるように感じられる。不思議な感覚だ。 震災を契機として、具体的に何が起こって、われわれの精神のどの部分がどんなふうに変化したのかについては、今後、長い時間をかけて、じっくりと検証しなければならないのだと思う。が、細かい点はともかく、わたくしども日人の時代認識が、震災を機に変わってしまったことは確かだ。 一例をあげれば、「戦後」という言葉が死語になりつつある。 これまで、昭和が終わって元号が平成に変わっても、二十世紀が二十一世紀に移っても、「戦後」という時代区分は不動だった。で、その言葉は、つい半年前まで、国民の間に広く共有されていた。 それが、震災を経てみると、「戦後」は、にわかに後退

    私も原子力について本当の事を言うぞ:日経ビジネスオンライン
    mainichigomi
    mainichigomi 2011/09/09
    「中二病なマッチョ志向」「主筆は85歳になっているはずだが、いまだに中二病だ。」