異端の建築家、安藤忠雄。大阪の下町に育ち、17歳でプロボクサーとして活動したのち、独学で建築の道へ。大阪を拠点に世界で活躍する。「学歴も社会基盤も、特別な才能もない。困難ばかり。ひたすら全力で生きるしかなかった」。今年、79歳。がんで5つの臓器を摘出するも、いまだ現役だ。一心不乱に生きること、不屈の精神を語る。(取材・文:塚原沙耶/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
初日の出暴走、通称グラチャンの季節だ。 そこで暴走族の車バイク、通称族車のトンチキなデザインがどっから来てるかを説明しようと思う。 増田は暴走族やヤンキーじゃないがはてなー平均よりはヤンキー文化に近いってくらいだ。 それじゃあ行くぜそこんとこ夜露死苦。 族車デザインは過去の「スピードへの憧れ」の形の寄せ集めまずは「google:image:族車」で画像検索してくれ。 さて全然速く走る事に頓着が無いというか速く走れない族車デザインだが、元はレースカーや街道レーサーの特徴をコピーしていた。 だがそれらの文脈を考えずに合体され、更に右翼ファッションの流入によってスピードの文脈が無くなって形だけが意味を持つようになった。 でもファッションというのはみんなそうであってWWIの塹壕戦防寒軍服がビジネスシーンでの正装になったり、ゴールドラッシュの作業着が反抗の象徴になってカジュアルで定着したり、警官の防
AIによって生成された、有名画家風のタッチで描かれた暴走族の絵がネット上で話題になっています。 星月夜の下でサイクリング? 後ろの人たちは一体…… アタシ(@RYUSEI_gbf)さんが投稿したのは、LINE上で利用できるAI画像生成サービス「お絵描きばりぐっどくん」を使って出力した2枚の画像。それぞれ「ゴッホの暴走族」「クリムトの暴走族」というワードで生成されたもので、どちらもその画家の特徴的な画風が再現されています。しかし「暴走族」の要素は、なぜか人々が自転車に乗っているような姿として処理されることに。暴走という言葉のイメージからは懸け離れた、どこか牧歌的な雰囲気が漂っています。 この投稿には「面白いwww」「笑いが止まらなくなった」「星月夜を爆走するチャリ軍団良すぎる」といったコメントが。また、「ピカソの暴走族」「葛飾北斎の暴走族」など、他の画家の名前で画像を生成してみる人も多数。さ
神奈川県で最大規模とされる暴走族のリーダーが逮捕された。容疑は2つ。去年10月30日に、川崎市内などで暴走行為を繰り返した「道路交通法違反」と、暴走族から脱退しようとした少年に対して、脱退を妨害するメールを送った「神奈川県暴走族追放条例違反」だ。 【画像】神奈川最大の暴走族「川崎宮軍団」の実態とは(画像4枚) 神奈川最大の暴走族 リーダーは43歳自称・建築業の藤井敏容疑者は、神奈川県で最大規模の暴走族「川崎宮軍団」(以後、「軍団」と記載)のリーダー。年齢は43歳。軍団は、横浜市や川崎市の暴走族や旧車會など19グループから構成されていたという。いわゆる暴走族などの連合体だ。構成員は、中学生から40代ぐらいまでの男女およそ400人にのぼっていた。 神奈川県警によると、藤井容疑者は、10代から暴走族のメンバーで、暴走行為などにより、繰り返し検挙されていたとのこと。また旧車會に所属したこともあった
https://anond.hatelabo.jp/20230105180645 の続き 60年代カフェレーサーカフェレーサーというのは1960年代にイギリスで流行ったロッカーズという街道レーサー達の乗っていた改造バイクで、ハンドルを下げて前傾姿勢にしてロケットカウルを付ける。因みに当時の英国ではモッズという改造VESPAやランブレッタスクーター乗りのもいて、両者は反目して喧嘩ばかりしていた。モッズとはmodern+sである。 カフェレーサーで使われるロケットカウルはセパレートハンドル、通称セパハンとの組み合わせが前提だ。フロントフォークの上に付く一本バーハンドルを取っ払って両方のフロントフォークに直接短いハンドルを付けて高さを下げるのがセパハンだ。 このロケットカウルを族車ではプレスライダー由来の上向き絞りハンドルと組み合わせてしまう。 すると、カウルのハンドルの逃げの切り欠き位置が合わ
位置情報アプリを使い暴走場所を共有、目的地は「インスタ映え」で決定-。スマートフォンの普及など環境の変化や世代交代に伴い、暴走族が様変わりしてきている。兵庫県警交通捜査課などは2019年3~7月、兵庫や大阪で集団暴走し信号無視などをした15~18歳の少年ら計102人を摘発した。その捜査過程で見えた、近年の暴走の形態とは。(堀内達成) 【写真】酒気帯び?レーサー レース直前にパトカーと“一戦” 「最近の暴走族は、友達がいる場所が地図で分かるスマホのアプリを使っていますね」と県警担当者が明かす。バイクで数人が走り始めると、アプリでその動きに気付いた仲間が同じ方向へと走りだす。さらに、別の仲間も「俺も」と次々合流していくのだという。 かつて暴走族といえば、所属するチーム名を誇示し、固定メンバーが数十人単位で、日時を決めて走る形態だった。それが近年は、インターネットの会員制交流サイト(SNS)で緩
神奈川県最大級の暴走族のリーダーの43歳の男が、およそ150人でバイクで蛇行運転などした疑いで逮捕されました。 【画像】この日、容疑者らは、ハロウィーン仮装で暴走行為を繰り返していたという(画像3枚) 藤井敏容疑者(43)は去年10月、川崎市川崎区から横浜市戸塚区までおよそ30キロにわたり、仲間らおよそ150人とバイクなど100台で蛇行運転などの暴走行為を繰り返した疑いが持たれています。 警察によりますと、藤井容疑者は、およそ400人から構成される神奈川県最大級の暴走族「川崎宮軍団」のリーダーで、この日はハロウィーン暴走を仮装して行っていたということです。藤井容疑者は若い頃から暴走行為を繰り返していたという事ですが、黙秘しているという事です。
女を乗せてイキってた福岡の暴走族、イノシシに衝突して転倒 逮捕 1 名前:赤色超巨星(SB-Android) [KR]:2021/12/10(金) 14:41:15.39 ID:jldUZdn/0 福岡県糸島市の国道をバイクで集団暴走したとして県警糸島署は9日までに、糸島市内の高校生ら17〜19歳の少年少女10人を道交法違反(共同危険行為など)容疑で逮捕、書類送検したと発表した。「仲間と暴走を楽しみたかった。女の子に良いところを見せたかった」と話し、全員容疑を認めているという。 送検容疑は2020年8月12日午前3時15分ごろ、糸島市二丈松末の国道202号でバイク5台に分乗し、道路一杯に広がって走行したり、蛇行運転したりしたとしている。 また、糸島署はグループのうち男子高校生(18)を同日午前1時半ごろ、糸島市二丈吉井の県道を無免許で走行した容疑でも追送検。バイクはイノシシと衝突して転倒し
神奈川県川崎市で、バイクに乗り、暴走行為を繰り返したとして、暴走族のメンバーら少年15人が検挙された。リーダーの少年の18歳の誕生日に合わせて、「今回で引退だ」などと言って集まっていたという。 【画像】信号無視、蛇行運転、県警のカメラが捉えた暴走行為の様子。リーダーのバイクには花束が・・・(画像8枚) 検挙されたのは、暴走族「ワイルドソウル」「ワイルドソウル若竜会」「YTM44」「044スタイル」のメンバーら少年15人。 調べによると15人は、去年9月25日午後9時半ごろ、川崎市高津区から宮前区にかけて、およそ5.6キロに渡り、信号無視や、蛇行運転、反対車線にまで広がって走行するなど、バイクで暴走行為を繰り返した疑いが持たれている。 神奈川県警暴走族対策室によると、今回、検挙された15人のリーダーが、自分の18歳の誕生日を迎える前に、SNSなどを通じて、「今回で引退だ」などと言って仲間を集
1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/05/11(月) 01:17:52.548 ID:9zt/csXQd
【神奈川】暴走族「不死鷹(ふしちょう)」のメンバー23人を書類送検 バイクで集団暴走 「ルールに縛られたくなかった」などと供述 1 名前:シャチ ★ :2021/09/21(火) 18:29:22.64 ID:felFSHVc9 オートバイなどで集団暴走したとして、神奈川県警交通捜査課などは21日、横浜市港南区に住む会社員の少年(16)ら23人を道交法違反(共同危険行為)などの疑いで書類送検したと発表した。23人は暴走族グループ「不死鷹(ふしちょう)」のメンバーで、調べに対し「自由でいたくて、ルールに縛られたくなかった」などと供述しているという。 書類送検容疑は2020年6月13日午後10時ごろ、横浜市泉区の県道で、オートバイや原付きバイク計14台に乗って信号無視や広がり走行などの危険行為を繰り返したなどとしている。いずれも容疑を認めているという。 交通捜査課によると、23人のうち6人は無
山本貴嗣 @atsuji_yamamoto 漫画家1959年山口県防府市に生まれる。メタルマックス等ゲームのキャラデザや本の挿絵も。防府高校、中央大学卒(哲学科教育学専攻心理学専修)ツイートが下ネタから形而上まで時にかなり偏りますので付き合いきれんと思われた際はご遠慮なくリムーブ再開何度でもどうぞ。善悪死生観は人により異なりますので一切不干渉で願います。 atsujiya.booth.pm 山本貴嗣 @atsuji_yamamoto 『アキラ』の頃のバイクの熱さみたいなのは当時を知らない人にはあまりピンとこないと思う。暴走族だからバイクなんだろ?みたいな単純なものじゃなく。これは当時の漫研仲間がちょっと集まった時の写真だけど族でもなければバイク研でもなくただの漫研(ただ大学が八王子だった)聖蹟桜ヶ丘のアパート pic.twitter.com/eJUZwFZQlP 2021-12-26 06
神奈川県川崎市で、バイクに乗り、暴走行為を繰り返したとして、暴走族のメンバーら少年15人が検挙された。リーダーの少年の18歳の誕生日に合わせて、「今回で引退だ」などと言って集まっていたという。 少年15人が検挙された暴走行為の様子(去年9月 神奈川県警提供) この記事の画像(8枚) (神奈川県警提供) 検挙されたのは、暴走族「ワイルドソウル」「ワイルドソウル若竜会」「YTM44」「044スタイル」のメンバーら少年15人。 調べによると15人は、去年9月25日午後9時半ごろ、川崎市高津区から宮前区にかけて、およそ5.6キロに渡り、信号無視や、蛇行運転、反対車線にまで広がって走行するなど、バイクで暴走行為を繰り返した疑いが持たれている。 神奈川県警暴走族対策室によると、今回、検挙された15人のリーダーが、自分の18歳の誕生日を迎える前に、SNSなどを通じて、「今回で引退だ」などと言って仲間を集
3年ぶりに実家に帰った。 無人駅からの見慣れた帰り道。心なしか家が減ったような気がする。 実家の軒先にツバメが巣作りをしていた。今年は4家族。かわいい。 うちの町は朝と夕方に防災無線からメロディが流れる。メロディに合わせてチュンチュン鳴くツバメたち。うん、かわいい。メロディに向かって遠吠えをしていた、もう亡くなってしまった犬を思い出した。あいつもかわいかったな。 タケノコごほんと山菜の天ぷらをめっちゃ食べた。近所の人がくれたり、道の駅で買ったり。そういう良さがここにはある。 夜は信じられないくらいの暗闇。ときおり列車が通って、踏切の音が聞こえる。静か。カエルはまだいない。 突然、遠くの道路からパラリラ、パラリラとクラクションが鳴り響く。暴走族だ。人いたんだ……。それぐらいしかすることがないのかもしれない。 徒歩でいける個人商店が閉店していた。一番近いセブンイレブンがコインランドリーになって
先月、大阪吹田市の住宅に押し入り、この家の男性の手足を縛った上、金庫から現金およそ3600万円などを奪ったとして、警察は、兵庫県に住む暴走族グループの少年2人を強盗傷害などの疑いで逮捕しました。 この事件は7月20日、吹田市千里山西の住宅に、宅配便を装った3人組の男が押し入り、この家の76歳の男性にスプレーを吹き付けた上、粘着テープで手足を縛り、金庫にあった現金およそ3600万円や高級腕時計を奪って逃げたもので男性は、両ひざに軽いけがをしました。 警察は男らが乗った車の映像が残る防犯カメラをたどるなどして捜査を進めたところ、このうち2人が兵庫県内まで逃走していたことが分かり、昨夜、強盗傷害などの疑いで逮捕しました。警察は2人の認否を明らかにしていません。 警察によりますと、2人は兵庫県内の同じ暴走族グループで、被害にあった男性との面識は確認されていないということです。警察は2人が被害者宅に
居場所をなくし、孤独と恐怖に苛まれ ――『女子少年院の少女たち』を書くに至るまでに、さまざまな経験をされたかと思います。まずは中村さんが女子少年院に送致されるまでの経緯を教えてください。 中村 子供の頃は家にいたくなくて、同じ気持ちを持った子たちと知り合ってからはどんどん悪いことを覚えていきました。中学2年生のときに暴走族の仲間と出会って、家にも学校にも居場所を感じられなかったけど、そこが居心地のいい場所になって。 “チームを大きくしたい”というやりがいも見つけて、仕立てた特攻服をみんなお揃いで着るのも、今で言うコスプレ感覚で楽しかった。中学校卒業の時期に、まわりが進学するなかで“私は暴走族として生きる”って決意して、卒業から半年後には暴走族の総長になっていました。 そうなったら今度はもっと暴走族を極めたくなって。その結果、傷害事件で少年院送致になりました。ただ、そこでは全く反省していなく
暴走族のパシリになる 私は広島市で暴走族少年らへの調査を進めるなかで、次第に暴走族のパシリとなっていった。パシリとは「使い走り」のことで、おにぎりの買い出しなど、先輩たちの指示を忠実に実行する役割である。50円玉1枚で3人分の牛丼を買って帰るよう、10代の暴走族リーダーの少年に言いつけられたこともあった。 リーダー これ(50円玉)で(牛丼を3つ)買ってきて。 ――ぜんぜん足らないっすよ。 リーダー あとで払うから。 ――お願いしますよ。 ......(結局、追加で100円しかもらえなかった) ――1個50円になってるじゃないですか(笑)。 リーダー 打越、大人なのにお金にうるさいなー。 普段はパシリとしてこき使うのに、支払いのときだけ大人扱いされた。当時は、パシリとしての役割をまっとうしようと気負っていたので、おにぎりを買う際には少し高めの、鮭と昆布のおにぎりを買って行った。リーダーの少
位置情報アプリを使い暴走場所を共有、目的地は「インスタ映え」で決定-。スマートフォンの普及など環境の変化や世代交代に伴い、暴走族が様変わりしてきている。兵庫県警交通捜査課などは2019年3~7月、兵庫や大阪で集団暴走し信号無視などをした15~18歳の少年ら計102人を摘発した。その捜査過程で見えた、近年の暴走の形態とは。(堀内達成) 「最近の暴走族は、友達がいる場所が地図で分かるスマホのアプリを使っていますね」と県警担当者が明かす。バイクで数人が走り始めると、アプリでその動きに気付いた仲間が同じ方向へと走りだす。さらに、別の仲間も「俺も」と次々合流していくのだという。 かつて暴走族といえば、所属するチーム名を誇示し、固定メンバーが数十人単位で、日時を決めて走る形態だった。それが近年は、インターネットの会員制交流サイト(SNS)で緩やかにつながり、その場その場で少人数が短時間走る形が主流に。
今年1月に開かれた東京都東大和市の成人式で、会場周辺で暴走行為を行ったとして、警視庁交通執行課などは、道交法違反などの疑いで、東京都武蔵村山市岸の会社役員、儀保恭祐(ぎぼきょうすけ)容疑者(21)ら20~21歳の男4人を逮捕、17~21歳の男女22人を書類送検した。調べに対し、儀保容疑者は「間違いないが、逮捕は納得がいかない」と容疑を一部否認している。 交通執行課などによると、儀保容疑者が会員制サイト(SNS)で仲間を募り、東大和市の成人式会場の「ハミングホール」と西武鉄道東大和市駅ロータリーの間の約500メートルで、バイク5台、乗用車9台で隊列を組み、ゆっくり進んだり、旗を振り回したりする暴走行為をしていたという。儀保容疑者はセグウェイや徒歩で先導した。 逮捕、書類送検容疑は17~21歳の男女26人が共謀して、1月10日午後3時半ごろ、東大和市駅近くで、バイクや乗用車で低速走行や蛇行運転
「日本にこんな場所が…」窃盗犯が住み着いた部屋、暴走族に破壊しつくされたラブホテル…廃墟データベース運営に聞いた“魅力”と忘れられない4つの「部屋」 なぜ人は“廃墟”に惹かれるのか。日本では30年ほど前に“廃墟ブーム”なるものが到来して以降、今でも根強いファンが大勢いる。WEBサイト『廃墟検索地図』を運営するHaikenさんに、その魅力と特に印象に残っている場所を聞いた。 2600箇所以上もの廃墟を見てきたマニア『廃墟検索地図』は、地図から朽ちた建物や産業遺構などを見つけ、概要や歴史、写真を探せるアーカイブ・データベースだ。Haikenさんはもともと、廃墟ブームのときに出版された書籍や、WEBサイトを見る一読者だったが、Google Maps APIが公開され、多くの個人開発者がこれを利用したスモールサービスを立ち上げていたのを受けて、自身もサイトを立ち上げることにしたという。 「私は以前
光照山 蓮久寺 ©文藝春秋/撮影・宮崎慎之輔 住職になる前は3年程極貧生活をしていました。京都は学生街なので、学生さんに2階だけ貸しますよというところがあって、「その2階を家族で貸してください」と頼んで、無理矢理住ませていただいていましたね。 ――なぜ蓮久寺の住職になったのでしょうか? 三木 実はこのお寺自体、廃寺が決まっていたお寺だったんです。ですからもう檀家さんがほとんどいなくて。その当時、私は水道・電気・ガスが止まるような生活をしていたので、(蓮久寺に住めば)まず家賃がかからない。雨漏りするよとか、壁壊れているよと言われていたんですけど、「いやもう全然、家賃がかかるよりは良いです」と言って。そんな不純な動機で来たいというのがひとつ。 光照山 蓮久寺 ©文藝春秋/撮影・宮崎慎之輔 もうひとつは、私が以前、(蓮久寺で)綺麗な部屋を見たのですが、その部屋をもう一度見たかったんです。なので、
「来てくださるのはありがたいのですが、マナーは守っていただきたいというのが本音です」 【画像】旧車會を取り締まる茨城県警 そう話すのは、ある有名な観光地の「道の駅」で働く男性だ。この道の駅には、これまでに改造バイクの集団が何度も訪れ、毎回のように敷地内にゴミや火のついたタバコをポイ捨てしたり、騒音を立てて走ったりするなどの迷惑行為があったという。 こうした行為を繰り返す集団は「旧車會」と呼ばれ、若いころに暴走族だった中年などが、旧型のバイクを暴走族風に改造して集団で走行している。未成年中心の暴走族とは異なり、日中は仕事があることから、週末や連休に行楽地に繰り出すことで知られる。 中には、暴走族のように違法で危険な走行をする旧車會もあり、各地の警察は警戒を強めているという。旧車會の迷惑な実態を取材した。 ●「子連れ」で迷惑行為をする旧車會 冒頭に触れた「道の駅」は、週末や連休になれば、特産品
当時、私は25歳。「ティーンズロード」の立案者であり、初代編集長の比嘉健二氏に「車の雑誌の編集者にならないか」と誘われ、車好きだったこともあり、何も考えずにこの出版業界に入ったわけですが、いざフタを開けてみれば、車は車でも「暴走族の専門誌」(苦笑)。 しかもその時代、すでに東京では暴走族を見かけることも少なく、正直「もう暴走族なんていないでしょ~」とまで思っていました。 案の定、雑誌が創刊してから4号目までは全くと言っていいほど売れず。編集長だった比嘉氏も「次が売れなかったらオレ会社辞めるから……」と言っていたのを覚えています。 しかし、そのころ1通の封筒が届いたのです。封筒の中にはサラシにニッカポッカ姿の少女たちが20人近く写った紙焼きの写真と、「私たち気合入っているんで取材に来てください」という内容の手紙が同封されていました。 当時は「レディース暴走族」という存在が世間でまだ認知されて
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