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沖縄と社民党に関するmusashinotanのブックマーク (2)

  • デニー知事の後援会、寄付金の不記載 社民県連側も記載漏れ 22年政治資金収支報告書 沖縄 - 琉球新報デジタル

    玉城デニー知事の後援会が社民党県連から受けた寄付金を巡り、2022年の政治資金収支報告書でそれぞれ不記載と記載ミスがあったことが22日、分かった。社民県連と後援会の担当者は琉球新報の取材に「事務処理上の間違いがあった」などと説明した。県連は22日、県選挙管理委員会に届け出て追加修正した。後援会は26日に届け出る予定。 県選管が公開する玉城氏後援会の22年収支報告書には、社民党県連から年間で計4回(総額221万5千円)の寄付(収入)が記載されている。このうち同年8月24日付の11万5千円が社民県連の報告書に記載がなかった。社民県連は「領収書を確認したところ、支出していた。記載漏れだった」とした。 一方、社民県連の報告書には後援会に支出した寄付が年間で計7回(総額230万円)記載されている。うち8月19と22日、9月5、6日の4回5万円ずつ(計20万円)が後援会の報告書には記載がなかった。 後

    デニー知事の後援会、寄付金の不記載 社民県連側も記載漏れ 22年政治資金収支報告書 沖縄 - 琉球新報デジタル
  • 照屋寛徳氏が死去 前衆院議員、社民党副党首も歴任 76歳 - 琉球新報デジタル

    照屋寛徳氏 衆参両院で通算24年にわたり国会議員を務めた前衆院議員の照屋寛徳氏が15日午後1時42分、西原町の病院で死去した。死因は胃がん。76歳。うるま市出身。 不戦や護憲を訴え続け、参院議員1期、衆院議員6期を務めたほか、社民党で国対委員長や副党首を歴任した。「ウチナーの未来は、ウチナーンチュが決める」との信念を掲げ、保革を問わず幅広く支持を広げた。通夜や告別式は未定。 照屋氏は1945年7月24日に、サイパンの米軍捕虜収容所で出生。前原高、琉球大法文学部を卒業し、沖縄が日に復帰した72年に弁護士登録。嘉手納爆音訴訟、家永教科書裁判などの弁護団に加わり、刑事事件で7件の無罪を勝ち取るなど人権派弁護士として奔走した。 1988年に県議に初当選し、2期務めた。95年の参院選で当選し、国政に転身。2期目を目指した2001年に落選したものの、03年の衆院選で当選し、沖縄2区で社民党の議席を6

    照屋寛徳氏が死去 前衆院議員、社民党副党首も歴任 76歳 - 琉球新報デジタル
    musashinotan
    musashinotan 2022/04/15
    ご冥福をお祈りします。
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