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  • 追悼:中山俊宏教授が拓いたアメリカ政治「3つの往復」 | SPFアメリカ現状モニター | 日米関係インサイト

    今年5月に急逝された中山俊宏慶應義塾大学教授を偲ぶ会が、関係者を招いて9月11日にしめやかに行われた。「中山俊宏とアメリカ」と題された記念シンポジウムでは、中山教授のお仕事やお人柄に親しんできた関係者から、中山先生の広範かつ奥の深い業績が多角的に共有され、貴重な機会となった。中山教授が座長として牽引された本プロジェクト「アメリカ現状モニター」のメンバーも複数登壇した。モデレーターとして森聡慶應義塾大学教授、パネリストとして渡部恒雄笹川平和財団上席研究員および筆者が登壇した。 本稿は、渡部恒雄著「故中山俊宏教授が示した日米同盟における価値観とは?」(『アメリカ現状モニター』No.123)に続く、中山先生を偲ぶ追悼の寄稿であるが、非公開式典の性格と諸般の事情により関係者へのプライバシー等に配慮する形で、筆者のシンポジウム報告に一部修正を加え改稿した。 ****** 中山教授はご専門のアメリカ政

      追悼:中山俊宏教授が拓いたアメリカ政治「3つの往復」 | SPFアメリカ現状モニター | 日米関係インサイト
    • <評伝> 「オーダー!」のバーコウ英下院議長、貫いた独自路線 - BBCニュース

      10月に退任すると発表したジョン・バーコウ英下院議長(56)は、時に独自路線を貫き、伝統ある議長職のあり方を大きく変える一方、時には与野党から共に批判され、政界の分裂に寄与してきた。 保守党の下院議員から2009年に下院議長に選ばれたバーコウ氏は、毎週の首相質問をはじめ、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)で揺れる下院の審議を、「オーダー! オーダー!(静粛に!)」と繰り返しながら采配してきた。

        <評伝> 「オーダー!」のバーコウ英下院議長、貫いた独自路線 - BBCニュース
      • 2022年に読んだ本 - タカオブログ

        2022年はけっこう本を読めた。 70冊くらいと、ZINEや歌集も合わせれば、もうすこしあるかもしれない。 就活と院試をやってたはずなのに、なーにダラダラしてんだという感じだ。 ーーー ほんとうは誰かと「よかった本を共有する会」みたいなのを、一度できれば十分だったけれど、友達が少ないからか、声をかける勇気がなかったからか、とうとう年内にそういうのができなかった。 あっというまに正月、とても暇だし、文章にしてみることにした。 ーーーーーーーーー よみもの系ベスト3 ○大阿久佳乃『のどがかわいた』 授業の合間に、国立の本屋でみつけたエッセイ集。タイトルと表紙のイラストに惹かれて買ってしまった。 読みはじめたら止まらなくて、けっきょく授業をサボってしまったので、正確には「授業の合間」ではありません。 ーーー 筆者が詩や物語のたのしんだり、自身の内面から必死に言葉をすくいとったりする様がとてつもな

          2022年に読んだ本 - タカオブログ
        • ソニー元会長兼グループCEOの出井伸之さん死去 デジタル化推進

          ソニー(現ソニーグループ)の社長や会長を10年間にわたり務め、同社のビジネスのデジタル化を推進した出井伸之(いでい・のぶゆき)氏が2日、肝不全のため死去した。ソニーグループが7日、発表した。84歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、偲(しの)ぶ会を開く予定。 早大を卒業し、昭和35年にソニーに入社。平成7年に大賀典雄氏の後任として14人抜きで社長に就任し、インターネット社会の到来を見据えたビジネスの転換を進めた。10年に最高経営責任者(CEO)となり、12年から17年まで会長兼CEOを務めた。12年に始まった政府のIT戦略会議の議長を務め、日本のIT戦略の推進に尽力したほか、経団連副会長も務めた。 後任の会長兼CEOに英国出身のハワード・ストリンガー氏を指名したことも注目を集めた。ソニーのCEOを退いた後は、ベンチャー企業の育成や支援を手掛ける会社をつくった。 出井氏のもとで

            ソニー元会長兼グループCEOの出井伸之さん死去 デジタル化推進
          • 大原孫三郎と「大正の社会実験」・知恵とセンスと想いを込めてお金を使う - そういちコラム

            7月28日は、大正~昭和初期の実業家・大原孫三郎(1880~1943)の誕生日です。 大原は地元の倉敷(岡山県)で、親から受け継いだ会社(倉敷紡績など)を経営しながら、孤児院、社会問題の研究所、総合病院、美術館などの社会事業を手がけました。 大原がおもに活動した大正期は、明治における近代化の基礎に立って、一部の恵まれた人たちが、福祉や文化の向上をめざすさまざまな試み――社会実験といえるものを行った時代でした。 たとえば大正デモクラシーは、そんな社会実験の一部といえます。「画一的教育の打破」「子どもの個性や創造性を生かす」ことをテーマにした「大正自由教育」の運動もありました。 明治国家は、政府による社会政策には冷淡でした。公共の文化施設はまだ皆無。明治末になっても、図書館は少なく、本格的な美術館はなかった。 大正時代は、文化・福祉の向上に必要な「公のサービス」をつくりだす運動が、民間で行われ

              大原孫三郎と「大正の社会実験」・知恵とセンスと想いを込めてお金を使う - そういちコラム
            • 堀和恵『評伝 伊藤野枝 〜あらしのように生きて〜』 - 紙屋研究所

              今年は伊藤野枝が官憲に虐殺されて100年である。そのメモリアルのイベントも福岡市で行われる。 9月15(金)&16(土)「伊藤野枝100年フェスティバル」のチケットは3種類。 ・2日間通し券(前売¥3,000) ・16日午後券(講談、講演、座談会=前売¥2,000、当日¥2,500) ・映画券(映画、矢野氏講演、シンポ、舞台=¥1,000、当日¥1,200) ※フィールドワークは締め切りました。#伊藤野枝 #福岡市 pic.twitter.com/o8UTnIpPlI — 伊藤野枝100年プロジェクト (@Itounoe100) 2023年8月11日 伊藤野枝に関する本というものは、山のようにある。 本書(堀和恵『評伝 伊藤野枝 〜あらしのように生きて〜』)は出版社(郁朋社)の賞である「第23回歴史浪漫文学賞(創作部門特別賞)」を受賞した。同賞のサイトのトップには「郁朋社は、より本格的に、

                堀和恵『評伝 伊藤野枝 〜あらしのように生きて〜』 - 紙屋研究所
              • コロナ危機の今、思い出したい「経営の神様・稲盛和夫の名言」 アフターコロナのリーダー新条件

                先を見通すのが難しい今、稲盛和夫はどんな言葉を語るのか──。稲盛氏の評伝『思い邪なし』の著者で作家の北康利氏が、稲盛氏がこれまで残した金言と、その裏に隠された経営の神髄を解説する。 頂点を極めた人に共通するもの 私はこれまで、さまざまな分野で頂をきわめた人たちの評伝を書いてきました。彼らには共通点があります。それは、人間の本質をつかんでいるというところです。経営であれ、政治であれ、教育であれ、それらはすべて人間の営みなのですから、人間というものは何かがわかっていなければ、成功を収めることはできません。

                  コロナ危機の今、思い出したい「経営の神様・稲盛和夫の名言」 アフターコロナのリーダー新条件
                • 問題は男性。野心も欲望も薄いよ 林真理子さんが見る今:朝日新聞デジタル

                  平成の30年間、恋愛小説から歴史小説、評伝、エッセーなど多くのジャンルで書き続けてきた作家の林真理子さん。自分を「怠け者」と言ってはばからない林さんだが、2013年刊行の「野心のすすめ」では、野心や努力の大切さを説いた。昭和にデビューした「女流作家」の最後の世代に、時代の移り変わりはどう映るのか。 <strong>作家・林真理子(はやし・まりこ)さん</strong> 1954年生まれ。86年に「最終便に間に合えば/京都まで」で直木賞。週刊文春、an・anのエッセーも人気。「元号に関する懇談会」有識者の一人。 ――東大の入学式での上野千鶴子さんの祝辞は読まれましたか。 「すごい反響でしたね。恵まれた環境と能力を、恵まれていない人のために使って、というくだりにはとても共感しました。ただ『東大女子が合コンで引かれる』という部分はちょっと……。輝かしい未来が待っているんだから、合コンで引かれるく

                    問題は男性。野心も欲望も薄いよ 林真理子さんが見る今:朝日新聞デジタル
                  • 世界に指名される三重の工業薬品会社、「オンリーワン品質」の秘密

                    ルポライター。1959年、東京生まれ。早稲田実業学校卒業後、早稲田大学第一文学部卒業。これまで経済誌や総合誌を舞台に、企業経営者(特に中小企業)、職人、研究者などのインタビュー記事を多数執筆。近年は人物評伝に注力。主な著書に『全員反対! だから売れる』(新潮社2004年)、『よくわかる介護・福祉業界』(日本実業出版社2007年改訂版)、『ヤフー・ジャパンはなぜトップを走り続けるのか』(ソフトバンククリエイティブ2006年)、『満身これ学究 古筆学の創始者、小松茂美の闘い』(文藝春秋2008年)、『大好きなニッポン、恥ずかしいニッポン』(マガジンハウス2011年)、『らくだ君の「直言流」』(出版芸術社)2014年)などがある。 katsumi-y@my.email.ne.jp 飛び立て、世界へ! 中小企業の海外進出奮闘記 小さくても特定の商品やサービスで世界的なシェアを持ち、グローバルに活動

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                    • 森田童子さんの評伝本、遺族「許諾を得たなんて嘘」と激怒でお蔵入り騒動

                      記念すべき森田さんのファーストアルバム『GOODBYE グッドバイ』のジャケット(画像はユニバーサルミュージックジャパンのホームページより) 世の中には謎のままにしておいた方がいいこともある。亡くなった人の謎であれば言うまでもない。その“パンドラの箱”を、不作法に開けた人と遺族との間でトラブルが起こっているという。懐かしい女優の名前も聞こえてくるが、どうやら誰もが悲しむ状況で──。 儚さを感じさせる、つぶやくような歌声。カーリーヘアにサングラス姿という中性的なスタイルで、男性か女性かさえも明確にせず、“謎の歌手”と評された森田童子さん(享年66)。1975年にデビューするも、シングル発売は4枚のみ、たった8年で引退してしまった。当時の映像や写真はほとんど残っていない。 「1993年、ドラマ『高校教師』(TBS系)の主題歌に起用された森田さんの楽曲『ぼくたちの失敗』は、CD売り上げが100万

                        森田童子さんの評伝本、遺族「許諾を得たなんて嘘」と激怒でお蔵入り騒動
                      • 「集まるのが大事」第一回合宿勉強会の記録+(政治的・宗教的)自己紹介|えもいえ

                        以下は七月三日から五日にかけて「集まるのが大事」と銘打って行われた合宿勉強会の記録である。 主催者は、自粛の圧力に抗してバーを開きつづけた松山孝法氏、共栄主義者、ファシストのトモサカアキノリ氏、そして現代アートの文脈で渋家(シブハウス)というネットワークないしシェアハウスを制作した齋藤恵汰氏の三名。大阪某所で行われた。日程は以下の通り。 七月三日 「技術と経済」 松田卓也: コロナとシンギュラリティ 井上智洋: 最強国家日本の作り方 七月四日 「芸術と批評」 大野左紀子: アートという病 黒嵜想: 批評がスパイ 尾崎兄弟に関する調査報告書、ならびに試論 五野井郁夫: コロナ禍後の生政治のグローバルな展開 七月五日 「音楽と革命」 切腹ピストルズ飯野隊長: 日本やり直し考二〇二〇 外山恒一、ロマノ・ヴルピッタ: ファシズム、現代、日本 外山恒一: 外山恒一トークライブ 以下の記録は以上の講演

                          「集まるのが大事」第一回合宿勉強会の記録+(政治的・宗教的)自己紹介|えもいえ
                        • ioritorei’s blog

                          はじめに 最近はもっぱら邦画ばかり観ているが、だからといって洋画をまったく観ないというわけではない。 だが、洋画然とした派手な作品はあまり得意ではない。 だからアクション映画はあまり観ない。 では、いったいどんな洋画なら観るのか? 本稿では好んで洋画を観ようとしない人間でも、何度でも観たいと思った洋画をご紹介したいと思う。 アメリカ映画(1985〜1990年) バック・トゥ・ザ・フューチャー3部作 バック・トゥ・ザ・フューチャー3部作 そんなことまで見越して撮影していたの!?映画史上最もシリーズ繋がりが滑らかな3部作品 バック・トゥ・ザ・フューチャー 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とは あらすじ バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』とは あらすじ バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART

                            ioritorei’s blog
                          • 出版をささえる「志」について

                            あけましておめでとうございます。おかげさまで「マガジン航」は創刊11回目の新年を迎えることができました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 *  *  * この年末年始は、戦後の出版史にかんする本をずいぶん読んだ。いま、日本の出版界は「再起動」が求められている。そのための手がかりがみつかるのではないかと思ったからだ。 ちょうど中央公論新社から、みすず書房の創業者・小尾俊人の1965年から85年にかけての詳細な業務ノートが『小尾俊人日誌 1965-1985』として刊行されたので、この本をきっかけに『小尾俊人の戦後――みすず書房出発の頃』(みすず書房)を読み、続けてこの本の著者である宮田昇さんが書いた『戦後「翻訳」風雲録』(本の雑誌社)とその改訂版『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)を読んだ。さらに『風雲録』でも詳細に触れられているSF作家・翻訳者の福島正実の自伝、『未踏の時代――日本S

                              出版をささえる「志」について
                            • タクシー運転手の手首を日本刀で斬り落とし、爆破テロで大臣襲撃…「最高最大の豪傑ボクサー」野口進とは何者か(細田昌志)

                              井上尚弥、井岡一翔、村田諒太ら7人もの世界王者を輩出するなど、黄金期の只中にあると言っていい現在の日本のプロボクシング。 しかし、「拳闘」と呼ばれた黎明期について書かれた書籍は思いのほか少ない。もちろん、ボクシングだけに関して言えば一連のモハメド・アリの書籍をはじめ、マイク・タイソンの半生を赤裸々に綴った『真相─マイク・タイソン自伝』などのノンフィクション、『一瞬の夏』(沢木耕太郎)、『殴り殴られ』(安部譲二)、『遠いリング』(後藤正治)など一流の書き手による名作もあるにはあるが、野球やサッカーと比較して、ルーツを詳細に記した書籍は、市民権を得たプロスポーツにしては少ないかもしれない。 「最高最大の豪傑ボクサー」とは何者か 筆者は『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)を著述するにあたって、主人公野口修の父、野口進の人生もつぶさに追った。 「最高最大の豪傑ボク

                                タクシー運転手の手首を日本刀で斬り落とし、爆破テロで大臣襲撃…「最高最大の豪傑ボクサー」野口進とは何者か(細田昌志)
                              • 評伝 『ECDEAD あるラッパーの生と死』 「ECD/石田義則の命日にあたって」 磯部 涼|本がひらく

                                2020年1月24日にスタートした、ECDさんの生涯を評伝として描く連載。おかげさまで多くの方から反響がありました。現在、第2回公開に向けて執筆を進めている磯部涼さんから、メッセージが届きました。磯部さんはECDの不在に何を思うのか。連載の再開を楽しみにお待ちください! 2021年1月24日は、ECDこと石田義則が亡くなってから3年目の命日にあたる。 石田さんにまず謝らなければいけないのは、昨年の今日、『ECDEAD』と題した評伝のプロローグを発表したのにもかかわらず、結局続きを書くことが出来ないままこの日を迎えてしまったことだ。彼がいつもみたいに苦笑いをする顔が見えるようだが、執筆に向けて膨大な資料の整理に取り組む中で「石田さんだったらどうするだろう?」と考えることの多い1年でもあった。 新型コロナウイルスのパンデミックによって3年前には思いも寄らない状況になったこともそうだし、安倍晋三

                                  評伝 『ECDEAD あるラッパーの生と死』 「ECD/石田義則の命日にあたって」 磯部 涼|本がひらく
                                • 「田中角栄は懐が深く、批判に寛容だった」とかいう歴史修正は何なんだろうね - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                                  この前の岸井成格・佐高信の対談本から 偽りの保守・安倍晋三の正体 (講談社+α新書) 作者:岸井成格,佐高信講談社Amazon メインの話はこちらで紹介したけど m-dojo.hatenadiary.com それとは別に、 ここで田中角栄の話が出てくる。 岸井 (略)…記者としての経験を話すと、佐藤内閣が終わって田中内閣ができた時、私は橋本幹事長番になった。そのまま幹事長番をスライドして。 佐高  龍太郎でなくて、橋本登美三郎ね。 岸井そう。登美さん番になった。あの時、幹事長を替えなかったのは毎日だけだった。 ポスト佐藤は福田が最有力だというので、各社とも福田内閣に向けた配置をしていたのね。それが角さんに引っくり返されて、田中内閣が成立する。永田町の枠内で言えば、あれはある種の革命だったんだ。そこで、各社もすべて番記者を替えたんだ。私だけが横滑りでそのまま幹事長番になった。 でも、夜の飲み

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                                  • 東ドイツの民主化を導き、ゲヴァントハウスの新ホールを建てた指揮者 / 『評伝クルト・マズーア』を読む

                                    激戦下、135人の編成隊員のうち、助かったのは27人でした。私は一日中、菜の花畑に身を潜ませていました。一面の菜の花。遠くにかすんで見える村。あの風景は一生忘れられません。-クルト・マズア(Kurt Masur)2015年没 の独白-評伝クルト・マズーアより 彼のつくる音楽を聴くと、この従軍時の菜の花畑での壮絶な体験の記述を想像することがある。 ● クルト・マズアの思い出深き演奏会 ● クルト・マズアを知る為の一冊の評伝『評伝クルト・マズーア』 ● クルト・マズアのお薦めのディスク2種 ● クルト・マズアの思い出深き演奏会 マズアを聴いたのは2002年のニューヨーク。圧巻のムソルグスキーの「展覧会の絵」。この時初めて、同曲にはゴルチャコフ版というのがあることを知った。イン・テンポでカッチリした演奏は今でも耳に残っている。無難なシューベルトの「未完成」と色彩感あるデュティーユ「時間の影」の後

                                    • 戦時中に9歳下の恋人と同棲し妊娠…笠置シヅ子が「わが生涯最良の日々」と書いた恋の悲劇的すぎる幕切れ 婚約者の母は吉本興業を築いた女傑で交際に猛反対した

                                      戦時中、笠置シヅ子が恋に落ちた相手は、吉本興業を一代で築いた吉本せいのひとり息子・頴右だった。笠置の評伝を書いた砂古口早苗さんは「息子を溺愛するせいは交際に反対したと伝わっている。笠置が頴右の子を身ごもってからは二人の仲は公認となったが、その後、頴右が結核で急逝し、笠置もせいも悲しみのどん底に突き落とされた」という――。 ※本稿は、砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子』(現代書館)の一部を再編集したものです。 吉本の御曹司と出会った笠置は自分から汽車デートに誘った 笠置が吉本頴右えいすけ(1923~47)に初めて会ったのは1943年6月28日だったと、日付まで明確に覚えている。当時の笠置は地方巡業や意に染まぬ戦時増産激励などの工場慰問をしていた頃で、笠置にとって“地獄の日々”だった。そんな頃、名古屋の太陽館に出演することになり、ちょうど御園座で公演していた新国劇の辰巳柳太郎とは旧知のあいだだ

                                        戦時中に9歳下の恋人と同棲し妊娠…笠置シヅ子が「わが生涯最良の日々」と書いた恋の悲劇的すぎる幕切れ 婚約者の母は吉本興業を築いた女傑で交際に猛反対した
                                      • 翻訳家・中田耕治氏逝去のお知らせ

                                        2021年11月26日、作家、批評家、翻訳家、元女子美術大学教授の中田耕治(なかだ・こうじ)氏が心不全のため逝去されました。94歳。葬儀は近親者のみで行われました。 中田氏は1927年東京生まれ。戦後、最年少の批評家として文壇に登場。翻訳家としても早くから活躍し、翻訳ミステリ興隆のきっかけを作りました。ハードボイルド小説や時代小説も書き、『異聞猿飛佐助』は篠田正浩監督で映画化されました。ルネサンス関連の評伝でも知られる一方、マリリン・モンロー研究の第一人者でもあります。文学や映画や演劇など、幅広いテーマで評論を執筆し、舞台の演出も手がけました。『ルイ・ジュヴェとその時代』は評伝の代表作。 明治大学や女子美術大学で教鞭をとったほか、バベル翻訳学院(現 翻訳学校バベル)などでも指導にあたり、多くの翻訳家を世に送り出しました。 ■主な著作  評伝『ルイ・ジュヴェとその時代』『ルクレツィア・ボルジ

                                        • ゼロから大学を作った男「井上円了」と「中国の文豪」の意外な共通点(譚 璐美)

                                          没後100年を期して、東洋大学の創立者・井上円了の入門書となる一書『井上円了 「哲学する心」の軌跡とこれから』が刊行された。 同書には86ページにおよぶ水木しげるの評伝コミック『不思議庵主 井上円了』が収録されている。この作品を読んだ作家の譚璐美さんが語る「井上円了の本質と通ずる意外な偉人」とは。 世のため人のために尽くした人生 『不思議庵主 井上円了』には井上円了の濃厚な人生が如実に描かれています。井上円了が歩んだ長い長い道のりを水木しげるが漫画で表現した、たいへん面白い作品です。 井上円了はお寺の生まれです。そのため、仏教への関心や素養はもとより持っていました。くわえて秀才で、東京大学(のち東京帝国大学)まで進学しました。 優秀な学生が集う東京帝国大学の中でも、井上円了は特別な存在であったと思います。20世紀初頭の東京帝国大出身者はふつう、官僚になるか大学教授になるかの二択しか進路があ

                                            ゼロから大学を作った男「井上円了」と「中国の文豪」の意外な共通点(譚 璐美)
                                          • 最長3時間の指導で「思考プロセス」多用 空将をパワハラで停職処分:朝日新聞デジタル

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                                              最長3時間の指導で「思考プロセス」多用 空将をパワハラで停職処分:朝日新聞デジタル
                                            • 『京都に女王と呼ばれた作家がいた』男たちはなぜ彼女に魅了されたのか - HONZ

                                              この本の帯は傑作だ。そこにはこう書かれている。 「京都で人が殺されていないところはない」 1200年の歴史を繙けば、戦乱で都が荒廃した時代もあるし、いかにもそこら中で人が死んでいそうだが、これは小説の話だ。 京都に住み、京都を舞台にしたミステリーを書き続けた作家といえば、山村美紗である。22年間の作家生活の中で200冊以上の本を出し、売り上げは3200万部を超え、100本以上がドラマ化された。派手なドレスに身を包み、名声をほしいままにするその姿は、まさに「ミステリーの女王」の名にふさわしかった。1996年に62歳の若さで亡くなったが、間違いなく一時代を築いたベストセラー作家だった。 だが、キャラが立ち過ぎていたせいか毀誉褒貶も激しかった。 ゴシップのほとんどは雑誌『噂の真相』が発信源だったと記憶する。大手の出版社には「作家タブー」があると言われる。利益をもたらすベストセラー作家を怒らせるの

                                                『京都に女王と呼ばれた作家がいた』男たちはなぜ彼女に魅了されたのか - HONZ
                                              • 真理がたどった物語・メンデルやコペルニクスの史実と『チ。-地球の運動について-』最終巻が描く歴史の真実 - そういちコラム

                                                本棚から取り出して、昔に買った古い新書を読みました。中沢信午『遺伝学の誕生 メンデルを生んだ知的風土』(中公新書、1985)――「遺伝の法則」を発見したグレゴール・メンデル(1822~1884、オーストリア)の評伝です。今年(2022年)はメンデル生誕200年。 メンデルは修道士でした。彼の修道院はオーストリア(現在はチェコ共和国内)の地方都市にありました。その修道院は科学の研究活動に積極的で(その背景は省略)、メンデルも科学研究や教育活動をおもな仕事にしていました。 そして彼は修道院長の後押しのもと、遺伝についての研究をはじめます。 修道院内の実験用の畑でエンドウ豆を交配し、育った豆の色やシワなどの形質について調べる研究。それを8年続け、結果を統計化すると、みごとな数量的法則性があることを発見したのです。 *** メンデルのその発見は、遺伝的形質を伝える因子(遺伝子)の存在を示す証拠とな

                                                  真理がたどった物語・メンデルやコペルニクスの史実と『チ。-地球の運動について-』最終巻が描く歴史の真実 - そういちコラム
                                                • 名著111「老い」

                                                  「人生100年時代」が到来し、100歳まで生きる人生に備えよ、といわれている現代。平均寿命は、10年前と比べるとおよそ3年延びました。65歳以上は人口の3割で、4人にひとりは高齢者という社会を私たちは生きています。これは、人類が初めて遭遇する事態といえます。このテーマにいち早く手をつけ、多角的に「老い」の姿をとらえたのが、哲学者・作家のシモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)です。彼女が62歳の時に書いたのが「老い」。フェミニズムの代表作「第二の性」と並ぶ名著として知られている本です。 「第二の性」では、女は女であるが故に人間性を疎外された存在であると論じましたが、「老い」のなかでも老人が老い故に人間性から疎外された存在だと説きます。女も老人も社会から「疎外された存在」なのです。自身が女であることから「第二の性」を書き、老いの始まりに立って「老い」を描く…当事者として書かずにはい

                                                    名著111「老い」
                                                  • 今年のお盆は「家で読書」も悪くない!?(読書案内 その2)(碓井広義) - エキスパート - Yahoo!ニュース

                                                    いつものような「帰省」がままならない、今年のお盆。ならば、「家で読書」も悪くないのでは? ということで、前回に続いて、最近の「新刊」の中から選んだオススメ本です。 <小説>泉 麻人 『夏の迷い子』中央公論新社 1760円 表題作の主人公は、施設で暮す認知症の母と一緒に古い写真を眺める63歳の息子。ふと子供時代に起きた、お祭りの夜の出来事が甦ってきます。「テレビ男」は、嘱託として会社に残りながら、図書館で新聞の縮刷版を楽しむ男の話です。彼のお目当ては、昔のテレビ欄。ある日、奇妙なタイトルの番組を思い出します。懐かしさとほろ苦さ。全7作の短編小説のモチーフとなっているのは、著者ならではの「昭和の記憶」です。 安藤祐介『夢は捨てたと言わないで』中央公論新社 1760円 それはスーパー「エブリ」社長の突飛な発想でした。バイトで働く無名の芸人たちを準社員に登用し、「お笑い実業団」として支援しようとい

                                                      今年のお盆は「家で読書」も悪くない!?(読書案内 その2)(碓井広義) - エキスパート - Yahoo!ニュース
                                                    • テラハ「木村花」さん死去、リアルとリアリティショーの境目と女優たちの被害の履歴書(全文) | デイリー新潮

                                                      悪役俳優への中傷は日常茶飯事 プロレス団体「スターダム」所属の女子プロレスラー、木村花選手が、5月23日に亡くなった。享年22。死因は明かされていないが、本業のプロレスと並行して、フジテレビの人気リアリティーショー『テラスハウス』の最新シリーズ「TOKYO 2019-2020」に出演していた彼女は、以前からSNS上で誹謗中傷に悩まされていたという。罵詈雑言が1日100通以上も、ダイレクトに送られる精神的負担を思えば、心中は察して余りある。 しかし、驚いたのは「リアリティーショー」というエンターテインメントを、「リアル」と信じて疑わない人が、令和のこの時代においても、一定数は存在する事実だろう。 「リアリティーショー」とは、そもそも、台本も演出もない前提でカメラを回し、日常生活における人間同士のやりとりを、ドキュメンタリー的手法で公開するものを指す。 しかし、実際のドキュメンタリーとの線引き

                                                        テラハ「木村花」さん死去、リアルとリアリティショーの境目と女優たちの被害の履歴書(全文) | デイリー新潮
                                                      • 「これで私も終わりかもしれないね」強気だった安倍元首相、何度か吐いていた弱音…評伝

                                                        【読売新聞】 安倍晋三・元首相は、常に物事を戦略的に考える人だった。 第1次内閣は、教育基本法の改正など自らの政治理念にこだわり過ぎて、短命に終わった。 その失敗を教訓に、第2次内閣以降は、硬軟織り交ぜた政権運営に徹した。集団的自衛

                                                          「これで私も終わりかもしれないね」強気だった安倍元首相、何度か吐いていた弱音…評伝
                                                        • 嘘を嘘と見抜けない人に小説は難しい『詐欺師の楽園』

                                                          プロチェゴヴィーナ公国のレンブラントと称せられる画家アヤクス・マズルカ―――美術史上最大の意義をになう人物のひとりとされているこの巨匠は、実はかつて実際にこの世に存在したことはない。彼の作品は後世の偽作であり、彼の評伝は虚構である。 ヴォルフガング・ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』は、こう始まっているが、一行目どころか、一言目からして嘘である。 欧州の地図を広げるまでもなく、「プロチェゴヴィーナ」なんて国は存在しない。もちろん、美術史のどこを探しても、アヤクス・マズルカという画家なんていない。 しかし、彼が描いた作品は確かに存在し、レンブラントに匹敵する傑作だという。あまりの素晴らしさに、贋作までが登場するくらいだという。 唯一の語り手「私」による手記の体裁をしたこの小説、さて、どこまで信用できるのか? 徹頭徹尾フィクションで塗り固めているのではなく、ところどころに史実や真実を折り込ませて

                                                            嘘を嘘と見抜けない人に小説は難しい『詐欺師の楽園』
                                                          • 【文献案内】ウィトゲンシュタイン哲学のバックボーンを望む——19世紀末ウィーンの知識人|Saori Makino

                                                            最終更新日:2023/7/6 ウィトゲンシュタイン哲学の背景と言えば、フレーゲやラッセルなど、初期分析哲学と呼ばれる人たちの哲学がよく連想されます。しかし、ウィーンの知識人や文化・学問からの影響(また反対にそれら「への」影響)も無視できません。この文献リストは、特に後者からの/への影響にスポットを当てるためのものです。ウィトゲンシュタインの遺稿には、前期・中期・後期すべての区分において、ウィーンの学問からの影響が見受けられます。ごく一部を取り上げるとしても、前期ウィトゲンシュタインの著作『論理哲学論考』に登場する「論理空間」という言葉は、ボルツマンに由来すると言われています。前期-中期ウィトゲンシュタインの遺稿『哲学的考察』には、マッハの空間概念からの影響が見られます。さらに、晩期ウィトゲンシュタインのいわゆる「心理学の哲学」と呼ばれる一群の考察には、ブレンターノの弟子・エーレンフェルスに

                                                              【文献案内】ウィトゲンシュタイン哲学のバックボーンを望む——19世紀末ウィーンの知識人|Saori Makino
                                                            • 芸術的な感性が鋭いHSPの7つの特徴―繊細さを創作に活かすには? - 日々の学び研究所

                                                              HSPという言葉を知っていますか? わたしはわりと最近になって知ったのですが、HSPとは、“High Sensitivity Person”、つまり「とても敏感な人」を意味する心理学のことばで、生まれながらに、敏感で繊細な感受性を持つ人のことを言うそうです。 この概念を作ったのは、エレイン・アーロンという心理学者で、1996年に出版されたThe Highly Sensitive Person: How to Thrive When the World Overwhelms You (邦題 : ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫))を通して、広く知られるようになりました。 ということはもう20年も前に発表された概念なわけですが、心理学や精神医学という世界は、いろんな派に分かれて、それぞれが独自に発展していっているので、なかなかわたしの興味の範囲では、これまで目に触

                                                              • 「女帝」石井妙子さんが見た小池都知事の“冷ややかな圧勝” | 毎日新聞

                                                                インタビューに答えるノンフィクション作家の石井妙子さん=東京都千代田区で2020年7月6日、大西岳彦撮影 今回の東京都知事選で史上2番目の得票数を獲得し、2期目の当選を決めた小池百合子氏(67)。だが知事選で最も注目を集めたのは、小池氏ではなくあの本かもしれない。ベストセラーになっている評伝「女帝 小池百合子」(文芸春秋)のことだ。発売から約2カ月で20万部を突破し、他陣営の街頭演説の際に言及されるほど。「女帝」を世に送り出した当事者の目には、この選挙はどう映ったのだろうか。ノンフィクション作家の石井妙子さん(51)に聞いた。…

                                                                  「女帝」石井妙子さんが見た小池都知事の“冷ややかな圧勝” | 毎日新聞
                                                                • 『レオナルド・ダ・ヴィンチ』天才 その二面性 - HONZ

                                                                  唇を制御する神経の考察。 友人に先を越され苦悩する姿。 天才の反対を凡才とするなら 、レオナルド・ダ・ヴィンチはその両面を持っていた。 本書は7200ページにわたる自筆ノートから、本人を検証した評伝だ。ノートには唇を制御する神経のスケッチから、友人たちに先を越され落ち込んだ気持ちまで記されている。天才で片付けられてきた彼も、わたしたちと同じ感情を持つ人間だとわかる。 彼は《モナリザ》《最後の晩餐》《ウィトルウィウス的人体図》など、世界の誰もが知る作品を残した。誰しも下積み時代があるように、彼とて最初から完璧な作品を生み出していたわけではない。生まれた環境も非嫡出子だったこともあり、学校教育はほとんど受けていなかった。ラテン語や複雑な計算の習得にも苦労したのか、ノートには顎をつき出した、しかめ面の男も描かれている。 本来であれば、いたずらに時間を浪費せず、人々の記憶に残る作品を生み出す喜びを

                                                                    『レオナルド・ダ・ヴィンチ』天才 その二面性 - HONZ
                                                                  • 2019年の本 - Valdegamas侯日録

                                                                    はてなブログ形式で初の投稿となった。毎年言い訳から始めるのも芸がないが、読書のはかどらない一年であった。この調子で新刊のとりまとめをするのもおぼつかない感じもするが、いくつかのカテゴリで実際に目を通し、印象に残った本を取り上げたい。 ■日本外交史をめぐって 他の項目より日本外交史という範囲設定はかなり狭い。そうした枠の中でも例年通り多数の書籍が出版されたが、特に印象に残ったのは、近現代の日本外交通史である波多野澄雄編著『日本外交の150年―幕末・維新から平成まで』(日本外交協会/現代史料出版)であった。 自国史ということもあり、日本外交史のテキストは世の中に多数存在する。しかし、幕末から現代までを一貫して、専門の外交史家がモノグラフとして執筆したものは実はあまり多くない。その点で本書は細谷千博『日本外交の軌跡』、池井優『日本外交史概説』、井上寿一『日本外交史講義』以来の取り組みといえるだろ

                                                                    • ラファエロの死因、梅毒ではなく「コロナに似た」肺疾患と瀉血 論文

                                                                      ラファエロの自画像。イタリア・ローマの美術館スクデリエ・デル・クイリナーのラファエロ展で(2020年6月1日撮影)。(c)Alberto PIZZOLI / AFP 【7月21日 AFP】ルネサンス期のイタリアの芸術家ラファエロ(Raphael)は、「新型コロナウイルス感染症のような病気」にかかって発熱していたにもかかわらず、いてつくような寒さの夜に恋人たちの元をひそかに訪れていたことを医師に隠し、不適切な治療を受けて亡くなったとする新たな研究結果が発表された。 多作の画家で建築家でもあったラファエロは多くの女性と関係を持っていたとされ、通説では1520年に梅毒で亡くなったとされてきた。だが、専門家らの意見は、感染症で亡くなったという点で広く一致している。 論文の著者の一人で、伊ミラノ・ビコッカ大学(University of Milano Bicocca)の医学史家ミケーレ・アウグスト・

                                                                        ラファエロの死因、梅毒ではなく「コロナに似た」肺疾患と瀉血 論文
                                                                      • 佐藤浩市語る父との最後の散歩…晩年にあった親子関係の変化(女性自身) - Yahoo!ニュース

                                                                        俳優・佐藤浩市さん(59)と父、故・三國連太郎さん(享年90)。映画『美味しんぼ』で親子初共演した時も、マスコミはこぞって2人の確執について報じた。 【写真あり】三代続く俳優一家に生まれた寛一郎 「よく言われますが、別に不仲だったわけではないんですよ。一つだけ言えるのは、僕も、きっと三國も、一緒にいることのハードルを上げすぎたんですね」 そう語った佐藤さんが、幼少期を振り返る。 三國さんも、神楽坂で芸者をやっていたという母もあまり家に帰って来ず、1人が多かったという佐藤さん。小5のとき父親が家を出て、中学に上がる前には両親が正式に離婚。三國さんは伊豆の十国峠に息子の佐藤さんを連れて行き、別れを告げたというエピソードは、まるで映画のワンシーンのように三國さんの評伝などで語り継がれている。 しかし、冒頭の『美味しんぼ』公開の後に、佐藤さんは93年に結婚した妻との間に長男の寛一郎さん(23)が誕

                                                                          佐藤浩市語る父との最後の散歩…晩年にあった親子関係の変化(女性自身) - Yahoo!ニュース
                                                                        • 抜井規泰氏が、朝日新聞の有名運動記者「西村欣也」氏の逝去を伝え、思い出をつづる(正式な訃報は3日に公表) - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                                                                          https://twitter.com/nezumi32/ ■■西村欣也のこと■■ 西村欣也という、私淑するスポーツ記者がいる。 長く朝日新聞の編集委員を務めた。60歳の定年と同時に、「65までの再雇用」を辞して社を去った。 彼のモノマネをしていては、彼を越えらることはできない。彼以上のスポーツ記事を書こう、書きたいと、のたうち回っていた。— 抜井規泰 (@nezumi32) July 2, 2023 これは、西村自身も「あれが俺のピークだった」と認める作品だ。 ぜひ、読んでもらいたい。 特に、朝日の若きスポーツ記者たちに、読んでもらいたい。 2000年シドニー五輪の開会式。朝日新聞の朝刊1面を飾った西村原稿だ。— 抜井規泰 (@nezumi32) 2023年7月2日 記事の紹介の前に、少し説明を加えたい。 当時、朝日新聞ではIBMと共同開発した「Nシステム」という、記者がワープロやパソコ

                                                                            抜井規泰氏が、朝日新聞の有名運動記者「西村欣也」氏の逝去を伝え、思い出をつづる(正式な訃報は3日に公表) - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
                                                                          • 猪瀬直樹『太陽の男』が三島由紀夫という鏡に映した石原慎太郎、そして映さなかった像 - 石川智也|論座アーカイブ

                                                                            猪瀬直樹『太陽の男』が三島由紀夫という鏡に映した石原慎太郎、そして映さなかった像 「作家・石原」と「政治家・石原」 分けて論じることはフェアかアンフェアか 石川智也 朝日新聞記者 作品は作者に還元できない。作品の価値と作者の人格は別ものである。 そう心得ていたにしても、作者への負の念があまりに大きい(あるいは逆に強く好感を抱いている)場合、その作品を冷静に公平に批評することは可能なのか。そんな古典的な難題に向き合わされた数週間だった。 昨年2月1日に永眠した石原慎太郎の一周忌に合わせ、猪瀬直樹氏による評伝『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)が刊行された。石原とは都知事時代に一度か二度、記者会見に出席した程度の接点しかないが、正直なところ悪しき先入観しかなかった。本書を読み、自分の中の石原像は少なからず改変を余儀なくされた。と同時に、これまで石原に抱いてきた違和感の正体も見極められたよ

                                                                              猪瀬直樹『太陽の男』が三島由紀夫という鏡に映した石原慎太郎、そして映さなかった像 - 石川智也|論座アーカイブ
                                                                            • やさぐれるスタンリー・ジェヴォンズ - 山形浩生の「経済のトリセツ」

                                                                              ケインズの人物評伝の訳は続いていて、マルサスが終わってスタンリー・ジェヴォンズになっている。 マルサスはかなり温厚でまともな人だったらしいけれど(まあ牧師さんだから)、それでも結構面倒な人ではあったみたい。同時代の人の証言によると、 「だが彼 [マルサス] はよい性格の人物で、妊娠の様子さえ見られなければ、あらゆる女性に礼儀正しい。」 ふーん、では妊娠の様子が見られた場合にはどんなふるまいをしたのでしょうか、というのは是非知りたいところ。さすが「人口論」の著者。この発言をした人は、パーティにマルサスがくるときには子供のいる女性をなるべく呼ばないようにする気遣いを見せたそうな。そのマルサスも後年になって、少しは態度を軟化させたそうではあるんだけれど。しかし、これで牧師が務まるのかよ! 実際は、教区は副牧師に任せていたそうなんだが。 で、スタンリー・ジェヴォンズなんだけれど、彼が二十五歳くらい

                                                                                やさぐれるスタンリー・ジェヴォンズ - 山形浩生の「経済のトリセツ」
                                                                              • 李登輝の人生は台湾史の縮図だった、「親日かどうか」は論点ではない

                                                                                李登輝の訃報を知らせるニュースを受け取ったのは、新刊『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』に関して、ウエブセミナーを開催している最中だった。その時、私は一瞬何を語ったらよいのかわからなくなり、沈黙してしまった。 なぜ、そうなったのか。それは、李登輝の死ということはすでに避けられない事態だとわかっていたからではなく、李登輝という人物の一生の終焉を、どのように論じていいのか、わからなかったからだ。これが仮に亡くなったのが陳水扁前総統や馬英九元総統であれば、在任中の総統としての功罪をテキパキと述べられたかもしれない。だが、李登輝については、そうは簡単にいかないのである。 訃報を伝える日本のメディアには「台湾の民主の父」や「親日政治家」という形容もあった。李登輝には、いずれも、確かにそうした一面はあった。しかし、それらが李登輝のすべてではない。李登輝の人格や人生はあまりにも複雑かつ複合的であ

                                                                                  李登輝の人生は台湾史の縮図だった、「親日かどうか」は論点ではない
                                                                                • 坂本龍一を18年間追いかけたライターが見た素顔 思わぬ告白に大反省も(ENCOUNT) - Yahoo!ニュース

                                                                                  音楽家・坂本龍一の生誕から現在までの音楽活動の記録をまとめた評伝『坂本龍一 音楽の歴史 RYUICHI SAKAMOTO: A HISTORY IN MUSIC』が2月21日に刊行される。書籍には、幼稚園時代に初めて作詞・作曲をした逸話や、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の活動、映画音楽の制作について、また、拠点を海外に移した後に勃発した戦争を通じて生まれた「非戦」への思いなど、思想や制作に影響を与えたエピソードも記されている。取材者として、同時代を生きる者として、坂本と並走し続けてきた編集者でライターの吉村栄一は、2年以上をかけた執筆の中で坂本からある告白をされ「衝撃を受けた」と語った。(取材・文=西村綾乃) 【写真】取材後に坂本龍一さんと談笑する吉村栄一さん 英ロンドン公演に駆け付けた楽屋での1枚も 英国のロックスター、デヴィッド・ボウイや、細野晴臣、坂本、高橋幸宏による音楽

                                                                                    坂本龍一を18年間追いかけたライターが見た素顔 思わぬ告白に大反省も(ENCOUNT) - Yahoo!ニュース